6 / 248
漂着
デカート 共和国協定千四百三十一年 霜降
しおりを挟む
マイルズ老人に旅の道すがら町の来歴や人々の話を聞かされることになった。
とくにマジンのほうが話すことはなかったのだが、女と旅をしていたあたりの話はした。
魔族や魔法について訪ねてみたが、左道曲学阿世の徒とその術法だろう、という程度の事しか知らなかった。魔法使いについても、いるのは知っているがそれと知って出会ったことはないという。
では自分たちが魔法使いとしてどうするか、というマジンの問いにはマイルズ老人は笑って、町を助けてくれるなら、どうでもいいことだ、と言った。
「ああ、いや。そういえば、ワシは直接見ていないのだが、共和国軍が魔法使いを集めて軍制に組織しているという話は知っている。あとは、あちこちにそれらしい触れ込みの錬金術師や占い師がいることも知っているよ」
どこかで聞いたうわさ話を思い出すようにマイルズ老人は口にした。
人口十万を誇る都市であるデカートは傘下に複数の町や村集落を従えそれなりに貿易も盛んだが、馬の足の物流では限界もあり、河川交易では相手も限られ、魔法使いがいるならもう少し力を貸してもらいたいものだ、というのが元老院議員としてのマイルズ氏の見解であった。
行き詰まりを感じている文明にありがちなことで使い潰せる労力としての人間は貴重な資源である。
生きている連中はそういう意味もあって死刑にはならないようだ。
もちろん楽に監獄で寝て起きて暮らせるというわけではなく、どこかで労務につくことになるはずだという。
鉱山か運河かで亜人の監督下で汗を流すことになる。変わったところでは毛織物の工房というのもあるとか。或いは模範囚として労務を努め、共和国軍での兵役か。
ともかく、デカートは大きく豊かではあるが、限界も見えているということだった。
ヴィンゼの簡易裁判所が停止になっている間に手配書の内容が一部変わっていたらしく、少々金額が増えたり、見積もり二十万以上の土地資産を持つ富豪には元老院の選挙権被選挙権が与えられるという新しい法律が通っていてそれに併せてマイルズ老人が屋敷の周辺の山裾からはみ出した森と川の北側の土地を登記に足したり、という事があった。
正直なところ、大金が欲しかったわけでも元老院に興味があったわけでもないのだが、水場のある丈夫な家というのは欲しいものだったので、話のとば口の法螺話が現実になったことはどうでも良くあり都合もよくあった。
マイルズ保安官が先行させていた早馬によって道中途中からデカートからの応援がやってきてからは一行は楽になった。徹夜続きでくたびれきっていたアルジェンもアウルムも居眠りをする余裕ができた。
デカートは大きな街だった。
元は魔族との戦いの拠点のひとつだったようだが、雲に届くような巨大な骨組みを残すのみになった遺構や複雑に入り組む地下道をもった街だった。
街を農地ごと覆うような蜘蛛の巣か肋かのような巨大な骨組みは町につく前の日から見えており、周囲がザブバル川に向かってゆるく口を開いたカルデラ状の丘陵を差し引いても大きさは感じられた。差し渡しで三リーグほど面積でたっぷり六平方リーグあるという。
はっきりした歴史を示す遺物があるからか、町も全体に安心感というか緩やかな文明を感じさせる雰囲気だった。
亜人獣人たちの服装もこれまでとは違って多少の贅沢が許されているようで、毛布を型紙に切って作ったワンピースとポンチョのアルジェンとアウルムの格好は逆に悪目立ちが気になった。
尤も悪目立ちという意味では保安官一行の護送馬車は街に入る前からどこでも注目を浴びていて、居心地はあまり良くなかった。マイルズ老人に言わせれば、保安官にとってはこういうものが特権であるらしい。
囚人の引き渡しも途中でヴィンゼの北で起きた大捕り物は耳の速さを競う町雀には格好の話題であった。
奇妙な伝令もあって、検事長主催の夜会に招待された。
とくに検事長にも町の夜会にも興味はなかったが、幾日かの町への滞在は必要だったし、晩飯が定まるという程度に考えればいいと思うことにした。
検事長であるアーディン・メラスは職責の重要さと権威の分立から元老院議員を兼任することが出来ない。
しかし民選院議員の交流の場を提供して心証を良くすることや、様々に兼業している元老院議員について粗略に扱う習慣はなかったし、組織上の間接的な部下であってもそれは同じだった。
事実上のデカート州の北限のモニュメントとしてローゼンヘン館はヴィンゼの街に組み込まれていた。
ローゼンヘン館の事件は賞金稼ぎを募って百名規模での強制査察という名の襲撃に失敗した挙句に、ヴィンゼの町への報復で被害が出るという展開で市の面目というには大事になりすぎていた。査察の報復にヴィンゼの町を中心に二百名ばかりが死ぬ事件は起きたが、もともとヴィンゼ周辺はデカートからは交易の利の薄い開拓の弾みの付かない辺境の地としてみられていた。収益の上がらない土地に市の人員労力と予算資材をつぎ込むことを渋る向きがあり、面子と職分のこともあり、国軍を呼んで対処をするか否かの判断を迫られている時期に面倒が連鎖的な実害を及ぼさない範囲で収束したのは全く行幸だったということだ。
そんなことを尋ね手配人の引き渡しの後にマイルズとともに招かれ訪れることになったメラスとの懇親の席で知った。
当然に公務で訪れたマイルズに自宅の客間に宿を提供し、功労者であるマジンの紹介を得るとマジンにも宿を提供すると申し出た。
幼い獣人を連れていることを理由にマジンは辞しようとしたが、検事長就任前から現場で獣人と触れることは多く、性格気性は生まれよりは育ちだし、主人を見れば奴隷はわかるし、奴隷を見れば主人もわかる。聞けばそれぞれに功労者であるらしい。正しく我が家の客としてもてなそう。と言い切った。
マジンは迷ったが、マイルズの「欲深で傲慢だがそれだけに利に聡く、無駄な嘘と手間を嫌う」というメラス評を聞いたときの皮肉を笑った本人の顔と、そこらの宿に泊まれば君たちの顔を見るために人だかりができて歩けもしないだろう、と新聞とともに差し出された言葉にメラス邸での逗留を希望することにした。
メラス氏は自らの言葉通りに自宅に招待した獣人の娘たちにも午後のお茶に席を設けた。
「それと忘れてはいけない、華やかな夜会に呼ばれた時のための余所行きの素敵なドレスを一揃え~。か。準備してくるの忘れたな」
ステアが旅の支度をするときや宿を引き払うときに歌っていたフレーズがマジンの口をついて出た。
「あるよ。必要?」
アルジェンが言った。
「持ってきたのか」
「持ってきたよね。アウルム」
驚いて振られたアウルムが自信ありげに頷いてみせるのに、マジンは更に驚いた。
「うん。大丈夫」
「だって」
アルジェンがマジンにそう言った。
やり取りを見ていたメラスは破顔した。
「なるほど頼もしいよく出来た娘たちじゃないか。来客に紹介できないのが残念なくらいだ」
来客の心情まではわからないから波風を立てるのを防ぐために、夜会には子供たちは出席できなかったが、ふかふかのベッドの中で夕食前から沈没している姿を見ればそれでよかった。
夜会でのメラスの挨拶は大雑把な主観も含みでマジンの理解に状況の整理を助けた。
「みなさんの多くが御存知の通り、ローゼンヘン館は中央との権威争いのために当時の元老院の一人だった学志館を立ち上げられていたローゼンヘン卿がザブバル川流域の上流流域調査をおこなうために支流の源流付近に長期滞在のための出立拠点を設けたことを礎石としました。以後の長い間ローゼンヘンの調査を支え、ザブバル川流域で複数の鉱山をはじめとする発見を国家版図に書き加えることに成功したデカート地理史の栄光の象徴です。
やがて調査の中心は東に移り、市の測量隊や長期滞在者たちの自耕の努力は結果として裏切られたものの、幾つかの井戸や、野生化した穀物作物として現地に残り、再びバイル・ヴィンゼという指導的人物によって町をおこされ、豊かな穀倉地帯として生まれ変わるべくヴィンゼの地は日々人々の努力に応えています。
その豊かなしかしデカートからは遠い町ヴィンゼに、あろうことか栄光あるローゼンヘン館に目をつけた餓狼の集団がいた。
メイビス・エフィート・フィゲルに率いられた野盗の集団です。
彼らには司法検事も手を焼かされてきた。
なんと五年もです。
我々の検事局の無能を嘆かない日々はありませんでした。
昨年大規模な取り締まりに向かった者たちが百人を超える犠牲者を出し失敗し、ヴィンゼの町が報復にあったときには、怒りのあまり思わず部下に激しい罵倒をくわえてしまったほどです。ですが、その頭目について思えば仕方なかったことなのでしょう。
メイビス・エフィート・フィゲル。第二軍の悲劇を覚えているものもいるでしょう。あるいは第二十一騎兵隊の悲劇と覚えている人もいるかもしれない。近年の国軍の敗北としては例のない大惨事だった。或いはこの中に遠征に参加していた方、縁のある人物がいたかもしれない。
勇敢な騎兵隊。四百九十六名がわずか一度の会戦で炎の海に飲まれた事件。そして、第二軍全体が大崩れとなりバラヌーフの鉱山地帯が反乱軍によって制圧されました。未だにバラヌーフは反乱軍の勢力圏です。
バラヌーフの地は我がデカートからははるか遠い西方の地です。
しかし軍の無残な敗北は大きな影響と衝撃を我々に与えました。
友人知人の生命や財産が失われ、或いは危機に晒されました。
もしこの中に当時現地にいらした方がいらっしゃれば、ぜひ個人的に当時のお話を伺いたいものです。
巧妙な策略か本当に魔法なのかはその場にいなかった私には残念ながらわかりません。
ですが、軍の報告による敵の名はわかっています。
メイビス・エフィート・フィゲル。
士官学校やアチコチの記録と幾人かの人々の記憶とから名はわかりました。
軍が大逆人を鍛えていたのです。
軍は自らの手で作り上げてしまった反逆者を、悪鬼、火炎魔人、炎の悪魔、悪の大魔法使いなどと言い立てました。
軍は魔法の危険な利用を行っているのではないか。
そもそも魔法使いというものを魔女というものを暴力的に取り締まっていたのは軍ではないのか。
そういう風聞も当時ありました。
もちろん軍は否定しました。
魔法についての良し悪しは皆さんの判断にお任せします。
あいにく私は魔法というものを使えませんし、見たこともありません。
しかし魔法なぞなくても或いはあってさえ世の中には不幸な出来事が絶えることはありません。
司法、検事というものは、多くの悲劇を目にし耳にしそれにたちむかう職業です。
多くの事件が解決したとき、既に被害者は悲しみと怨嗟の声を上げている。
そしてそれを救うには既に手遅れだ。
しかし新たな不幸をなくすことはできると信じて日々働いております。
そして、たまには素晴らしいご報告をすることもできます。
今日は皆さんにその悪鬼。火炎魔人。炎の悪魔。悪の大魔法使いがこの世を去った。鉄槌がついに下ったと伝えたい。
そして不幸にして悲劇の渦中で命を失った勇者たちの墓前に報告してほしい。
あなた方の敵は討ったと。
私、アーディン・メラスが検事長に就任してこれほど驚いた事件は多くない。
そして私が検事長であったことを誇らしく思ったことも多くない。
そう。
メイビス・エフィート・フィゲルの死体を我々検事局は確認した。
新たな第二十一騎兵隊の悲劇を起こすことなく、あの悪魔は屍を晒した。
私アーディン・メラスの任期中にこれほどの成果を皆さんにお伝えできることに喜びと感謝を表したい。
皆さんが知りたい、会いたい人物をご紹介しましょう。
私アーディン・メラスが最大級の信頼を預ける熟練有能な保安官にして当市の元老院議員マイルズ・ホゥリィ・エカイン。
そして、見事悪鬼を打倒して我々に平和をもたらしてくれた若き英雄ゲリエ・マキシ・マジン。
ゲリエ氏はローゼンヘン館を悪漢どもから解放したのみならず、ヴィンゼ北方の治安に協力して下さる意思で広大な土地の取得を考えられていると聞きました。輝かしい才気と若さに満ちた素晴らしい勇気と献身に惜しみない賛辞を皆さんとともに捧げたいと思います」
そんな風にメラス検事長はローゼンヘン館で起こった事件の歴史的顛末をまとめて語った。
とくにマジンのほうが話すことはなかったのだが、女と旅をしていたあたりの話はした。
魔族や魔法について訪ねてみたが、左道曲学阿世の徒とその術法だろう、という程度の事しか知らなかった。魔法使いについても、いるのは知っているがそれと知って出会ったことはないという。
では自分たちが魔法使いとしてどうするか、というマジンの問いにはマイルズ老人は笑って、町を助けてくれるなら、どうでもいいことだ、と言った。
「ああ、いや。そういえば、ワシは直接見ていないのだが、共和国軍が魔法使いを集めて軍制に組織しているという話は知っている。あとは、あちこちにそれらしい触れ込みの錬金術師や占い師がいることも知っているよ」
どこかで聞いたうわさ話を思い出すようにマイルズ老人は口にした。
人口十万を誇る都市であるデカートは傘下に複数の町や村集落を従えそれなりに貿易も盛んだが、馬の足の物流では限界もあり、河川交易では相手も限られ、魔法使いがいるならもう少し力を貸してもらいたいものだ、というのが元老院議員としてのマイルズ氏の見解であった。
行き詰まりを感じている文明にありがちなことで使い潰せる労力としての人間は貴重な資源である。
生きている連中はそういう意味もあって死刑にはならないようだ。
もちろん楽に監獄で寝て起きて暮らせるというわけではなく、どこかで労務につくことになるはずだという。
鉱山か運河かで亜人の監督下で汗を流すことになる。変わったところでは毛織物の工房というのもあるとか。或いは模範囚として労務を努め、共和国軍での兵役か。
ともかく、デカートは大きく豊かではあるが、限界も見えているということだった。
ヴィンゼの簡易裁判所が停止になっている間に手配書の内容が一部変わっていたらしく、少々金額が増えたり、見積もり二十万以上の土地資産を持つ富豪には元老院の選挙権被選挙権が与えられるという新しい法律が通っていてそれに併せてマイルズ老人が屋敷の周辺の山裾からはみ出した森と川の北側の土地を登記に足したり、という事があった。
正直なところ、大金が欲しかったわけでも元老院に興味があったわけでもないのだが、水場のある丈夫な家というのは欲しいものだったので、話のとば口の法螺話が現実になったことはどうでも良くあり都合もよくあった。
マイルズ保安官が先行させていた早馬によって道中途中からデカートからの応援がやってきてからは一行は楽になった。徹夜続きでくたびれきっていたアルジェンもアウルムも居眠りをする余裕ができた。
デカートは大きな街だった。
元は魔族との戦いの拠点のひとつだったようだが、雲に届くような巨大な骨組みを残すのみになった遺構や複雑に入り組む地下道をもった街だった。
街を農地ごと覆うような蜘蛛の巣か肋かのような巨大な骨組みは町につく前の日から見えており、周囲がザブバル川に向かってゆるく口を開いたカルデラ状の丘陵を差し引いても大きさは感じられた。差し渡しで三リーグほど面積でたっぷり六平方リーグあるという。
はっきりした歴史を示す遺物があるからか、町も全体に安心感というか緩やかな文明を感じさせる雰囲気だった。
亜人獣人たちの服装もこれまでとは違って多少の贅沢が許されているようで、毛布を型紙に切って作ったワンピースとポンチョのアルジェンとアウルムの格好は逆に悪目立ちが気になった。
尤も悪目立ちという意味では保安官一行の護送馬車は街に入る前からどこでも注目を浴びていて、居心地はあまり良くなかった。マイルズ老人に言わせれば、保安官にとってはこういうものが特権であるらしい。
囚人の引き渡しも途中でヴィンゼの北で起きた大捕り物は耳の速さを競う町雀には格好の話題であった。
奇妙な伝令もあって、検事長主催の夜会に招待された。
とくに検事長にも町の夜会にも興味はなかったが、幾日かの町への滞在は必要だったし、晩飯が定まるという程度に考えればいいと思うことにした。
検事長であるアーディン・メラスは職責の重要さと権威の分立から元老院議員を兼任することが出来ない。
しかし民選院議員の交流の場を提供して心証を良くすることや、様々に兼業している元老院議員について粗略に扱う習慣はなかったし、組織上の間接的な部下であってもそれは同じだった。
事実上のデカート州の北限のモニュメントとしてローゼンヘン館はヴィンゼの街に組み込まれていた。
ローゼンヘン館の事件は賞金稼ぎを募って百名規模での強制査察という名の襲撃に失敗した挙句に、ヴィンゼの町への報復で被害が出るという展開で市の面目というには大事になりすぎていた。査察の報復にヴィンゼの町を中心に二百名ばかりが死ぬ事件は起きたが、もともとヴィンゼ周辺はデカートからは交易の利の薄い開拓の弾みの付かない辺境の地としてみられていた。収益の上がらない土地に市の人員労力と予算資材をつぎ込むことを渋る向きがあり、面子と職分のこともあり、国軍を呼んで対処をするか否かの判断を迫られている時期に面倒が連鎖的な実害を及ぼさない範囲で収束したのは全く行幸だったということだ。
そんなことを尋ね手配人の引き渡しの後にマイルズとともに招かれ訪れることになったメラスとの懇親の席で知った。
当然に公務で訪れたマイルズに自宅の客間に宿を提供し、功労者であるマジンの紹介を得るとマジンにも宿を提供すると申し出た。
幼い獣人を連れていることを理由にマジンは辞しようとしたが、検事長就任前から現場で獣人と触れることは多く、性格気性は生まれよりは育ちだし、主人を見れば奴隷はわかるし、奴隷を見れば主人もわかる。聞けばそれぞれに功労者であるらしい。正しく我が家の客としてもてなそう。と言い切った。
マジンは迷ったが、マイルズの「欲深で傲慢だがそれだけに利に聡く、無駄な嘘と手間を嫌う」というメラス評を聞いたときの皮肉を笑った本人の顔と、そこらの宿に泊まれば君たちの顔を見るために人だかりができて歩けもしないだろう、と新聞とともに差し出された言葉にメラス邸での逗留を希望することにした。
メラス氏は自らの言葉通りに自宅に招待した獣人の娘たちにも午後のお茶に席を設けた。
「それと忘れてはいけない、華やかな夜会に呼ばれた時のための余所行きの素敵なドレスを一揃え~。か。準備してくるの忘れたな」
ステアが旅の支度をするときや宿を引き払うときに歌っていたフレーズがマジンの口をついて出た。
「あるよ。必要?」
アルジェンが言った。
「持ってきたのか」
「持ってきたよね。アウルム」
驚いて振られたアウルムが自信ありげに頷いてみせるのに、マジンは更に驚いた。
「うん。大丈夫」
「だって」
アルジェンがマジンにそう言った。
やり取りを見ていたメラスは破顔した。
「なるほど頼もしいよく出来た娘たちじゃないか。来客に紹介できないのが残念なくらいだ」
来客の心情まではわからないから波風を立てるのを防ぐために、夜会には子供たちは出席できなかったが、ふかふかのベッドの中で夕食前から沈没している姿を見ればそれでよかった。
夜会でのメラスの挨拶は大雑把な主観も含みでマジンの理解に状況の整理を助けた。
「みなさんの多くが御存知の通り、ローゼンヘン館は中央との権威争いのために当時の元老院の一人だった学志館を立ち上げられていたローゼンヘン卿がザブバル川流域の上流流域調査をおこなうために支流の源流付近に長期滞在のための出立拠点を設けたことを礎石としました。以後の長い間ローゼンヘンの調査を支え、ザブバル川流域で複数の鉱山をはじめとする発見を国家版図に書き加えることに成功したデカート地理史の栄光の象徴です。
やがて調査の中心は東に移り、市の測量隊や長期滞在者たちの自耕の努力は結果として裏切られたものの、幾つかの井戸や、野生化した穀物作物として現地に残り、再びバイル・ヴィンゼという指導的人物によって町をおこされ、豊かな穀倉地帯として生まれ変わるべくヴィンゼの地は日々人々の努力に応えています。
その豊かなしかしデカートからは遠い町ヴィンゼに、あろうことか栄光あるローゼンヘン館に目をつけた餓狼の集団がいた。
メイビス・エフィート・フィゲルに率いられた野盗の集団です。
彼らには司法検事も手を焼かされてきた。
なんと五年もです。
我々の検事局の無能を嘆かない日々はありませんでした。
昨年大規模な取り締まりに向かった者たちが百人を超える犠牲者を出し失敗し、ヴィンゼの町が報復にあったときには、怒りのあまり思わず部下に激しい罵倒をくわえてしまったほどです。ですが、その頭目について思えば仕方なかったことなのでしょう。
メイビス・エフィート・フィゲル。第二軍の悲劇を覚えているものもいるでしょう。あるいは第二十一騎兵隊の悲劇と覚えている人もいるかもしれない。近年の国軍の敗北としては例のない大惨事だった。或いはこの中に遠征に参加していた方、縁のある人物がいたかもしれない。
勇敢な騎兵隊。四百九十六名がわずか一度の会戦で炎の海に飲まれた事件。そして、第二軍全体が大崩れとなりバラヌーフの鉱山地帯が反乱軍によって制圧されました。未だにバラヌーフは反乱軍の勢力圏です。
バラヌーフの地は我がデカートからははるか遠い西方の地です。
しかし軍の無残な敗北は大きな影響と衝撃を我々に与えました。
友人知人の生命や財産が失われ、或いは危機に晒されました。
もしこの中に当時現地にいらした方がいらっしゃれば、ぜひ個人的に当時のお話を伺いたいものです。
巧妙な策略か本当に魔法なのかはその場にいなかった私には残念ながらわかりません。
ですが、軍の報告による敵の名はわかっています。
メイビス・エフィート・フィゲル。
士官学校やアチコチの記録と幾人かの人々の記憶とから名はわかりました。
軍が大逆人を鍛えていたのです。
軍は自らの手で作り上げてしまった反逆者を、悪鬼、火炎魔人、炎の悪魔、悪の大魔法使いなどと言い立てました。
軍は魔法の危険な利用を行っているのではないか。
そもそも魔法使いというものを魔女というものを暴力的に取り締まっていたのは軍ではないのか。
そういう風聞も当時ありました。
もちろん軍は否定しました。
魔法についての良し悪しは皆さんの判断にお任せします。
あいにく私は魔法というものを使えませんし、見たこともありません。
しかし魔法なぞなくても或いはあってさえ世の中には不幸な出来事が絶えることはありません。
司法、検事というものは、多くの悲劇を目にし耳にしそれにたちむかう職業です。
多くの事件が解決したとき、既に被害者は悲しみと怨嗟の声を上げている。
そしてそれを救うには既に手遅れだ。
しかし新たな不幸をなくすことはできると信じて日々働いております。
そして、たまには素晴らしいご報告をすることもできます。
今日は皆さんにその悪鬼。火炎魔人。炎の悪魔。悪の大魔法使いがこの世を去った。鉄槌がついに下ったと伝えたい。
そして不幸にして悲劇の渦中で命を失った勇者たちの墓前に報告してほしい。
あなた方の敵は討ったと。
私、アーディン・メラスが検事長に就任してこれほど驚いた事件は多くない。
そして私が検事長であったことを誇らしく思ったことも多くない。
そう。
メイビス・エフィート・フィゲルの死体を我々検事局は確認した。
新たな第二十一騎兵隊の悲劇を起こすことなく、あの悪魔は屍を晒した。
私アーディン・メラスの任期中にこれほどの成果を皆さんにお伝えできることに喜びと感謝を表したい。
皆さんが知りたい、会いたい人物をご紹介しましょう。
私アーディン・メラスが最大級の信頼を預ける熟練有能な保安官にして当市の元老院議員マイルズ・ホゥリィ・エカイン。
そして、見事悪鬼を打倒して我々に平和をもたらしてくれた若き英雄ゲリエ・マキシ・マジン。
ゲリエ氏はローゼンヘン館を悪漢どもから解放したのみならず、ヴィンゼ北方の治安に協力して下さる意思で広大な土地の取得を考えられていると聞きました。輝かしい才気と若さに満ちた素晴らしい勇気と献身に惜しみない賛辞を皆さんとともに捧げたいと思います」
そんな風にメラス検事長はローゼンヘン館で起こった事件の歴史的顛末をまとめて語った。
0
あなたにおすすめの小説
蒼穹の裏方
Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し
未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。
強制ハーレムな世界で元囚人の彼は今日もマイペースです。
きゅりおす
SF
ハーレム主人公は元囚人?!ハーレム風SFアクション開幕!
突如として男性の殆どが消滅する事件が発生。
そんな人口ピラミッド崩壊な世界で女子生徒が待ち望んでいる中、現れる男子生徒、ハーレムの予感(?)
異色すぎる主人公が周りを巻き込みこの世界を駆ける!
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
改造空母機動艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。
そして、昭和一六年一二月。
日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。
「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる