1 / 8
召喚された聖女
しおりを挟む
「まずは状況の説明を求めます」
ターリキ王国にて100年ぶりに執り行われた聖女召喚。現れた黒髪黒瞳の静謐な美しさを湛えた少女は開口一番にそう発言した。召喚の間に集う者たちの中で最も身分が高く決定権を持つ第一王子に。
「そなたは我が国を守るため、神に選ばれ聖女としてこの地に呼ばれたのだ。有難く思うがいい」
第一王子は尊大な態度で聖女──名を広瀬美琴という──に告げる。己が王太子、次期国王になることを信じて疑わない第一王子エンリケは事の重大さを理解していない。
美琴は王子をぶん殴りそうになったが、今は堪えた。いずれぶん殴ってやると心に誓いながら。
そもそもこいつらは自分たちが時空を超えた誘拐犯だと理解していないのだろうか。美琴は冷たい目で周囲を見渡す。気不味げに眼を逸らす文官らしき男と、申し訳なさそうな表情をしている神官らしき男がいる。どうやらこいつらは真面な良心を持っていそうだ。
『そうじゃの。こ奴らなら信用できそうじゃ。そちに嘘はつかぬであろ』
脳内に声が響く。元々いた世界から守護のためについてきてくれた神様だ。その他諸々、今回の異世界転移について便宜を図ってくれている。
「貴方が一番身分が高いのかもしれないが、詳しい事情を知っているとは思えない。そこの文官と神官。貴方たちに話を聞きたい。王城側と神殿側とどちらからも聞けば問題ないだろう」
聖女召喚なんてことをやった場合、王家と神殿が聖女の身を巡って争うなんてのは物語の定番だ。だから、どちらか一方の都合のいい話ではなく、両方から聞く。まぁ、ある程度の誤魔化しや嘘はあるだろうが、それは問題ない。あちらの世界の伊邪那美尊がつけてくれた登利津芙媛が助けてくれる。この神の加護のおかげで美琴の生命と安全と尊厳に関する事柄には嘘が付けないようになっているのだ。つまり、聖女としての役目だとか、やらされることだとか、聖女を利用しようとする神殿や王家の思惑とか、そういったことは嘘が付けない。
指名されたのは文官のクーニクル侯爵子息アルフォンソと神官のナサニエルである。美琴と登利津芙媛が見抜いたように、二人は職務に忠実でありながらも人としての良心も持ち合わせた誠実な役人(聖職者)だった。
「なんなんだ、あの女は!」
聖女に殆ど無視され用なしといわれた第一王子エンリケは苛立たし気に執務机を叩く。それによって山と積まれた未処理の書類が雪崩を起こして崩れた。それを側近たちが慌てて拾い集める。
「聖女とは可憐で愛らしいものではないのか! あれではアドリアナと変わらぬではないか!」
エンリケが口にしたアドリアナとは彼の婚約者だ。勿論、政略で結ばれたものであり、互いに恋愛感情はない。尤も、エンリケは彼女が自分に惚れたせいで公爵家の権力にものを言わせて無理やり結ばれたものだと誤解している。実際は色々と足りない第一王子を王太子にしたい王妃が必死に頼み込んで結ばれたものだ。この婚約によって筆頭公爵家の後ろ盾を得たエンリケが王太子筆頭候補と思われている。通常、筆頭公爵家の後見を得たならそのまま立太子しそうなものだが、そうはならなかったのは如何にエンリケが愚かで王太子になることが不安視されているかの証明のようなものだ。
おまけに当代一の淑女といわれるアドリアナの優秀さにエンリケは嫉妬し、近頃では彼女を疎んじ遠ざけている。そして、身分の低い男爵令嬢ドリタを寵愛し、みじめなアドリアナを嘲笑しているつもりになっていた。実際のところ、この婚約を白紙化したい公爵家としてはエンリケが愚かなことを仕出かすのは願ったり叶ったりだ。着々とエンリケ有責の証拠を集め、婚約破棄に向けて動いている。
それに気づいて焦ったのはエンリケの側近たちだ。エンリケが王太子になり国王となれば、自分たちは甘い汁が吸える。けれどエンリケが王位につけず臣籍降下してしまえば、自分たちはお役御免となり、実家からも役立たずの烙印を押されるだろう。
「あの高慢な態度! まるでアドリアナだ! 聖女とはドリタのように庇護欲をそそる愛らしい娘ではなかったのか!」
これまでの自国・他国を含めた過去の召喚で現れた聖女は皆可憐な庇護欲をそそるような少女だったらしい。そして、召喚の中心にいた王子と結ばれることが多かった。聖女と結ばれた王子は国王となり長い治世を敷いたと言われている。
だから、側近たちはエンリケの王位を確かなものにするために、聖女召喚を画策したのだ。都合のいいことに国境付近の魔の森から瘴気が発生し、魔物の活動も活発になっている。現状は王国騎士団が対応しているが、このままでは危険だろう。王国騎士団は十分対処可能と判断しているのだが、エンリケと側近は聖女召喚という輝かしい偉業に目がくらみ、話を真面に聞いていなかった。
「ドリタのように可憐な聖女を正妃として、アドリアナは執務をさせるために側室にする。ドリタは身分が低いから愛妾だな」
そんな都合のいい夢を見て、エンリケは聖女召喚を行なったのだ。この理由を知れば、高天原に坐す御方々はブチ切れるに違いない。
ターリキ王国にて100年ぶりに執り行われた聖女召喚。現れた黒髪黒瞳の静謐な美しさを湛えた少女は開口一番にそう発言した。召喚の間に集う者たちの中で最も身分が高く決定権を持つ第一王子に。
「そなたは我が国を守るため、神に選ばれ聖女としてこの地に呼ばれたのだ。有難く思うがいい」
第一王子は尊大な態度で聖女──名を広瀬美琴という──に告げる。己が王太子、次期国王になることを信じて疑わない第一王子エンリケは事の重大さを理解していない。
美琴は王子をぶん殴りそうになったが、今は堪えた。いずれぶん殴ってやると心に誓いながら。
そもそもこいつらは自分たちが時空を超えた誘拐犯だと理解していないのだろうか。美琴は冷たい目で周囲を見渡す。気不味げに眼を逸らす文官らしき男と、申し訳なさそうな表情をしている神官らしき男がいる。どうやらこいつらは真面な良心を持っていそうだ。
『そうじゃの。こ奴らなら信用できそうじゃ。そちに嘘はつかぬであろ』
脳内に声が響く。元々いた世界から守護のためについてきてくれた神様だ。その他諸々、今回の異世界転移について便宜を図ってくれている。
「貴方が一番身分が高いのかもしれないが、詳しい事情を知っているとは思えない。そこの文官と神官。貴方たちに話を聞きたい。王城側と神殿側とどちらからも聞けば問題ないだろう」
聖女召喚なんてことをやった場合、王家と神殿が聖女の身を巡って争うなんてのは物語の定番だ。だから、どちらか一方の都合のいい話ではなく、両方から聞く。まぁ、ある程度の誤魔化しや嘘はあるだろうが、それは問題ない。あちらの世界の伊邪那美尊がつけてくれた登利津芙媛が助けてくれる。この神の加護のおかげで美琴の生命と安全と尊厳に関する事柄には嘘が付けないようになっているのだ。つまり、聖女としての役目だとか、やらされることだとか、聖女を利用しようとする神殿や王家の思惑とか、そういったことは嘘が付けない。
指名されたのは文官のクーニクル侯爵子息アルフォンソと神官のナサニエルである。美琴と登利津芙媛が見抜いたように、二人は職務に忠実でありながらも人としての良心も持ち合わせた誠実な役人(聖職者)だった。
「なんなんだ、あの女は!」
聖女に殆ど無視され用なしといわれた第一王子エンリケは苛立たし気に執務机を叩く。それによって山と積まれた未処理の書類が雪崩を起こして崩れた。それを側近たちが慌てて拾い集める。
「聖女とは可憐で愛らしいものではないのか! あれではアドリアナと変わらぬではないか!」
エンリケが口にしたアドリアナとは彼の婚約者だ。勿論、政略で結ばれたものであり、互いに恋愛感情はない。尤も、エンリケは彼女が自分に惚れたせいで公爵家の権力にものを言わせて無理やり結ばれたものだと誤解している。実際は色々と足りない第一王子を王太子にしたい王妃が必死に頼み込んで結ばれたものだ。この婚約によって筆頭公爵家の後ろ盾を得たエンリケが王太子筆頭候補と思われている。通常、筆頭公爵家の後見を得たならそのまま立太子しそうなものだが、そうはならなかったのは如何にエンリケが愚かで王太子になることが不安視されているかの証明のようなものだ。
おまけに当代一の淑女といわれるアドリアナの優秀さにエンリケは嫉妬し、近頃では彼女を疎んじ遠ざけている。そして、身分の低い男爵令嬢ドリタを寵愛し、みじめなアドリアナを嘲笑しているつもりになっていた。実際のところ、この婚約を白紙化したい公爵家としてはエンリケが愚かなことを仕出かすのは願ったり叶ったりだ。着々とエンリケ有責の証拠を集め、婚約破棄に向けて動いている。
それに気づいて焦ったのはエンリケの側近たちだ。エンリケが王太子になり国王となれば、自分たちは甘い汁が吸える。けれどエンリケが王位につけず臣籍降下してしまえば、自分たちはお役御免となり、実家からも役立たずの烙印を押されるだろう。
「あの高慢な態度! まるでアドリアナだ! 聖女とはドリタのように庇護欲をそそる愛らしい娘ではなかったのか!」
これまでの自国・他国を含めた過去の召喚で現れた聖女は皆可憐な庇護欲をそそるような少女だったらしい。そして、召喚の中心にいた王子と結ばれることが多かった。聖女と結ばれた王子は国王となり長い治世を敷いたと言われている。
だから、側近たちはエンリケの王位を確かなものにするために、聖女召喚を画策したのだ。都合のいいことに国境付近の魔の森から瘴気が発生し、魔物の活動も活発になっている。現状は王国騎士団が対応しているが、このままでは危険だろう。王国騎士団は十分対処可能と判断しているのだが、エンリケと側近は聖女召喚という輝かしい偉業に目がくらみ、話を真面に聞いていなかった。
「ドリタのように可憐な聖女を正妃として、アドリアナは執務をさせるために側室にする。ドリタは身分が低いから愛妾だな」
そんな都合のいい夢を見て、エンリケは聖女召喚を行なったのだ。この理由を知れば、高天原に坐す御方々はブチ切れるに違いない。
429
あなたにおすすめの小説
【完結】どうやら魔森に捨てられていた忌子は聖女だったようです
山葵
ファンタジー
昔、双子は不吉と言われ後に産まれた者は捨てられたり、殺されたり、こっそりと里子に出されていた。
今は、その考えも消えつつある。
けれど貴族の中には昔の迷信に捕らわれ、未だに双子は家系を滅ぼす忌子と信じる者もいる。
今年、ダーウィン侯爵家に双子が産まれた。
ダーウィン侯爵家は迷信を信じ、後から産まれたばかりの子を馭者に指示し魔森へと捨てた。
桜の花の咲く頃に
月樹《つき》
ファンタジー
私がこの世界に召喚されたのは、丁度桜の花の咲く頃だった。
私が召喚されたのは、この世界の魔王を倒すため。
この世界の人達のために命を掛けて闘ってくれと彼等は言う。それが召喚された聖女の役目だからと、当然であるかの如く…。
何のために?この世界には、私の愛する人達もいないのに…。
召喚失敗!?いや、私聖女みたいなんですけど・・・まぁいっか。
SaToo
ファンタジー
聖女を召喚しておいてお前は聖女じゃないって、それはなくない?
その魔道具、私の力量りきれてないよ?まぁ聖女じゃないっていうならそれでもいいけど。
ってなんで地下牢に閉じ込められてるんだろ…。
せっかく異世界に来たんだから、世界中を旅したいよ。
こんなところさっさと抜け出して、旅に出ますか。
ゴースト聖女は今日までです〜お父様お義母さま、そして偽聖女の妹様、さようなら。私は魔神の妻になります〜
嘉神かろ
恋愛
魔神を封じる一族の娘として幸せに暮していたアリシアの生活は、母が死に、継母が妹を産んだことで一変する。
妹は聖女と呼ばれ、もてはやされる一方で、アリシアは周囲に気付かれないよう、妹の影となって魔神の眷属を屠りつづける。
これから先も続くと思われたこの、妹に功績を譲る生活は、魔神の封印を補強する封魔の神儀をきっかけに思いもよらなかった方へ動き出す。
いい子ちゃんなんて嫌いだわ
F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが
聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。
おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。
どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。
それが優しさだと思ったの?
女神に頼まれましたけど
実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。
その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。
「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」
ドンガラガッシャーン!
「ひぃぃっ!?」
情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。
※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった……
※ざまぁ要素は後日談にする予定……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる