石炭と水晶

小稲荷一照

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ミンス

リョウ二十三才

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 最初あった時はお嬢さんと云う印象だったバールマン少佐はすっかり立派な女になっていた。五年ぶりであれば当然でもあったし、戦争の前線にあれば生きていたのが不思議くらいでもある。
 彼女の聯隊は塹壕に張り付く性質のものではないが、作戦中の師団や聯隊がその隷下大隊の連絡為す術なくなった前線部隊の命綱として活動していたから、ときに彼女自身も最前線の鉄火場に立たされていたりもした。
 女隊長が仕切っている部隊が増援に来る、というと現場が発奮するくらいには地域の名物部隊であるし、幾人かにキスをせがまれ、またしたこともあるという。
 技術上の確認事項のための打ち合わせは、六年前の約束の通りに果たされることになった。印象という意味で言えばリョウの体は六年前より筋肉が増えている気がするが、ここまで念入りに確かめたのは今日が初めてなのでわからなかった。ただ、十分に育ってからの体ということで無理をしている感じがないのが、ひどく気楽で心配をしないですむのが良かった。
 二人で風呂に入っていると、そそのかされて焦ってやるんじゃなくてよかった。と、リョウは言った。
 男女のことに興味がなかったんじゃないのかと尋ねると、興味はあったけど煽られてってのはどうかと思うし、戦場で慌ただしいってのも気に入らなかったということで、初物だと彼女は自己申告した。
 痛いか気持ちよかったかというのは、肩こりをゴロゴロやられている感じで慣れてきたら、まぁいいやという感じになってきた、という説明をしたところで二人で困った顔になった。
 男は気持よくなくても出るときは出るものだし、女は女がやる気にならないと気持ちよくならないものだし、嫌じゃなければ、自分で少し動いてみると良いとマジンは奨めた。
「何やら奥様を千人だか増やしたようですが、奥様、……ん、ああ、リザ先輩たちは大丈夫なんでしょうか」
「リザには云うのを忘れた。セラムとファラは今は忙しいから後で詳しく話を聞きたいと言っていた。こういうと意味のない言い訳だが、成り行きで丸抱えすることになった。これ以上は君たちが退役してからじゃないと話せない。罪を犯したわけではないが、色々面倒が多い」
 リョウの体はセラムよりも少し深く多少余裕があって、玉梨のような締まった硬さがある。ゴロゴロした違和感を感じてはいるようだが、腹の中の筋を伸ばされる痛みとその後のしびれをリョウは楽しんでいる様子だった。
「私の体は気持ちいいですか」
「うん。きもちいい。でもま、それより楽しい。まずはキミが無事生きていたことと少佐にまで昇進していたこと、それから僕とこうして乳繰り合って楽しもう、なんて気になってくれたことが嬉しい」
 リョウは笑った。
「まるで、近所のお嬢さんに云うようなセリフですね。もう少しまじめに戦争に協力してくださると助かります」
「少佐の言っていることは想像がつくけど、国家の本分をボクに侵せというところに終着するよ。元来大元帥だって単なる軍事指導者で独裁者じゃない。それに共和国が本気だって云うなら諸藩諸王国領に同盟国を作るか、せめて補給港を作って軍船を大量に送り込むことをおすすめするよ。あとは、なんとか言うマリールの実家に協力を仰ぐとか」
「私が子供を生んでさし上げるから、なにか素敵な知恵と道具を貸してくださらないかしら」
「リザあたりに云われたか」
 リョウはちょっとがっかりしたような顔をした。
「まぁ。はい。そうです。大本営で先輩にあったときに、ここの裏でやっている聯隊の編成が完了するまで本部には打ち手がないと」
「ボクも拾ってきた女達の身分がなんとかならないとなんともならない。他にも推定六百億グレノルの毒水の始末をつける工事をしていることは知っているかな」
「ろっ。なんですって。どうやるんですかそんな量」
 リョウが期待どおりに驚いてくれたことでマジンは笑う。
「ま、普通はそういうだろう。実のところを云えばボクが生きている間にケリが付くとも思ってはいないんだが、ともかく破綻しないための仕掛けを準備している。ひとつ目は早ければ再来年にも形になる。バカみたいに鉄を食っていたところは年内か遅くても来年にはひとまず終わる。そうしたら鉄が余るから自動車が安くなる。それと今ボクは海沿いに油田をいくつか手配をしている。バルデンとか云う牧畜をやっている集落があるらしいんだが、そこを買ってボクの港を作ることにした。様子が落ち着いてきたら女達はそこに幾らか移す。いつまでもここで色気を振りまくだけの生活も飽きるだろう。裸で過ごしても誰も気にしないところで働いてもらう。それで自動車の燃料の話も面倒が終わるはずだ。ともかく再来年にはもう少しまじめに戦争をしてやっても良いようになる。鉄道も来年にはアミザムを経由して軍都に達しているはずだし、計画の上ではキンカイザからヌモゥズまで再来年には伸びる。別路線がギゼンヌに伸びているはずだがそちらはどこか途中だろう。軍都からは南と西に伸ばす計画だ。ドーソンやダッカは再来年には届かないだろうが、ともかく南街道の東の端は早めに抑える。戦争をまじめに考えていないと云われると少し不本意だが、この程度にはまじめに考えている。無論有料だけどもね」
「自動車が安くなる、というのは」
「大きい奴は半額にする予定だ」
 腹の中に男の肉を咥えたまま一瞬少し考えて、年百両が二百両か、とリョウは言った。
「――兵站本部では今の価格でも年に二千両を導入したい様子だった」
 一応補足するようにマジンが言ったがリョウは疑わしげな顔をした。
「でもそれも再来年以降の話でしょう」
「一昨年の話だったから、話もなくなっているのかもしれないし、未だあるのかもわからない。機関小銃の計画の前段が終わったあとの話だからそこはなんとも」
「そう言えば機関小銃の生産はどうなったんですか」
「十万ばかり不良在庫を抱えて止まっている。設備は今は機関銃を作っているよ」
「新型銃というのは」
「やたらと作っているわけじゃないから量産試験用の設備で作っている。というか、こっちも部品をまとめて打ったところで止めている。銃身やら何やら手間のかかるところはあまり多く作っていないから、こっちは不良在庫っていうか、まぁいつものガラクタの範囲だ」
「大砲は、あの戦車とかに乗せているっていうものは、砲兵には扱えませんか」
「扱えないかって言うと、砲の試験自体は据え付けておこなうようなものだからできるよ。重心の確認やほかで砲座も作ったし、砲身の生産試験で多少多めに作ったから二百ばかり作ってまずいのを避けた」
「どれくらい飛ぶものですか」
「十二パウンばかりの弾丸を一リーグ先に二秒半でお届けするようなものだから、斜めに打ち上げれば理屈の上では五十リーグ余り条件次第で百リーグほども飛ぶはずだ。もちろんそんなものをまともに狙って落とすことは出来ない。弾速の揚力だけでなく横風も影響を受けるし、観測もできないから修正もできない。設計上の散布界は計算できるが、高度によって風の向きや気圧が層になっていることで、飛翔区間三分から四分の挙動は計算ができない。高く打ち上げすぎると今度は大気の層を突き破って、地球の自転の影響も出てくる。自転運動そのものはたかが知れているが、真空領域から戻ってくるときの不連続な層を通過する際にまとめて影響を受けることになる。おそらく弾体の姿勢が大気上層で弾かれ東に傾いて大きく自転に逆らって流れるはずだ。そこからまた気流に流れるはずだが、ともかく射高を高く取り過ぎると弾道の挙動が急激に変わる。地球の大気と重力の丸みが問題になる」
 リョウはマジンの上で軽く尻の位置をずらしながら少し考えている様子だった。
「そんなに極端な長距離射撃なら散布界は砲の性能よりも風の影響を強く受けますよね」
「射角にもよるがまぁそうなる」
「そうすると広く帯のようになる」
「天候が一定ならまぁそうだな」
「五十門ばかりで川向うの農地を焼けるなら嫌がらせにはいいかも。煙を引けるような弾丸と燃やせるような奴、むこうの鳥が落としていた火薬と油を混ぜたようなのがあれば狙えなくても嫌がらせには使えます。砲の精度が悪いって言ってもマスケットみたいな感じで弾がヨレるとかいう程度なら、問題ありません。どのみち前線の五十リーグ先は敵ばかりです。全部前線にください。砲弾はどれくらいありますか」
「あるのは色々合わせて五六千。ってところか。殆どは船とか車や城塞なんかを撃つためのものだけど、目的が嫌がらせの野焼きで適当に飛べばいいとなれば、作りやすい。一門の命数は数百かのつもりで作っていたが、精度を気にしないというなら尾栓に歪が出るまで数千は打てるだろう」
 リョウは具体的な方法が見えてきたことに表情を明るくしつつ口にした。
「帰るまでに野焼きをできるような弾と弾道を見やすくするような弾を作れますか」
「基本的にどっちもそんなに難しくはないな。煙が出る花火みたいな感じで作るのと、落着して破裂するようにすればいいんだろう。言ったとおりワインの瓶みたいなものを撃つ大砲だから大したものにはならないと思うが、キミが言うとおり、いきなり畑の中でよっ払いが暴れるくらいの騒ぎにはなる。砲の重さは砲座込みで一グレノル半と云うところだろう。帰りまでにのんびり試射ができるようなものは用意できないが、戦車を想定した試験用の砲座はある。馬だと四駢かもっとが必要だが、貨物車なら牽引貨車の代わりに一両で十分引ける。砲弾は容器込みで一発五十パウン。まぁ、キミが云うだけの数を用立てると貨物車五十両が必要になる。出来がどうでもいいって話なら百ってところか。代金はどうする。体で払うってのは今すぐ退役するっていっても受け付けない」
 リョウは肩と腰の位置をずらしながら頷いた。
「それは大丈夫です。私の判断でギゼンヌ軍団の名義の借用書と納品受付書をきってよろしいと言われてきました。試射は見られますか」
「発砲はできるから試験場での初速や試験標的を使った確認はできるが、五十リーグの射場というものがない。経路途中までの弾道観測はいくらかできるが、実験を組み合わせての推測材料にしかならない」
 戦車砲を使った電波測量はジェーヴィー教授の背景雑音が少ない空に向かって幾度か試験していた。そのために高射曲射の実績はあったが、最後まで追跡したわけではないし装薬や弾体重量を減らした落下傘付きの標定弾をつかっていた。
「現状それで結構です。ただしそういうことであれば、砲弾は買い求めますが、大砲と備品については部隊試験目的の借用ということでお願いしたいと思います。管理のための人員が必要ということであれば、喜んで責任をもって受け入れさせていただきます」
「ところで、せっかく風呂場で男女で裸でくっついているんだが、ちっとも色っぽい話にならないな」
「やっぱり少し痛いです。なんかちょっと便秘みたいな感じで腰のところが突っ張る感じですし、お腹も突き上げられてて指で突かれているみたい」
「鼻くそほじるのが気持ちいいのは、鼻くそが指先に引っかかって剥がれるまでで、鼻の穴をグリグリとでかく伸ばして広げるのや鼻の奥を無理やり突くのがきもちいわけじゃないぞ。動かして良さそうなところを探すのが気持ちいいんだろ」
 そう言いながら少し腰を浮かさせ腹の中を探るように掻いてやると、リョウはむずがるように喘ぎだした。二三度軽くいかせているうちにリョウの体の良い所がわかるようになって、全身が引き攣るまでに追い上げて追い落としてから精を放って、気の抜けた全身を洗ってやった。
 翌日からマジンは戦車砲を転用した野砲の組立てを始めた。
 長距離砲撃の実験はジェーヴィー教授も参加しての実験になった。一ヶ月の間に八十五門の砲が準備され、千発あまりの実弾が試験され、そのうちごく一部は着弾が観測された。どうやら五十リーグくらい飛ぶようではあるのだが予想通り散布界が一リーグ以上おそらく三リーグほどもあってたかだか十パウンちょっとの弾丸を飛ばす兵器としてはほとんど意味のないものだったが、それでも二万もばら撒けば二百キュビットに一発勘定で降るはずで、ちょっと運が悪ければ村や町の二つ三つが丸焼けになる勘定だった。
 電探での射撃修正をおこなうことで、ある程度散布界の集散を調整できたが、それでも一リーグの散布が縮まるというわけではなく、だいたい山の頂を狙って麓の何処かに落ちるようなものだから嫌がらせ以上の意味は無い使い方だった。
 リョウは実射を行っていない砲を含め九十三門の百五十シリカ野砲と一万二千発の砲弾をもって部下達とともにギゼンヌに帰っていった。期間内に八千発というのは迫撃砲弾の部品を流用出来たからだったが、残りの四千発は野原に撃っても効果の低い焼夷効果の期待できない砲弾だった。効果があってもなくてもあと二万は送って欲しいということだったので、マジンもそれは確約をした。
 リョウは男女の機微に敏いと云うか、女ッケに飢えた男たちから滞在の間に散々抱かれ雰囲気が変わったことをからかわれていたが、男たちもそれぞれ勝手に腰を軽くしていたらしいことは早めに子供を産んで身軽になった女たちの幾らかの様子からわかった。
 驚いたことは、ジェーヴィー教授がギゼンヌに電探を持ち込んで実験を続けたい、と言い出したことだった。急なことだったが、戦場を知っている幾人かと砲と電探がわかるそれぞれの人員を合わせて十人ばかりつけて送り出すことになった。
 ミョルナの基地まで会社の特別便でローゼンヘン館からミョルナまで直行。その後、自動車でギゼンヌまで。警護にペロドナー商会から警備班をつけてもらうジェーヴィー教授による戦場視察は二週間の予定がひとつきを少々超えることになった。
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