氷雨と猫と君〖完結〗

カシューナッツ

文字の大きさ
1 / 94

氷雨と猫と君

しおりを挟む

 直樹と、喧嘩なんかしたことはなかった。でも、ただの仲良しではない。何処か腹が立ったり、嫌な空気になる度に、飲み込んできた。特に私は澱む雰囲気が嫌で、口癖のように『なんかごめんね』と言っていた。喧嘩も納得なんかしてないのに、何故か私から謝っていた。我慢する作り笑いばかりしてた。簡単に言えば、彼は気分屋だった。相手の感情も気遣うことの出来ないくらいの。
 そんな彼は最近上機嫌だ。私の靴までわざとらしく褒める。以前は、
『カツカツ廊下でお前の足音が聞こえるたびに《仕事しろ》って言われているようで辟易した』
 そう言っていたのに。そんな彼が今頃になって私の機嫌を伺う。気持ち悪く褒める。そして、謝らなければならないタイミングを見計らっている子供のように、私をチラチラ見ていた。私は店のご主人のサービスのナッツと葡萄を食べ終えた。
「あの………さ」
 言い出しづらく彼は黒ビールを一口含んだ後に言った。私だって鈍くもないし馬鹿ではない。かつて、私を見る視線と同じことを誰かに向けていることぐらい火を見るくらいにあきらかだとは解っていた。私は、最後の一口のカンパリの水割りを煽った。


『さよなら、お幸せに』
『………ありがとな。ごめんな』

 そう私は直樹との待ち合わせにいつも行っていた、昔馴染みのお洒落なカフェ・バーで彼に別れを告げた。
 家に帰ろう、早く帰ろう。忘れてしまえばいい。いつもみたいに、寝て起きたら、元通り。出勤して仕事ををこなして定時にあがる。
 雨が降ってきた。天気予報の言う通り、この寒さなら本当に季節外れの雪になるかもしれない。

「氷雨………かあ」

 私は雨は嫌いだ。冷たい雨はもっと嫌いだ。季節には随分早い寒波。まだ冬になりきれていないこの街で、今ごろ雪なんてかなり珍しいけれど、確かにその日はストッキング越しのヒールの足の甲から寒さが身体に染み込んでいく感じがした。
──────────

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

メイウッド家の双子の姉妹

柴咲もも
恋愛
シャノンは双子の姉ヴァイオレットと共にこの春社交界にデビューした。美しい姉と違って地味で目立たないシャノンは結婚するつもりなどなかった。それなのに、ある夜、訪れた夜会で見知らぬ男にキスされてしまって…? ※19世紀英国風の世界が舞台のヒストリカル風ロマンス小説(のつもり)です。

辺境伯と幼妻の秘め事

睡眠不足
恋愛
 父に虐げられていた23歳下のジュリアを守るため、形だけ娶った辺境伯のニコラス。それから5年近くが経過し、ジュリアは美しい女性に成長した。そんなある日、ニコラスはジュリアから本当の妻にしてほしいと迫られる。  途中まで書いていた話のストックが無くなったので、本来書きたかったヒロインが成長した後の話であるこちらを上げさせてもらいます。 *元の話を読まなくても全く問題ありません。 *15歳で成人となる世界です。 *異世界な上にヒーローは人外の血を引いています。 *なかなか本番にいきません

【完結】愛する人はあの人の代わりに私を抱く

紬あおい
恋愛
年上の優しい婚約者は、叶わなかった過去の恋人の代わりに私を抱く。気付かない振りが我慢の限界を超えた時、私は………そして、愛する婚約者や家族達は………悔いのない人生を送れましたか?

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

【完結】雨の日に会えるあなたに恋をした。 第7回ほっこりじんわり大賞奨励賞受賞

衿乃 光希
恋愛
同僚と合わず3年勤めた仕事を退職した彩綺(さいき)。縁があって私設植物園に併設されている喫茶店でアルバイトを始める。そこに雨の日にだけやってくる男性がいた。彼はスタッフの間で『雨の君』と呼ばれているようで、彩綺はミステリアスな彼が気になって・・・。初めての恋に戸惑いながら、本をきっかけに彼との距離を縮めていく。初恋のどきどきをお楽しみください。 第7回ほっこり・じんわり大賞奨励賞を頂きました。応援ありがとうございました。                                

処理中です...