婚約破棄された堅物令嬢ですが、鬼の騎士団長の娘として宮廷の陰謀を暴くのに忙しいので、美貌のカストラート(実は王子)に溺愛される暇はありません

綾森れん

文字の大きさ
10 / 11

10★第三王子アルベルト、リラについて知る(※アルベルト視点)

しおりを挟む
(※アルベルト視点です)



 大聖堂での生活に慣れてきた俺は、こっそりとリラに関する情報を集め始めた。聖職者たちは貴族の屋敷に出張し、彼らの屋敷内に造られた礼拝堂で祈りを捧げる。

 大聖堂に戻ってきた彼らに、

「僕――えっと俺より少し年下で、リラっていう名前のお嬢様、知らない?」

 と尋ねて回った。

「プラチナブロンドの髪に薄紫の瞳で、とっても綺麗な子なんだ」

「ああそれなら、プリマヴェーラ伯爵の娘さんでは?」

 ほどなくしてリラの素性は明らかになった。彼女は代々騎士団長を務める伯爵家の長女だった。

 伯爵令嬢と第一王位継承者か――。第三王子のままなら、成人するか結婚した時点で公爵になるのが通例だから釣り合ったんだけどな。

 このころの俺はまだ、すぐに事件の首謀者が捕まって、王子の身分に戻れると思っていた。

 大聖堂の聖歌隊席カントリアは中二階に設置されているから、信徒から聖歌隊員ひとりひとりの顔は見えにくい。貴族の屋敷に派遣されたり王都を練り歩く葬列に加わるような仕事は音楽監督が断ってくれた。そのために俺は病弱な少年ということになっていた。

 夜は大教主様からロムルツィア王国の地理や法律など国王として必要な知識を授けられ、昼は聖職者になった元近衛兵から剣術を学んだ。庶民の子供を演じているのに、彼らがつねにぴったりとくっついているわけにはいかない。自分の身は自分で守らなければ。

 秘密の鍛錬に挑む俺を、元近衛兵たちは口々に褒めてくれた。

「素晴らしい! これほど熱心に稽古する者は騎士団にさえおりませんぞ」

「本当に意志がお強いのですな」

 俺は内心、当たり前だろ、とつぶやいていた。命を落としたら一生リラに会えない。もう一度彼女に会うんだ。彼女と一緒にあのアリアを歌うんだ。

「初恋はリラの花のように
 僕の胸に今も香る
 リラの花が咲くたび思い出す――」

 いつものように口ずさんでいたある日、俺は声に違和感を覚えた。高い音が出ない……!

 十四歳を目前にした夏、俺にも声変わりがやってきた。

 俺を身寄りのないカストラートの少年として大聖堂に隠した父上は、事件解決に何年もかかるとは考えていなかったのだろう。俺が変声期を迎える前に、兄上二人の暗殺を命じた首謀者を捕らえて、王宮に戻すつもりだったのだ。

 音楽監督は二人きりのとき、いつもは温和なまなざしに、真剣な色を宿して忠告した。

「今後もカストラートのふりを続けるなら、今以上に努力せねばなりませんよ」

 そんなことは分かっている。俺はリラと一緒に歌えた声を失うわけにはいかない。

 あの日、春の陽射しの中、二人の声が溶け合った瞬間を忘れられない。オクターブ下じゃダメなんだ!

 もう一度、リラに綺麗な声って言ってもらうんだ。

 花開くような彼女の笑顔をもう一度見たい。俺が歌って彼女を笑顔にしたい――

 扱いにくくなった声を、俺はなんとか技術でカバーしようと必死だった。去年までとはまるで勝手が違う。だけど――

「おお、素晴らしいソプラノを保っておりますな」

 大教主様が小さな目を細めて褒めて下さった。

「彼ほど、ひたむきに学ぶ生徒はいませんよ」

 熱心に俺の声楽指導を続けてくれる音楽監督は、我が事のように胸を張った。

 大教主様は小声で、

「命がかかっておるゆえ」

 と、おっしゃった。命? そういえば俺は身を守るために、カストラートのふりをしているんだっけ。リラが褒めてくれた声を保つことばかり考えていた。

 だがソプラノの声は少しずつ低くなり、音域はコントラルトに留まるようになってきた。それでも俺は話し声にも気を遣い、声楽の鍛錬も欠かさなかった。

 幼いころブロンドに近い栗色だったやわらかい髪はブルネットのしっかりとした髪質になり、身長も見違えるほど伸びた。大聖堂の中庭で剣の稽古を繰り返したため、白皙の肌は健康的な小麦色に変わり、リラと出会ったころの面影は消えていった。

 同時にリラへの想いも少しずつ、初恋の思い出へと変わっていく。

 声変わりを迎えた少年たちが次々と聖歌隊を去っていく中、俺は本物のカストラート歌手たちと共に聖歌隊に残った。

 周囲の俺に対する視線はこのころから明確に、才能ある少年歌手に対するものから、カストラートに対するものへと変化していったように思う。

 その頃になると俺は、彼らが生涯に渡って独り身を貫くさだめを背負っていることに気付いた。

 教会は快楽のために肉体関係を持つことを禁じている。ゆえに子供を作れないカストラートたちが、そうした行為をすることは許されない。

「俺は、彼らとは違う」

 だからといって、リラ・プリマヴェーラ伯爵令嬢と結ばれる未来があり得るのだろうか? 

 十六歳になった俺は、衝撃的な事実を知ることになった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。

銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。 しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。 しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

『壁の花』の地味令嬢、『耳が良すぎる』王子殿下に求婚されています〜《本業》に差し支えるのでご遠慮願えますか?〜

水都 ミナト
恋愛
 マリリン・モントワール伯爵令嬢。  実家が運営するモントワール商会は王国随一の大商会で、優秀な兄が二人に、姉が一人いる末っ子令嬢。  地味な外観でパーティには来るものの、いつも壁側で1人静かに佇んでいる。そのため他の令嬢たちからは『地味な壁の花』と小馬鹿にされているのだが、そんな嘲笑をものととせず彼女が壁の花に甘んじているのには理由があった。 「商売において重要なのは『信頼』と『情報』ですから」 ※設定はゆるめ。そこまで腹立たしいキャラも出てきませんのでお気軽にお楽しみください。2万字程の作品です。 ※カクヨム様、なろう様でも公開しています。

地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに

有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。 選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。 地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。 失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。 「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」 彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。 そして、私は彼の正妃として王都へ……

離宮に隠されるお妃様

agapē【アガペー】
恋愛
私の妃にならないか? 侯爵令嬢であるローゼリアには、婚約者がいた。第一王子のライモンド。ある日、呼び出しを受け向かった先には、女性を膝に乗せ、仲睦まじい様子のライモンドがいた。 「何故呼ばれたか・・・わかるな?」 「何故・・・理由は存じませんが」 「毎日勉強ばかりしているのに頭が悪いのだな」 ローゼリアはライモンドから婚約破棄を言い渡される。 『私の妃にならないか?妻としての役割は求めない。少しばかり政務を手伝ってくれると助かるが、後は離宮でゆっくり過ごしてくれればいい』 愛し愛される関係。そんな幸せは夢物語と諦め、ローゼリアは離宮に隠されるお妃様となった。

処理中です...