33 / 36
33.ノワールの女
しおりを挟む彼女を見て、男は剣を納める。そしてメイヴィスの視線が下を向いている間に部屋から出て、彼女と会話を始めた。
「……」
幸い傷は浅い。そのうち閉じるだろう。パタリとベッドに倒れ、メイヴィスは目を閉じた。
すると、誰かにそっと頬に触れられて、弾かれたように飛び退く。
「うあっ」
ベッドから落ちて、醜態を晒した。足音が全く聞こえなかった。
「あ、あの……驚かせてごめんなさい」
ベッドの反対側で申し訳なさそうにしていたのは、あの少女だった。プラチナブロンドの髪を二つに結い上げて、それが揺れている。男はいない。立ち去ったようだ。
「手当をしようと思って」
片腕には包帯と消毒液、タオル等が収まっていた。状況を理解するのに少しかかったが、ベッドに上がって首を差し出す。
少女はメイヴィスの首元を優しく拭い、「消毒しますね」と脱脂綿に液を含ませ、トントンと傷口に当てた。そしてシュルシュルと包帯を巻いていく。
「この痣は、どうされたのですか?」
首の後ろを見て、少女が尋ねてきた。
「……物心ついた時には、既にありました。ただの痣です、痛くはありません」
「そうですか。失礼しました」
メイヴィスの首にある痣。これが、ハイネックの服を着ていた理由である。色が濃く、白い髪にはあまりにも目立ちすぎる。醜いので服で隠していたのだ。
「苦しくありませんか?」
「平気です。お上手ですね」
「ありがとうございます。早速で申し訳ありませんが、部屋を移動するのでついてきていただけますか」
少女に誘導されるまま、メイヴィスは部屋の外に出る。扉は壁の一部と同化しており、一人では見つけられなかっただろう。
「ロージー、あとは頼むわ」
燃えるような赤い髪をした女性がスッと現れ、少女に頭を下げる。
「ご案内します」
少女が姿を消し、メイヴィスは女性の後をついていく。
「お名前をお伺いしても?」
振り返ることなく女性が尋ねてきた。何を言ってもあの男に筒抜けなのだろうが、隠していても仕方ない。
「……メイヴィス・ラングラーと申します」
「ああ、ラングラー侯爵家のお嬢様ですね」
「えっ」
ノワールにもメイヴィスの悪評が広まっているのかと身構えたが、女性はそこでメイヴィスを振り返った。
「私はオルティエの人間でしたが、訳あってノワールに越してきたのです。なのでラングラー侯爵家を存じ上げているのですよ」
思わぬ言葉にメイヴィスは固まった。まさかオルティエの人間が隣国にいようとは。
オルティエとノワールの仲はあまり良好とは言えず、そのような国に引っ越すのは貴族であってもほぼ不可能なことであった。
「私の話はまたにいたしましょう。それより、状況を把握しなければなりません」
「……私は、処刑されるのでしょうか」
ぽつりと呟くと、女性は
「それはヴィオラ様がお許しになりません。大丈夫ですよ」
と微笑んだ。
「先ほどの?」
「もうお察しかもしれませんが、先ほどの男性はノワールのヴィンセント国王陛下です。そして私に侯爵令嬢様を託されたのが、妹君のヴィオラ殿下です」
随分と若い王様だ。同じくらいに見えるサイラスは王太子であるのに。
過剰に威圧的な口調だったのは、舐められないためだろうか。
「ノワールは貴重な鉱石が出る鉱山を持っています。しかしオルティエの辺境伯でしょうか、その方が鉱山のあるノワールの土地を乗っ取ったのです。しかし、オルティエに抗議をしても動きが見られず、国王陛下はお怒りになりました。そこで、王太子妃であるオルセン公爵令嬢様を人質として攫うことにしたのです」
そして彼らは人違いをし、メイヴィスを誘拐した。
「ノワールにとって、命と同じほどの価値がその鉱山にあるのですね」
残念ながら、メイヴィスの命とは等価ではないのだが。
「信じてはいただけないでしょうが、侯爵令嬢様のお命を奪うつもりはありません。ただ鉱山を返してほしいだけなのです。あれはノワールにとって生命線ですから」
「……しかし、オルティエが応じなければノワールはどうなさるおつもりなのでしょうか」
「応じなければ……陛下は、戦争も辞さないお考えです」
「……」
メイヴィスの命を奪えば、ノワールの王は多少は気が晴れるのかもしれない。だがそれは根本的な解決にはならず、最終的には戦争へともつれ込むのだろう。
(もし、連れ去られたのがクリスタ様であれば)
オルティエもといサイラスは彼女を取り返すため、鉱山を返却するよう辺境伯に命じただろう。それが叶えば、戦争も避けられた。
だが現実はこれだ。誰も救われない。
(私は首を切られておしまい)
どちらにせよ戦争が避けられないのであれば、いっそのこと命を奪われた方がマシな気がした。死んだ後の国のことなど、どうでもいい。
ヴィオラはメイヴィスを守ろうとしているらしいが、それには及ばないと伝えた方がいいのかもしれない。
「こちらのお部屋で過ごしていただきます」
ロージーが案内したのは、王宮らしい城の最奥だった。誰も使っていなかった部屋を整えたらしく、人が使っていた痕跡はない。クリスタをもてなすつもりで用意していたのだろう。
「……あの。私が着ていた服はどこにあるのでしょうか」
メイヴィスはかけられているドレスを見て尋ねた。クリスタに用意していたのだろうドレスはやはり露出が気になる。首も背中も腕も。
「血で汚れていらっしゃったので洗濯をしております。少し時間がかかっていまして」
「そういえば、私は怪我をしていたはずですが……」
「もう痛みませんか?」
「はい」
「でしたら、治療の甲斐がありました」
ロージーの言葉から察するに、メイヴィスの落馬の傷は完治しているらしい。
「そういうわけですので、しばらくはあちらの服をお召しになってください」
「……でしたら、何か羽織るものをいただけますか。あまり肌を晒したくないのです」
「この国は温暖ですので、あまり着込むと体に良くありませんが……ご希望でしたらご用意いたします」
「ありがとうございます」
「食欲はいかがですか。何かお持ちします」
「……いえ。結構です」
「でしたら軽いものをお持ちしますね」
一瞬コミュニケーションができていなかった気がするが、メイヴィスは反応しなかった。
何も考えたくなかった。
「そういえば、裸足で歩かせてしまって申し訳ありません。靴もお持ちしますね」
(靴……)
裸足のまま森を歩き回り、裸足のまま気を失って、メイヴィスは靴もなく隣国へやって来た。
靴は必要だが、ずっとそばにいたシャロン以外の人間が、メイヴィスの事情など知るわけもなく。
メイヴィスの足を測り、女性が持ってきた靴は、予想通り踵の高い靴だった。当然だが、しっかりした作りだ。メイヴィスが履いていた古い靴よりもずっと綺麗で、高級感がある。
だがメイヴィスはすでにケープの要求をしたのだからこれ以上は何も言えない。
メイヴィスはその靴を履かず、裸足で過ごすことを決めた。この靴は、自分ではない誰かの元へ行った方がいい気がした。
14
あなたにおすすめの小説
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
八年間の恋を捨てて結婚します
abang
恋愛
八年間愛した婚約者との婚約解消の書類を紛れ込ませた。
無関心な彼はサインしたことにも気づかなかった。
そして、アルベルトはずっと婚約者だった筈のルージュの婚約パーティーの記事で気付く。
彼女がアルベルトの元を去ったことをーー。
八年もの間ずっと自分だけを盲目的に愛していたはずのルージュ。
なのに彼女はもうすぐ別の男と婚約する。
正式な結婚の日取りまで記された記事にアルベルトは憤る。
「今度はそうやって気を引くつもりか!?」
異世界で目覚めたら、もふもふ騎士団に保護されてました ~ちびっ子だけど、獣人たちの平穏のためお世話係がんばります!!~
ありぽん
ファンタジー
神のミスで命を落とした芽依は、お詫びとして大好きな異世界へ転生させてもらえることに。だが転生の際、またしても神のミスで、森の奥地に幼女の姿で送られてしまい。転生の反動で眠っていた瞳は、気づかないうちに魔獣たちに囲まれてしまう。
しかしそんな危機的状況の中、森を巡回していた、獣人だけで構成された獣騎士団が駆け付けてくれ、芽依はどうにかこの窮地を切り抜けることができたのだった。
やがて目を覚ました芽依は、初めは混乱したものの、すぐに現状を受け入れ。またその後、同じ種族の人間側で保護する案も出たが、ある事情により、芽依はそのまま獣騎士団の宿舎で暮らすことに。
そこで芽依は、助けてくれた獣騎士たちに恩を返すため、そして日々厳しい任務に向かう獣人たちが少しでも平穏に過ごせるようにと、お世話係を買って出る。
そんな芽依に、当初は不安だった獣人たちだったが、元気で明るい瞳の存在は、次第に獣人たちの力となっていくのだった。
これはちびっ子転生者の芽依が、獣人や魔獣たちのために奮闘し、癒しとなっていく。そんな、ほっこりまったり? な物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる