婚約破棄された堅物令嬢ですが、鬼の騎士団長の娘として宮廷の陰謀を暴くのに忙しいので、美貌のカストラート(実は王子)に溺愛される暇はありません

綾森れん

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11★アルベルトの婚約者(※アルベルト視点)

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(※アルベルト視点です)



 その日も俺は、元近衛兵たちから剣の稽古をつけてもらっていた。

 体があたたまってきたところで、元近衛兵のファブリツィオは木刀を下ろした。

「このくらいにしておきましょう。近頃、アルカンジェロは筋肉がついてきましたからな。あまりたくましくなられると疑われかねない」

 カストラート歌手は手術の影響により、中性的な外見を保っている者が多かった。髭も生えないし禿げない。筋肉がつきにくい代わりに、太りやすい者もいるようだ。

「背が高い者の多い点はアルカンジェロも高身長で安心なのだが」

 ファブリツィオが付け加えた言葉に、俺は最近聖歌隊に入ってきた小柄なソプラノ歌手を思い出して反論した。

「でもピエーロ・ディ・チョッチョみたいなチビもいるけどね。あいつ、俺より五歳も年上なのに女の子みたいだもん」

「アルカンジェロはあの新人が嫌いなのですか?」

「あっちこっちで女性と浮き名を流しているみたいだから」

 俺の言葉に一番若いダリオがうなずいた。

「大概のカストラートは恋に奔放で、不埒な者たちですからな」

 彼の言う通りで、女性との関係を禁じられた聖職者のような立場でありながら、現世を自由に飛び回っているチョッチョのようなやつが目につく。

 俺は今までそんなやつらを気にすることはなかった。だが、チョッチョは別だ。あいつはプリマヴェーラ伯爵夫人の寵愛を受け、屋敷に出入りしている。リラと話す機会もあるかもしれない。

 リラ―― あの溌剌はつらつとしたちいさな女の子は、どんな少女に成長しているだろう?

「あっちこっちで恋するチョッチョの気が知れないね」

 口を尖らせた俺をダリオがからかう。

「アルカンジェロはまだ恋に興味がありませんか」

「違うもん。俺は心に決めた人がいるんだから」

 俺はつい言い返した。もう五年以上会っていないリラに恋しているとは言い難かったが、初恋すら知らない子供だと思われたくなかった。

 だが、ダリオの反応は意外なものだった。

「あれ? 殿下は婚約者の侯爵令嬢にお会いしましたっけ?」

「しっ」

 年嵩のマッシモさんが慌ててダリオを黙らせた。

「俺に婚約者がいるの?」

 かすれた声で尋ねた言葉に、ダリオが答えることはなかった。

 代わりにマッシモさんが声をひそめた。

「時が来れば、陛下から直接お話があるでしょう」

 考えてみれば、十六歳の王族に婚約者がいない方が不自然だ。周囲に結婚を禁じられた聖職者やカストラートばかりいるせいで、俺は子供のまま夢を見ていた。

 このとき、ようやく気がついた。父上の思惑通り大聖堂に潜伏し続けていても、俺の人生はリラと交差することなど一生ないのだと。せめて成長した彼女を一目見て、初恋に区切りをつけたい。

 名前も身分も奪われた俺にとって、アルベルトとして生きた最後の春に出会った少女だけが、心の支えだったから。



 俺は大聖堂の外に出ることを決意した。十六歳の俺は、十歳のころとは見違えるほど成長した。死んだはずの第三王子とは見抜けまい。

 ちょうどその頃、大聖堂の聖歌隊で第一コントラルトを務めるようになり、エージェントや劇場支配人からオペラ出演を乞われるようになっていた。とはいえ、不特定多数の目に触れる劇場はさすがに危険すぎる。どこに暗殺者が潜んでいるかわからない。

 まずは信頼できそうな貴族のサロンで歌う仕事から始めた。運が良ければ、プリマヴェーラ伯爵夫人に連れられて午後のサロンにやって来る、リラの姿を拝めるかもしれない。

 だが、リラ本人を目にする前に、彼女に関する噂話を聞いてしまった。

「騎士団長の娘さん、もうブライデン公爵家に決まったそうよ」

「プリマヴェーラ家のご令嬢、少し気が強そうだけれど、公爵閣下のところのやんちゃなご令息とうまくやっていけるのかしら?」

 貴婦人たちの終わらないおしゃべりを聞きながら俺は、室内アンサンブルの伴奏で空虚な愛の詩を歌っていた。声が震えないようにするだけで精一杯だった。

 リラも今頃は十三歳か十四歳。年頃の伯爵令嬢なら婚約先が決まるのも当然のことか――

 数日経って失意のどん底から少し浮上すると、疑問が湧いてきた。

 十年前の暗殺事件を突き止める立場である騎士団長の娘が、事件の首謀者と疑われるブライデン公爵の息子グイードを愛しているのだろうか?

 従弟であるグイードとは、王子として暮らしていた頃に会っていたが、あまりよく覚えていなかった。

 王弟であるブライデン公爵が怪しいなどと噂しているのは城下の庶民だけで、プリマヴェーラ騎士団長は別の考えを持っているのだろうか。

 俺はこのまま、初恋の少女がむざむざほかの男に奪われるのを、不能者の仮面をかぶったまま眺めていなけりゃならないのか?

 貴族のサロンで歌ううちに、彼らの閉じた世界は俺を拒絶していると感じるようになった。カストラートのふりを続ける俺にとって、リラは手の届かないお嬢様だ。それでも貴族たちの噂話で、鬼の騎士団長の娘らしく気が強いと言われる彼女に興味が募った。

 ――これは恋なんかじゃない。俺も彼女も婚約者がいる身なのだから。

 自分に言い聞かせていた十八歳の誕生日、俺は突然、父上から呼び出された。
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