氷雨と猫と君〖完結〗

カシューナッツ

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〖第73話〗

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 次の日のおやつの時、昨日のことを訊いた。年に1回、仕分けして要らないものは、誰かにあげたり、売ったりするという。今ここにある服は必要最低限。もっと増やしてもいいくらいだと思ったが真波のポリシーなんだろう。

「綿のTシャツとかは鋏で切って掃除に使ってたよ。Tシャツは消耗品でしょ?買うのはクラシックなものかな。なるべく一生物を長く、手入れして着る」

「私も。なるべく流行りに関係ない王道を買うんだけど。たまに、ね。この本は?」

 開くと、まだ幼い真波と、真波の母親が映っていた。家族とのアルバム。真波は母親似だ。少し垂れ目な所、通った鼻筋。お母さんはかなりの美人だ。真波が綺麗な顔立ちをしているのも頷ける。

「要らないもの、そう言いきりたいけどね。でも、未練がましいとは解っているけど、離したくないんだ。忘れられたら楽なのになっていつも思うよ」

 大学一年、真波は今も覚えてると言う。家族との別れ。偶々、こたつで真波が寝ていた時だった。事故は、夕飯の買い物の帰り道で起きた。

「もらい事故だったよ。アイスバーンにハンドルをとられた車が俺以外を乗せた軽自動車に突っ込んで。全員即死だった」

 真波は、いきなり独りぼっちになった。誰もいなくなった。

「俺、寝てた。一番大切な人がいなくなる時、寝てた。挙げ句、母さんは損傷が激しいって顔を見れなかった。俺は周りの反対を押しきって、見たよ。母さんじゃなかった。気持ち悪くなって、吐いた。泣きながら吐いた。母さんなのに。冷静になって気持ち悪くなった自分が許せなかった。あれは母さんだ。どんな形をしても母さんの最期の姿だ。暫くして、後悔は無くなったよ。絵の中だけは綺麗な姿で。元の姿で描いてあげよう。ずっと、そう思った」

 二人で並んで座ってアルバムを見た。私が写真を指差すと、何の時記念して撮ったか、真波は教えてくれた。あまり、声の抑揚をつけずに。目の光りは弱かった。

「皆がいなくなって。誰のために描くのか。解らなくなった。何のために描くのかも解らなくなった。そのうち絵を描く意味が解らなくなった。無理矢理描いた絵は『それまでの明るい色彩が俄仕込みのユトリロになった』って言われたよ。だけどこんな自分でも筆を折っちゃいけないって。描くのをやめようとすると、ケーキが浮かぶんだ。モンブラン。お菓子屋さんの。家族のお祝いごとは、みんなモンブラン。モンブランを食べてるときは幸せの時間だった」
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