【完結】哀しき竜王の血~番召喚の儀で竜族しかいない世界にやって来た私に愛を囁いた竜王さまには、すでに12人の妃がいました~

鬼ヶ咲あちたん

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三話 美子の胸中

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 美子は竜王の介護を受けながら、日本のことを考えていた。

 美子は実家から地元の大学へ通っていた。

 8歳年上の姉が嫁いだあと、両親と私の三人暮らしになって、実家は少し寂しくなった。

 ここに召喚された日、美子は大学から家に帰る途中だった。

 いつも駅から歩いて公園を抜けて、近道をして家に帰るのだが、その日はどうしてか公園の中で靄に包まれた。

 たまに不審者が出ると聞いていたので、公園を抜けるときは注意していたつもりが、その靄は異常な早さで濃くなると、美子をあっという間に別の世界へ連れて行ってしまった。

 竜族と呼ばれる背の高い人々に囲まれたときは恐ろしかったが、竜王と瞳が合わさったとき、この人だと直感した。

 この人に会うために私はこの世界に呼ばれたのだ。

 竜王と手が触れ合うと、全身が多幸感に包まれた。

 会えて嬉しい。

 その思いにとらわれて、その後の口づけも受け入れた。

 日本にいるときは誰とも恋愛をしたことがなく、奥手だった私が。

 好きだと思った。

 一瞬で。

 恋に落ちたのだ。

 ところが、すぐにひどい裏切りに合う。

 私が恋した人には12人もの妃がいた。

 しかも私を待つ間に、500年間も体で慰めてもらっていたのだという。

 私は竜族の500年間がどれほどのものか分からない。

 だとしても、これはないと思った。

 多数の女性を侍らせる竜王が、途端に汚いものに思えた。

 日本で育った美子にとって、男女の在り方とは、姉のような夫婦や両親のような夫婦だった。

 思いあう人と交際して、結婚をする。

 そして授かりものとして子を産む。

 竜王が愛を囁くのは美子だけだと聞いても、どうしても受け入れられない。

 12人もの妃とそういうことをしてた人。

 美子を13人目の妃として迎え入れようとした人。

 それは美子の常識のかなり範囲外で、理解ができなかった。

 倒れてしまってから、竜王は美子の傍を離れたがらない。

 私が口も利かず、何も食べないから、死ぬのではないかと思っているようだ。

 実際、その手前の状態ではあったと思う。

 郷愁にとらわれ、泣いて過ごしていた。

 だけどある日、竜王の持ってきた食事の中に蜜柑ゼリーを見つけた。

 私の好きな蜜柑ゼリーがこっちの世界にもあるなんて。

 私が興味を持つと、竜王はそれを匙にすくって口元に運んでくれる。

 どんな味がするんだろう?

 口の中に入れてみると、あっという間に溶けて、果物だけが残った。

 冷たくないアイスクリームのような感じ。

 そして蜜柑は蜜柑じゃなかった。

 当たり前だけど、ここが日本じゃなくて、私はもう帰れなくて、ずっと死ぬまでこの世界にいるんだと実感した。

 諦めが涙になった。

 竜王に少しずつ自分のことを話した。

 だって日本とこの世界は違い過ぎる。

 竜王と私の考えも違い過ぎる。

 二人の間の溝は深く、竜王はそれでも寄り添おうとしてくれていた。

 私からも歩み寄らないと。

 溝が溝のままでは、何も解決しない。

 何から話せばいいか分からなかったけど、家族のことが口を突いて出た。

 もう戻れないと言われて、一番それが悲しかったからだろう。

 誰かに話したかった。

 もう会えない私の家族のことを。

 知って欲しかった。

 素敵な家族だったということを。

 そして私と一緒に覚えていて欲しかった。

 だから竜王に話した。

 竜王なら聞いてくれると思った。

 12人の妃がいることは許せないけれど、心のどこかで竜王を信じているのだろう。

 番って不思議だ。

 なんとなく繋がりを感じて、相手の気持ちがおぼろげに分かる。

 どこにいるのかだって、ふんわりした気配があるのだ。

 あっちの方にいて、こんなことを思ってる。

 そういうのを今までいた日本で察知したことはないから、こっちの世界の番特有のものなんだろう。

 番っていうから番わないといけないのかと思ったけど、竜王はそれを強制しなかった。

 私に汚いと言われたことを覚えているのだ。

 触らないでと手を振り払われた理由は分かっていなくても、私が嫌がることはしたくないという気持ちを感じる。

 私はできるだけ竜王に分かってもらえるように、日数をかけて私の思う結婚と夫婦の関係について説明をした。



「日本で夫婦になるにはね、ある程度の期間、交際っていうのをして仲良くなって、ずっと一緒にいたいって気持ちが固まったら求婚をして、お互いの家族に紹介して、みんなを呼んで私たち結婚しますってお披露目の式をするの。私のお姉ちゃんがそうだったから、私の結婚のイメージはそうなってしまって。そして両親みたいに、ずっと一人の人を伴侶として愛して大切にして、寄り添って助け合って生きるの。それが私の中にある理想の夫婦の関係なの」



 だから12人も妃がいて、みんなで夫を共有する、こちらの世界の当たり前が受け入れられないのだ。



「つまりミコの世界で夫婦とは、一対一の関係なのだな。一般的な竜族がどのような結婚をしているのか私は詳しくないのだが、私が12人の妃を迎えることになった経緯を話そう。私が竜王としてこの世に生を受け、成人するまでに通常の竜族であれば500年のところ、3000年かかった。その間に、亡くなった先代竜王が成人してから番に出会うまでの長い時間を、どう過ごしていたのか知るものが少なくなってしまった。竜族の雄は成人すると精通が始まり、私は番を求めて心身ともに相当に荒れた。そこで大臣たちがせめて体の欲だけでも発散させようと、一族から選りすぐり、12人の妃が集められたのだ。番に会えぬという狂気をどう制御すればいいのか、私は分からなかった。せめて先代が生きていれば、何か聞けたのかもしれぬ。大臣たちの言いなりになったことは確かだ。全て竜王に関することは大臣たちが口伝で受け継いでいるから、任せておけばいいと思っていた部分はある。私が望んで12人の妃を選んだわけではないのだ。私が求めて愛しているのはミコだけ。それは分かって欲しい」



 竜王の事情も分かってきた。

 どうやら竜王が全て一夫多妻なわけではないようだ。

 私が汚いと罵ったとき、大臣と妃たちは目配せをしていたように思う。

 何が汚いのか分かっていなかったのは竜王だけだった。

 そういうことなのだろう。

 大臣や妃たちは、番が見つからず暴れる竜王を納得させるため、あえて一対一の夫婦関係があることを伝えていないのではないか。

 まさしく番関係がそれにあたるのだが、竜王には長らく番がいなかったし、それを教えてくれる先代もいなかった。

 肉欲を満たす12人の妃をあてがい、あわよくばと思っていたが、待てど暮らせど子を孕む気配がない。

 そこでようやく番にしか子がなせないと分かり、番召喚の儀を執り行ったというわけか。

 そもそもそんな儀式があるのなら、500年前に竜王が暴れたときにすぐに執り行えばよかったはずだ。

 それを引き延ばしたのは大臣たちの思惑が働いていたのではないか。

 それぞれの一族から12人もの妃を集めたというのも、次代の竜王を一族から輩出する機会を均等にするためだったのだろう。

 あの大臣たちはお互い協力しているように見えて、実は牽制しあっているだけなのかもしれない。

 美子は竜王が傀儡のようだと思った。

 いいように扱われているのではないか。

 そんな不安が胸をよぎる。



「ミコがこちらの世界に来てくれて、私の狂気も治まっている。もう12人の妃たちを必要とはしていない。大臣たちにもそれを伝えよう。これまでの感謝とともに」



 竜王は大臣たちにいまだ全幅の信頼を置いている。

 いつ先代が亡くなったかは分からないが、成人するまで大臣たちが竜王のそばで全ての支えとなってきたのだろう。

 たとえ竜王という権力に吸い寄せられただけであったとしても。

 美子が抱く不信をここで話すべきか。

 もしかしたら大臣たちはたくさんのことを竜王に隠しているのかもしれない。

 本来ならば、竜王にとって有用に使わねばならない代々受け継がれてきた知識を、自分たちの利益のために出し惜しみしてはいないか。

 美子は踏ん切りのつかない迷いを心中でくすぶらせるのだった。
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