【完結】哀しき竜王の血~番召喚の儀で竜族しかいない世界にやって来た私に愛を囁いた竜王さまには、すでに12人の妃がいました~

鬼ヶ咲あちたん

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二話 12人の妃

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 12人の妃たちは、それぞれ12人の大臣の一族から選ばれた精鋭で女傑だ。

 誰もが己の容姿に自信があり、竜王の妃として我こそが相応しいと思っていた。

 ただし、500年の間、誰も子を孕めなかったことだけが妃たちの汚点だった。

 こればかりは番にしかできない所業なのだと、大臣も妃もしぶしぶ理解をした。

 だからこそ番召喚の儀にも文句を言わず、やってきた番がちんちくりんでも、そんなのに名誉ある後宮の部屋を与えると聞いても、黙って従おうとしていた。

 ところがだ。



「なんなの、あの番は。無礼にもほどがあるわ」

「私たちをないがしろにしようとしたわね」

「竜族でもないくせにね」

「どこにも美しい色を持たない、童子のような外見だったわ」

「髪の色だけは竜王さまと同じね」

「竜王さまは美しい赤い瞳をお持ちじゃないの」

「あの瞳が熱に浮かされ、さらに色味を濃くするのがたまらないのよ」

「ああ、次のお渡りはいつかしら?」

「あなたより私のところに来られると思うわ」

「なんですって!」



「おやめなさい」



 妃たちの間に諍いが起きようとするのを、一の妃が止めた。

 12人の妃たちの中では最長齢で1200歳。

 通常は500歳で成人する竜族だが、長命のためか3000歳でやっと成人した竜王の筆おろしの相手を務めた。

 妃たちは皆、一の妃に一目置いている。

 赤髪金目の容姿は麗しく、凹凸のある体は妖艶だ。

 歪みなく並ぶ牙に、強靭な尖った爪。

 どこをとっても竜族の美を体現していた。

 その一の妃が竜王や番に対して何を思っているのか、ほかの妃たちは興味津々だ。



「一の妃、竜王さまの態度をどう思いますか? 私たちの誰も入れてもらえない竜王さまの私室で、あの番の面倒をずっとみているというではないですか」

「そうですわ、あの日以来、竜王さまのお渡りがなくなってしまって。私たちはこんなに体が寂しいというのに」

「それまでは毎日、それこそまとめて抱いてくださっていたわ」

「今はあの番に夢中で、私たちのことなど、まるでいないかのよう」



 妃たちはうっぷんを次々と口にする。

 それもそうだろう。

 これまでは後宮で栄華を極めていた妃たちだ。

 放置される扱いなど、実家にいたころもされたはずがない。



「私の兄である一の大臣に聞いてみたのだけれど、どうやら竜王さまは拒まれ続けていて、あの番をまだ抱いてはいないそうよ。大丈夫、きっとそのうちに竜王さまは私たちを求めてくるわ。抱けない番にしびれを切らしてね。そのときにお慰めすれば、私たちの大切さを再認してくださるでしょう。なにしろ私たちには500年間の絆があるのですからね。ないがしろにはできないはずよ」



 一の妃の考えを聞いて、ほかの妃たちは安心したようだった。

 たしかにこれまでの絶倫ぶりを考えれば、竜王さまがいつまでも番にこだわるはずがない。

 番には帰る場所もなく、いつかは諦めて竜王さまに抱かれ、次代さまを宿すかもしれない。

 しかし、それはそれ。

 妃たちは己たちがこれまで竜王さまを満足させ続けたという自負がある。

 ろくな容姿を持たない番が、いつまでも竜王さまを独り占めできるはずもない。

 妃たちはそのときを待ちわび、それまでは爪でも磨いて過ごせばいいのだ。



 ◇◆◇



 竜王は倒れた美子を自分の寝台に横たえ、あれからずっと面倒をみていた。

 美子は口をきかなくなり、水以外なにも飲み食いしようとしない。

 このままでは衰え、いずれ死んでしまう。

 竜王は気が気ではなく、何も手に付かない。



「ミコ、私はどうしたらいい? どうしたらミコの気持ちに寄り添える?」



 毎日、返事がないと分かっていても語りかけた。



「ミコから汚いと言われた意味が分からない。今日もきちんと手を洗ってきたが、それでも駄目なのだろうな」



 ミコが使いやすいように、温かなお湯で湿らせた手巾を枕元に置く。

 こうしておくと、竜王がいない間に美子が顔や体を拭いていると知っていた。

 でも、美子の言っていた汚いという意味は、清潔であるかどうかとは違うような気がした。

 大臣や妃たちは、なんとなく美子の言っていることを察しているようだったが、竜王には見当もつかなかった。

 妃が複数いるのが竜王の常識で、それが権力の偏りをさけるために大臣たちが考えた仕組みだとは思ってもいないのだ。

 竜王以外の番がいない竜族は、基本的には性に奔放だ。

 強い雄の子を産みたい雌、容姿の優れた雌を抱きたい雄。

 出会いと機会さえあれば、すぐに性交する。

 だが中には、ひとりの伴侶を愛し続ける者もいる。

 そうした者にとっては、複数と関係をもつのは不貞だった。

 今の竜王にはない考えだが、決して竜族にない考えではなかった。

 だからこそ大臣や妃たちは、美子の台詞に憤ったのだ。

 その考えは少数派であり、自分たちには納得ができないと。

 竜王の血筋は必ず残さねばならないのに、なぜ拒むのか分からないと。

 強い雄の精を欲しがるのは雌の本能、今は強がる番も竜王になびくと思っている。

 竜族は竜族の考えでしか物事を測れない。

 それは仕方がないことであった。

 同じことが美子にも言えた。

 美子は生まれ育った日本で培った倫理観念を持っていた。

 そこから大きく外れた行為に、自分が巻き込まれることを拒んだ。

 帰りたい、帰りたい、帰りたい。

 自分の常識が当たり前の世界に帰りたい。

 こんな恐ろしいところは嫌だ。

 番と出会って感じた多幸感は、今ではすっかり薄れてしまっている。

 美子にとってそれほど、12人の妃の存在は受け入れられないものだった。



 最近、竜王は執務室にも行かず、ずっと美子のそばにいる。

 美子がやつれていくのに合わせて、竜王もやつれていった。

 美子が水しか飲まないので、竜王も水しか飲まなかった。

 美子が寝ている間は、息が止まっていないか確認するため、ずっと目を凝らしていた。

 美子より体力があるから倒れていないだけで、もうかなり限界であった。

 そんなある日、厨房から届けられた甘味に、美子が反応を示した。



「ゼリー?」



 絶食している竜王に少しでも食べてもらいたいと、料理長が心を込めてつくった透き通る甘味。

 美子にはそれが、日本のゼリーによく似ているように見えた。



「ミコ、これはこちらの世界で透蜜と呼ばれる。中に果物を入れたり、甘い汁をかけたりして食べるのだ。今日は料理長が果物を入れてくれた。私の好きな果物だ。ミコも気に入ってくれると嬉しいのだが」



 匙ですくって、美子の前に差し出す。

 竜王は、美子が久しぶりにしゃべってくれたことが嬉しくて、目頭が熱くなっていた。

 美子はじっと匙を見る。

 匙の上では竜王の緊張が伝わったのか、透蜜がふるふる震えている。



「蜜柑ゼリーに似ている。お母さんがお弁当箱いっぱいに作ってくれた」



 美子はそっと匙に近づき、透蜜を口に迎え入れる。

 小さな口でもぐもぐと食べていたが、涙をこぼし始める。



「ミ、ミコ、口に合わなかっただろうか。私の手に吐き出しなさい。無理をしないでいい」



 竜王は美子の口に手を当てる。

 だが美子は最後まで食べた。

 そしてこれまで黙っていたことが嘘のように、ぽつりぽつりとだがしゃべり始めた。



「ゼリーと違う。こんなに見た目は似ているのに。ここはやっぱり私の世界じゃないんだ」

「私、蜜柑ゼリーが大好きで、お母さんが作ってくれたときは一日中ご機嫌だった」

「お姉ちゃんとお父さんは、私があまりにも蜜柑ゼリーが好きだから、自分はいらないって私にくれるの」



 竜王はずっと美子の話に耳を傾けた。

 一言も聞き漏らさないように。

 きっと大切なことを話してくれている。

 己と美子の間にある溝は深い。

 それは種族の差だけではない。

 生きてきた世界も違えば、学んだルールも違う。

 言ってしまえば同じところがないのだ。

 体のつくりさえ、違うかもしれない。

 そんな大きな溝を、美子が自分のことをしゃべることで、埋めようとしてくれている。

 竜王はこの機会を逃してはならないと思った。

 ここで間違ってしまえば美子は本当にこの世界に嫌気がさし、儚くなるかもしれない。

 思いとどまって欲しい。

 自分の傍にいることを。

 どうか、どうか。

 その日はすぐに声が枯れて、美子は話すのを止めたのだが、その日以降、美子はことあるごとに日本の話をしてくれた。

 竜王にはそれがたまらなく嬉しかった。

 一生懸命話を聞いた。

 そして汚いと言われた意味を知る。
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