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王宮の毒花と森の片隅のお花屋さん
森の訪問者2
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サーベルタイガーが森の奥に引き返して、また誰かを襲わないとも限らない。
きのこで戦意喪失していたところを、レオニダスとマッシモでサクッと片づけた。
滅多に姿を見せないはずの魔物が、立て続けに三匹も森に出た。
「緊急事態だギルドに報告せねば」とマッシモは顔をしかめると、手短に言い残して去っていく。
「さっきの魔物の弱点なんやかんやの話は後で聞く、またな!」
小さくなっていく背中を見送り、静けさが戻る。残ったのは、レオニダスとオルガ、ふたりだけ。
オルガはチラッとレオニダスを見上げた。何か言いたげな目。
「今日は拉致しに来たわけじゃない。言付けを預かってきただけだ」
それを聞いた瞬間、オルガの顔がぱっとほころぶ。
「わーい、とれたてのお肉でお昼ご飯だ!」
そう言ってレオニダスを放ったまま、勝手に家へ入っていく。
呆気に取られるが、いつものことだ。ため息をついて、レオニダスもあとに続いた。
「副団長、今急ぎ?」
背を向けたまま、オルガが問いかけてくる。
チラッとルーカスの顔が脳裏に浮かんだが、それはまるっと無視して、レオニダスは首を横に振った。
「わー、よかった! こんなたくさんのお肉、一人じゃ食べきれないからさ。一緒にお昼ご飯食べよう!」
そう無邪気に笑うオルガに、レオニダスは胸のあたりがむずがゆくなるのを感じた。
――もちろん、顔は仏頂面のままだが。
***
レオニダスは、オルガの家の小さな椅子に座っていた。手持ちぶさたに卓上の花を眺めていると、ふわりと香ばしい匂いが鼻先をかすめた。
「おまたせー」
キッチンの奥から現れたオルガは、焼きたての皿を片手に笑っていた。皿の上には、香草とともにこんがりと焼かれた肉。外はぱりぱり、中はふっくら。肉の旨味を逃さずに焼き上げた一品だ。
「このハーブね、うちの庭のやつ。香り、いいでしょ?」
オルガはそう言って、「いただきまーす」と呟くと、幸せそうに口いっぱいに頬張った。
レオニダスもつられて、ひと口。じわりと溢れる肉汁と、ハーブの爽やかな香りに、思わず言葉を失った。気づけば、無言のまま手が進んでいた。
レオニダスは、久方ぶりに心から落ち着いた昼食を味わっていた。
頭の中が妙に静かで、重たい鎧を脱いだような感覚がある。
森には、鳥の囀りと、ハーブの香りと、やわらかな風。
騎士団の塔のように汗のにおいはなく、王宮に漂うきつい香水の香りも、作り笑いをしながらの腹の探り合いもない。怒声も足音も響かず、ただ静かだった。
――最後にこんな時間を過ごしたのは、いつだったか。
そんなことをぼんやり考えていると、向かいに座るオルガがふと思い出したように口を開いた。
「……で、さ。なんで来たんだっけ?」
オルガがふと思い出したように言った。
「ことづけ、あるんでしょー?なになに?」
レオニダスは背筋を伸ばした。そうだった。肝心の用件を忘れていた副団長としての不覚に、内心で咳払いする。
「ルーカス団長からの頼みだ。魔法草と体力の実を、いくらか分けてほしい」
オルガは口の端を拭いながら、少しだけ考える素振りを見せたが、すぐに「うーん、無理!」とあっさり言い放った。
「うちの畑の規模じゃ足りないの。今あるぶんを騎士団に渡したら、冒険者たちの分がなくなっちゃう。それはダメ」
それは、はっきりした口調だった。
両親が失踪したあと、オルガを支えたのは冒険者ギルドの人々だった。彼らがいたから、花屋を続けられた。だからこそ、まず守りたい相手がいる。
レオニダスはふむ、と短くうなずいた。
「……畑があれば、育てられるのか?」
「うん。畑さえあれば、種を撒いて芽を促して、あとはほっといても育つし。様子だけ時々見ればいいかな。誰かが摘んでくれるなら、それで回るよ」
そう呟くオルガの目は、いつも通り淡々としていた。
レオニダスはその案を心に留めた。城に戻ったら、ルーカスに提案しよう。
「……もうひとつ。陛下が、エリオット殿下の件で礼をしたいそうだ。何か欲しいものはあるか?」
オルガは眉をひそめた。
皇帝からの“お礼”。受け取れば、今後もあれやこれやと王宮に引っ張り出される予感がする。だが、ふと目を輝かせて言った。
「じゃあさ、王宮か騎士団のどっかに畑を作って。それなら騎士団の人にも分けられるし、わざわざここまで取りにこなくて済むでしょ?一石二鳥!」
「……それは“礼”とは言えないな。オルガ嬢は何も得していない。宝石とか、称号とか、あるだろう」
レオニダスが言うと、オルガは首をぶんぶんと振った。
「いらない。いらなすぎる。私には合わないよ」
それっきり、話は平行線のまま終わったが、ひとつだけ決まったことがある。
オルガが、二日後に城へ来るという約束だ。
なお、陛下との謁見の件は伝えそびれたが——来ればなんとかなるだろう。
レオニダスは、久しぶりに心身ともに軽くなった気分で、森の花屋を後にした。
きのこで戦意喪失していたところを、レオニダスとマッシモでサクッと片づけた。
滅多に姿を見せないはずの魔物が、立て続けに三匹も森に出た。
「緊急事態だギルドに報告せねば」とマッシモは顔をしかめると、手短に言い残して去っていく。
「さっきの魔物の弱点なんやかんやの話は後で聞く、またな!」
小さくなっていく背中を見送り、静けさが戻る。残ったのは、レオニダスとオルガ、ふたりだけ。
オルガはチラッとレオニダスを見上げた。何か言いたげな目。
「今日は拉致しに来たわけじゃない。言付けを預かってきただけだ」
それを聞いた瞬間、オルガの顔がぱっとほころぶ。
「わーい、とれたてのお肉でお昼ご飯だ!」
そう言ってレオニダスを放ったまま、勝手に家へ入っていく。
呆気に取られるが、いつものことだ。ため息をついて、レオニダスもあとに続いた。
「副団長、今急ぎ?」
背を向けたまま、オルガが問いかけてくる。
チラッとルーカスの顔が脳裏に浮かんだが、それはまるっと無視して、レオニダスは首を横に振った。
「わー、よかった! こんなたくさんのお肉、一人じゃ食べきれないからさ。一緒にお昼ご飯食べよう!」
そう無邪気に笑うオルガに、レオニダスは胸のあたりがむずがゆくなるのを感じた。
――もちろん、顔は仏頂面のままだが。
***
レオニダスは、オルガの家の小さな椅子に座っていた。手持ちぶさたに卓上の花を眺めていると、ふわりと香ばしい匂いが鼻先をかすめた。
「おまたせー」
キッチンの奥から現れたオルガは、焼きたての皿を片手に笑っていた。皿の上には、香草とともにこんがりと焼かれた肉。外はぱりぱり、中はふっくら。肉の旨味を逃さずに焼き上げた一品だ。
「このハーブね、うちの庭のやつ。香り、いいでしょ?」
オルガはそう言って、「いただきまーす」と呟くと、幸せそうに口いっぱいに頬張った。
レオニダスもつられて、ひと口。じわりと溢れる肉汁と、ハーブの爽やかな香りに、思わず言葉を失った。気づけば、無言のまま手が進んでいた。
レオニダスは、久方ぶりに心から落ち着いた昼食を味わっていた。
頭の中が妙に静かで、重たい鎧を脱いだような感覚がある。
森には、鳥の囀りと、ハーブの香りと、やわらかな風。
騎士団の塔のように汗のにおいはなく、王宮に漂うきつい香水の香りも、作り笑いをしながらの腹の探り合いもない。怒声も足音も響かず、ただ静かだった。
――最後にこんな時間を過ごしたのは、いつだったか。
そんなことをぼんやり考えていると、向かいに座るオルガがふと思い出したように口を開いた。
「……で、さ。なんで来たんだっけ?」
オルガがふと思い出したように言った。
「ことづけ、あるんでしょー?なになに?」
レオニダスは背筋を伸ばした。そうだった。肝心の用件を忘れていた副団長としての不覚に、内心で咳払いする。
「ルーカス団長からの頼みだ。魔法草と体力の実を、いくらか分けてほしい」
オルガは口の端を拭いながら、少しだけ考える素振りを見せたが、すぐに「うーん、無理!」とあっさり言い放った。
「うちの畑の規模じゃ足りないの。今あるぶんを騎士団に渡したら、冒険者たちの分がなくなっちゃう。それはダメ」
それは、はっきりした口調だった。
両親が失踪したあと、オルガを支えたのは冒険者ギルドの人々だった。彼らがいたから、花屋を続けられた。だからこそ、まず守りたい相手がいる。
レオニダスはふむ、と短くうなずいた。
「……畑があれば、育てられるのか?」
「うん。畑さえあれば、種を撒いて芽を促して、あとはほっといても育つし。様子だけ時々見ればいいかな。誰かが摘んでくれるなら、それで回るよ」
そう呟くオルガの目は、いつも通り淡々としていた。
レオニダスはその案を心に留めた。城に戻ったら、ルーカスに提案しよう。
「……もうひとつ。陛下が、エリオット殿下の件で礼をしたいそうだ。何か欲しいものはあるか?」
オルガは眉をひそめた。
皇帝からの“お礼”。受け取れば、今後もあれやこれやと王宮に引っ張り出される予感がする。だが、ふと目を輝かせて言った。
「じゃあさ、王宮か騎士団のどっかに畑を作って。それなら騎士団の人にも分けられるし、わざわざここまで取りにこなくて済むでしょ?一石二鳥!」
「……それは“礼”とは言えないな。オルガ嬢は何も得していない。宝石とか、称号とか、あるだろう」
レオニダスが言うと、オルガは首をぶんぶんと振った。
「いらない。いらなすぎる。私には合わないよ」
それっきり、話は平行線のまま終わったが、ひとつだけ決まったことがある。
オルガが、二日後に城へ来るという約束だ。
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レオニダスは、久しぶりに心身ともに軽くなった気分で、森の花屋を後にした。
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