当然だったのかもしれない~問わず語り~

章槻雅希

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決定的な出来事

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 自らの言動によって孤立していったダニエーレ殿下とアンジェリカでしたが、当人たちはそれに気づいていない様子でした。元々人の心情を慮ることが不得手な二人ではありましたけれど、お互いのみしか見なくなって、ますます人々の気持ちに、場の空気を読むことに鈍感になっていったようでした。周囲が自分たちをどんな目で見ているのか、それに気づくことが出来ていれば、彼らの悲劇は防げたのでしょう。

 アンジェリカが王子妃となって一年、ダニエーレ殿下とエルメーテ殿下の公務ははっきりと分かれておりました。国民の、主に平民の集う場所に顔を見せるのはダニエーレ王子夫妻、諸外国との政治的な集まりの場に出るのはエルメーテ王子夫妻。第三王子夫妻や未婚の第四王子も公務はあれど、彼らはわたくしたちの補佐が中心でした。表に立つ公務はダニエーレ殿下かエルメーテ殿下のどちらかが中心となっていました。

 王子妃の公務もまた、はっきりと分かれておりました。否、わたくしに有ってアンジェリカにはない公務はあれど、アンジェリカだけに任される公務はございませんでした。

 王子妃の公務は夫婦で出席する社交以外は多くはありません。孤児院や養護院、施療院への慰問、貴族の夫人や令嬢を招いての茶会、各国大使の夫人を招いての茶会や昼餐会といったものです。大規模な茶会や昼餐会は基本的に王太子妃殿下か王妃殿下が主催なさいますが、ごく少数を招くものや大国ではない大使夫人が中心のものはわたくしたち王子妃に任されることもございました。

 それらの王子妃の公務でアンジェリカが行うのは、慰問と国内貴族との茶会だけでした。平民出身の妃として、アンジェリカは市井で人気がありました。だからこそ、慰問はアンジェリカを中心に行われました。そして、いまだ王子妃教育が完了していないアンジェリカは茶会を主催することを王太子妃殿下から許されてはおらず、わたくしの補佐という形での公務となっておりました。

 また、主要な諸外国の言葉を話すことも聞き取ることも出来ないため、アンジェリカは外国が関わる茶会や昼餐会には出席出来ず、わたくしのみの公務となっておりました。

 それがダニエーレ殿下にはご不満だったようです。自分たち夫婦に任される公務は政治に関わらぬ些少なものばかりと不満を漏らしておられました。国内の諸問題を知り、実際に見て聞いて、それを政策に生かすための公務であることをダニエーレ殿下もアンジェリカも理解していなかったようです。

 確かにエルメーテ殿下やわたくしの公務は一見華々しく見えるでしょう。いかにも政治に直結しているように見えるでしょう。ですが、次期王太子が確定していない段階で公務が偏ることは決して良いことではございません。エルメーテ殿下も国内の公務を望んでおられました。

 けれど、そう出来なかったのは偏にアンジェリカに諸外国の知識が足りないからに他なりません。そんな妃を補うことが出来ないからダニエーレ殿下に任されることはないのです。本来ならば、どちらの系統の公務も二人の王子が均等に為すべきことでしたのに。

 不満を抱えておられたダニエーレ殿下はついに国王陛下に直談判なさいました。半年後に控える隣国との国交樹立十周年記念式典を自分たちに任せてほしいと。それを聞いたとき、今更何を言うのだろうと呆れました。既に式典については半年前から準備を始めておりました。王太子殿下とエルメーテ殿下が中心となり進めてまいりました。それに気づいておられなかったのでしょうか。ああ、式典の礼服の準備をするよう言われたから、式典があることに漸く気付かれたということでしょう。

 国王陛下は呆れておられたようですが、式典に関わる重要な部分は既に決定し、後は会場の飾りつけやパレードの警備体制の確認などの細かな国内の、しかも王城内での仕事ばかりになっておりました。それもあって国王陛下はダニエーレ殿下にお任せになられました。

 ダニエーレ殿下は初めての外国が関わる公務に張り切り、またアンジェリカも初めてわたくしと共同ではない公務を任されたことに勇み立ち張り切っていました。その分、彼らを補佐する文官や女官は大変だったようです。既に決まっている式次第を変更しようとする二人を止めたり、おおよそ王侯貴族の集まる場での余興には相応しくないものを提案する二人に別の提案をして納得させたりと、本来であればしなくてよい余計な仕事を増やされたと不満の声も聞こえました。

 そうして漸く迎えた式典で、彼らは最大の失態を演じたのです。

 実は隣国は直前になって参列する王族に変更がありました。式典の三か月前に王太子が変わっていたのです。その理由は奇しくも『前王太子が真実の愛に目覚めたから』でございました。

 前王太子は公爵令嬢と婚約を結んでおられましたが、学園で男爵家の娘と知り合い、彼女と懇ろな仲になったそうです。そうして、卒業祝賀会で婚約者に冤罪を被せ断罪し、婚約を破棄したのです。そう、前世のウェブ小説によくあった茶番劇でした。

 一時的に前王太子と男爵令嬢の婚約が認められたそうですが、ほどなく公爵令嬢の冤罪が証明され、男爵令嬢は国家反逆罪に問われ、前王太子は廃嫡の上幽閉されました。そして、王太子は第二王子へと変わり、公爵令嬢は新たな王太子の婚約者となりました。

 当然、我が国にもその情報は入っており、王太子殿下のお名を間違えないよう、前王太子の話題を出すことがないよう、細心の注意を払うように指示がなされておりました。けれど、それを耳の右から左へと通過させていた愚か者が二人。そしてその二人がやらかしたのです。

 なぜかダニエーレ殿下もアンジェリカも第二王子を前王太子と勘違いしていました。そして公爵令嬢を男爵令嬢と勘違いしておりました。隣国と我が国が同じ言語を使っていたことも災いの元でした。言語が違っていれば、他国語を話せないアンジェリカに恥をかかせぬため、ダニエーレ殿下も隣国王太子とその婚約者に挨拶以上のことをしようとはしなかったでしょう。

「貴殿も真実の愛を貫いたとお聞きした。素晴らしい! 私も妃とは身分を超えた真実の愛で結ばれているのです」

「婚約者様も大変だったでしょう? 平民だったあたくしほどではないにしても、高位貴族の高慢なお嬢様たちに苛められたのではないですか? 公爵令嬢とかって本当に意地悪な方多いですもの。あたくしもさんざん苦労しておりますの!」

 ダニエーレ殿下たちが王太子殿下たちに近づかぬよう気を付けていたとはいえ、流石に常に張り付いていることは出来ませんでした。そんなわずかな隙をついて、ダニエーレ殿下は隣国王太子殿下に話しかけていたのです。エルメーテ殿下とわたくしがお傍に辿り着いたときにはそんな有り得ないことをダニエーレとアンジェリカは話していたのです。

 すぐに王太子殿下付きの女官もやってきて、二人を引きはがします。エルメーテ殿下がお詫び申し上げながらお二人を別室へとお誘いしました。エルメーテ殿下もわたくしもお二人にあの二人の無礼をお詫び申し上げ、駆けつけられた王太子殿下と妃殿下もお詫びなさいます。

 ですが、隣国王太子殿下は大層ご立腹でいらっしゃいました。無理からぬことです。廃嫡された王子に間違われ、婚約者は反逆罪に問われた阿婆擦れと間違われたのです。王太子が変更になっていることは我が国にも知らされておりますのに、王太子の第一王子夫妻という未来の国王夫妻がそれを把握していないと思われても仕方のないことです。

 国内ではエルメーテ殿下が次期王太子と見做されておりました。外交の席でもエルメーテ殿下がそう見做されておりました。けれど、王太子になって間もない隣国王太子殿下はそれを把握してはおられませんでした。ですから、隣国王太子殿下は我が国の未来の国王に辱められたとお思いになられたのでしょう。

 正直に申し上げて、かの方が次期国王になられるのであれば国交は緩やかに疎遠にしていくほうがよいと思いましたわ。寧ろ政治的には前王太子のほうが優れた方のようにお見受けしましたもの。それはエルメーテ殿下も王太子殿下も同じようにお感じになられたようです。

 ですが、このときにはともかく隣国王太子のお心を宥めるのに精一杯でした。血の気の多い、気の短い隣国王太子がこのままでは、下手をすれば戦争にもなりかねません。王族が王族を侮辱したのです、そうなってもおかしくはございませんでした。

 そうしていくつかの協議の末、ダニエーレ殿下の廃嫡と通商条約を隣国優位で更新することで何とか決着をつけることが出来たのです。なお、このとき協議を主導なさったのは婚約者である公爵令嬢でした。隣国王太子は宣戦布告すると息まいてダニエーレ殿下とアンジェリカの首を所望なさっていました。これが策であれば大したものですが、そうではなかったようです。わたくしだけではなく、百戦錬磨の国王陛下と王妃殿下、宰相をはじめとする大臣たちがそう言っていたので確かでしょう。

 ひとまずは次期王妃たる公爵令嬢のおかげで戦争の危機は回避されたのでした。わたくしはあの方と王妃として渡り合っていかねばならないのか、中々に骨が折れそうだと思ったものです。けれど、いいお友達になれる気もしておりまして、それは実際にそうなっておりますわね。

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