40 / 103
王宮の毒花と森の片隅のお花屋さん
エリオット皇子
しおりを挟む
皇帝との謁見を終え、謁見の間を出たオルガたちを、赤毛のローブ姿の女性が出迎えていた。年のころは二十代半ば。明るい笑みと、どこか子どもっぽさの残る無邪気な雰囲気をまとっている。
「セフォラ、ゼーレ殿に使いっ走りにされたのか?」
ルーカスの軽口に、セフォラはふわりと笑った。
「使いっ走りだなんて、ひどいなあ。これは立派な任務です。今、エリオット陛下のお部屋は次元をずらして隔離されてるんです。誰でも案内できる場所じゃありません。私が選ばれたのは、絶対に失敗しないから! ……たぶん」
いたずらっぽくウインクしながら、セフォラが手をひらりと振ると、足元からやわらかな風が立ち上がり、オルガたちを包み込む。
風が過ぎ去った次の瞬間、目の前に銀の縁取りの扉が音もなく現れた。
「すごーい! これが噂の移動魔法!? 初めて見たー!」
オルガが目を輝かせて声を上げると、セフォラは「えへへ」と照れくさそうに笑った。
「ね? すごいでしょ? いつも、むさくるしい筋肉バカと、魔法バカとしか顔を合わせないから、オルガさんみたいな人に会えると嬉しくなっちゃうんです」
「筋肉バカって……俺たちのことだよな?」
レオニダスが渋い顔をすると、ルーカスは肩をすくめながら苦笑した。
そのやりとりを遮るように、突然、扉の向こうから年配の男の顔がひょこっと覗いた。
「セフォラ。魔法バカって、もしかしてワシのことも含まれておるのかの?」
魔法師団長ゼーレだった。
オルガは、何食わぬ顔でセフォラに耳打ちするように言った。
「魔法バカっていうより、偏屈ジジイだよ、あの人は」
そのまま扉をくぐって部屋に入ると、寝台の上からくぐもった笑い声が聞こえてきた。
「ゼーレがあんなふうに悪口言われてるのに、嬉しそうな顔してるのが……一番おかしいな」
声の主は、皇子エリオットだった。
「エリオット殿下よ、それは誤解というもので……わしは別に、嬉しいなどとは……」
ゼーレはしどろもどろになりながら視線をそらし、口元をもごもごさせる。だが、すぐに気を取り直すと、少し咳払いをしてエリオットのほうへ向き直った。
「……殿下。こちらが、例の花屋、オルガ殿です」
ゼーレの声に、室内の空気がすっと引き締まった。
しんとした沈黙の中、最初に口を開いたのは皇太子アルデバランの妻──皇太子妃セレーナだった。
「この度は、息子エリオットを救っていただき、心より感謝いたします」
その声音も、柔らかく伏せられた瞳も、形式ばったものではなかった。皇太子妃としての礼儀ではなく、一人の母としての感謝が、そこにはあった。
先ほど謁見した皇帝とは対照的に、言葉にも表情にも真っ直ぐな温かみがある。
オルガは一瞬きょとんとし、それから、いつもの調子で肩をすくめた。
「たいしたことしてないですよ。花が咲いただけですから。……おきになさらず!」
遠慮も気負いもなく、あっけらかんとしたその言いぶりに、場の緊張がふっとほどけた。
「咲いた花が、命を救ったのでしょう」
セレーナの言葉には、揺るがない確信があった。
オルガは少しだけ口の端をゆるめると、皇子の寝台へと視線を向けた。
エリオット皇子は、思っていたよりもずっと顔色がよかった。
頬に少しだけ血色が戻り、目には穏やかな光が宿っている。
けれど言葉を探すオルガの足が、止まった。
いつもの調子で話しかけていいのか、それとも丁寧な言葉を選ぶべきか――そんなことを考えて、頭が一瞬真っ白になる。
「えっと、ご、ご気分はいかがかな……ですか?」
しどろもどろな問いかけに、その場にいた誰もが少し息をのんだ。
けれど、エリオット皇子はすぐにふっと目を細めて、柔らかな笑みを浮かべた。
「ありがとう。オルガ殿のおかげで、順調に回復している。
食事も少しずつ摂れるようになってきた。もう少ししたら、歩いて体を動かすこともできそうだ」
言葉は淡々としていたが、その声にははっきりとした感謝が込められていた。
「すべて、オルガ殿のおかげだ」――その一言に、オルガは思わず視線を落とした。
「えっと……これ」
鞄の奥から取り出した小さな包み。中には、赤く熟した実が数粒。
「体力の実」と名付けたそれは、オルガが今朝収穫してきたものだ。
「私が作ったの。元気になれる……はず。」
言いながら渡した手が、どこかぎこちない。
それでもエリオットは丁寧に両手でそれを受け取り、静かに頷いた。
「大切にいただくよ」
そばで見守っていたルーカス、レオニダス、ゼーレ、そしてセフォラが合図のように立ち上がる。
オルガもそれに倣って小さく頭を下げ、もう一度だけエリオットに目を向けた。
「……また、何かあったら呼んでください」
その言葉に、皇子は微笑みだけで返した。
扉が閉まり、静寂が戻る。
手の中に残った体力の実は、まだほんのりと、森の香りがしていた。
「セフォラ、ゼーレ殿に使いっ走りにされたのか?」
ルーカスの軽口に、セフォラはふわりと笑った。
「使いっ走りだなんて、ひどいなあ。これは立派な任務です。今、エリオット陛下のお部屋は次元をずらして隔離されてるんです。誰でも案内できる場所じゃありません。私が選ばれたのは、絶対に失敗しないから! ……たぶん」
いたずらっぽくウインクしながら、セフォラが手をひらりと振ると、足元からやわらかな風が立ち上がり、オルガたちを包み込む。
風が過ぎ去った次の瞬間、目の前に銀の縁取りの扉が音もなく現れた。
「すごーい! これが噂の移動魔法!? 初めて見たー!」
オルガが目を輝かせて声を上げると、セフォラは「えへへ」と照れくさそうに笑った。
「ね? すごいでしょ? いつも、むさくるしい筋肉バカと、魔法バカとしか顔を合わせないから、オルガさんみたいな人に会えると嬉しくなっちゃうんです」
「筋肉バカって……俺たちのことだよな?」
レオニダスが渋い顔をすると、ルーカスは肩をすくめながら苦笑した。
そのやりとりを遮るように、突然、扉の向こうから年配の男の顔がひょこっと覗いた。
「セフォラ。魔法バカって、もしかしてワシのことも含まれておるのかの?」
魔法師団長ゼーレだった。
オルガは、何食わぬ顔でセフォラに耳打ちするように言った。
「魔法バカっていうより、偏屈ジジイだよ、あの人は」
そのまま扉をくぐって部屋に入ると、寝台の上からくぐもった笑い声が聞こえてきた。
「ゼーレがあんなふうに悪口言われてるのに、嬉しそうな顔してるのが……一番おかしいな」
声の主は、皇子エリオットだった。
「エリオット殿下よ、それは誤解というもので……わしは別に、嬉しいなどとは……」
ゼーレはしどろもどろになりながら視線をそらし、口元をもごもごさせる。だが、すぐに気を取り直すと、少し咳払いをしてエリオットのほうへ向き直った。
「……殿下。こちらが、例の花屋、オルガ殿です」
ゼーレの声に、室内の空気がすっと引き締まった。
しんとした沈黙の中、最初に口を開いたのは皇太子アルデバランの妻──皇太子妃セレーナだった。
「この度は、息子エリオットを救っていただき、心より感謝いたします」
その声音も、柔らかく伏せられた瞳も、形式ばったものではなかった。皇太子妃としての礼儀ではなく、一人の母としての感謝が、そこにはあった。
先ほど謁見した皇帝とは対照的に、言葉にも表情にも真っ直ぐな温かみがある。
オルガは一瞬きょとんとし、それから、いつもの調子で肩をすくめた。
「たいしたことしてないですよ。花が咲いただけですから。……おきになさらず!」
遠慮も気負いもなく、あっけらかんとしたその言いぶりに、場の緊張がふっとほどけた。
「咲いた花が、命を救ったのでしょう」
セレーナの言葉には、揺るがない確信があった。
オルガは少しだけ口の端をゆるめると、皇子の寝台へと視線を向けた。
エリオット皇子は、思っていたよりもずっと顔色がよかった。
頬に少しだけ血色が戻り、目には穏やかな光が宿っている。
けれど言葉を探すオルガの足が、止まった。
いつもの調子で話しかけていいのか、それとも丁寧な言葉を選ぶべきか――そんなことを考えて、頭が一瞬真っ白になる。
「えっと、ご、ご気分はいかがかな……ですか?」
しどろもどろな問いかけに、その場にいた誰もが少し息をのんだ。
けれど、エリオット皇子はすぐにふっと目を細めて、柔らかな笑みを浮かべた。
「ありがとう。オルガ殿のおかげで、順調に回復している。
食事も少しずつ摂れるようになってきた。もう少ししたら、歩いて体を動かすこともできそうだ」
言葉は淡々としていたが、その声にははっきりとした感謝が込められていた。
「すべて、オルガ殿のおかげだ」――その一言に、オルガは思わず視線を落とした。
「えっと……これ」
鞄の奥から取り出した小さな包み。中には、赤く熟した実が数粒。
「体力の実」と名付けたそれは、オルガが今朝収穫してきたものだ。
「私が作ったの。元気になれる……はず。」
言いながら渡した手が、どこかぎこちない。
それでもエリオットは丁寧に両手でそれを受け取り、静かに頷いた。
「大切にいただくよ」
そばで見守っていたルーカス、レオニダス、ゼーレ、そしてセフォラが合図のように立ち上がる。
オルガもそれに倣って小さく頭を下げ、もう一度だけエリオットに目を向けた。
「……また、何かあったら呼んでください」
その言葉に、皇子は微笑みだけで返した。
扉が閉まり、静寂が戻る。
手の中に残った体力の実は、まだほんのりと、森の香りがしていた。
13
あなたにおすすめの小説
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
姉に代わって立派に息子を育てます! 前日譚
mio
恋愛
ウェルカ・ティー・バーセリクは侯爵家の二女であるが、母亡き後に侯爵家に嫁いできた義母、転がり込んできた義妹に姉と共に邪魔者扱いされていた。
王家へと嫁ぐ姉について王都に移住したウェルカは侯爵家から離れて、実母の実家へと身を寄せることになった。姉が嫁ぐ中、学園に通いながらウェルカは自分の才能を伸ばしていく。
数年後、多少の問題を抱えつつ姉は懐妊。しかし、出産と同時にその命は尽きてしまう。そして残された息子をウェルカは姉に代わって育てる決意をした。そのためにはなんとしても王宮での地位を確立しなければ!
自分でも考えていたよりだいぶ話数が伸びてしまったため、こちらを姉が子を産むまでの前日譚として本編は別に作っていきたいと思います。申し訳ございません。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡
サクラ近衛将監
ファンタジー
女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。
シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。
シルヴィの将来や如何に?
毎週木曜日午後10時に投稿予定です。
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
迷い人と当たり人〜伝説の国の魔道具で気ままに快適冒険者ライフを目指します〜
青空ばらみ
ファンタジー
一歳で両親を亡くし母方の伯父マークがいる辺境伯領に連れて来られたパール。 伯父と一緒に暮らすお許しを辺境伯様に乞うため訪れていた辺境伯邸で、たまたま出くわした侯爵令嬢の無知な善意により 六歳で見習い冒険者になることが決定してしまった! 運良く? 『前世の記憶』を思い出し『スマッホ』のチェリーちゃんにも協力してもらいながら 立派な冒険者になるために 前世使えなかった魔法も喜んで覚え、なんだか百年に一人現れるかどうかの伝説の国に迷いこんだ『迷い人』にもなってしまって、その恩恵を受けようとする『当たり人』と呼ばれる人たちに貢がれたり…… ぜんぜん理想の田舎でまったりスローライフは送れないけど、しょうがないから伝説の国の魔道具を駆使して 気ままに快適冒険者を目指しながら 周りのみんなを無自覚でハッピーライフに巻き込んで? 楽しく生きていこうかな! ゆる〜いスローペースのご都合ファンタジーです。
小説家になろう様でも投稿をしております。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる