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4. 本当の孤独
しおりを挟む18時になり、メイヴィスはシャロンと共に食堂へ向かう。クリスタとルーナは既に席に着いており、サイラスはまだ来ていなかった。国王と王妃は干渉しないという言葉を守り、出席しないようだ。
「あと少しで王太子殿下が到着いたします」
後から入ってきた使用人が報告し、メイヴィスは席に着く。
まもなくサイラスが入室し、全員立ち上がった。
「食べよう」
とは言うものの、話すことは何もない。ただ無言で食事が進む。クリスタはサイラスに視線を送っているが、不機嫌なのかサイラスは無視だ。
(う……もうキツい)
メイヴィスはメイン前に手が止まる。咀嚼はしていても飲み込めない。
引きこもり気味のメイヴィスは普段からあまり食事を取らない。一日一食、水を少しというのがほとんどだ。なぜなら腹が空かないから。
「ラングラー侯爵令嬢様? 顔色が悪いようですが、体調が良くないのでしょうか?」
いち早くメイヴィスの異変に気付いたのは、正面に座っていたクリスタだった。
「申し訳ありません。私には少々量が多かったようで」
カトラリーを置き、水を煽る。
「では、もう部屋に戻って休め」
斜めから飛ぶサイラスの口調は冷たい。
「はい殿下」
逃げるように食堂を出て、メイヴィスは無意識に小部屋に戻る。
「メイヴィス様、消化促進の薬を調合してまいりました。これを飲んでからお休みください」
ドレスを脱ぎ捨てベッドに転び、楽な姿勢になると、シャロンが薬で満たされた小瓶を数個持ってきた。
「ありがとう」
くいっと一つを煽り、苦味に顔を歪める。
「では、おやすみなさいませ」
「ええ、おやすみ」
シャロンが灯りを消して部屋から退出する。
小部屋はすぐに月の光で満たされた。
♢♢♢♢♢
メイヴィスの城の扉が乱暴に開けられたのは、それから少し後のことだった。
ベッドに沈んでいた体が無理やり起こされ、微睡んでいた心地よさが吹っ飛ぶ。
「……でん、か?」
寝ぼけた眼で自分の体を起こした人物を見上げる。相変わらず冷ややかな目をした男がメイヴィスを見下ろしていた。
「体の調子は?」
「……? 平気です」
「先ほど、お前の侍女を殺人未遂の罪で捕まえた。毒を使って王太子妃候補の殺害を企てた咎だ」
サイラスの言葉に寝ぼけ眼が覚醒し、メイヴィスはサイラスと距離をとる。
「毒? どういうことですか、殿下」
掛布が体から落ち、下着姿が晒されるがメイヴィスはそれどころではない。
「お前の侍女は様々な薬草を持ち込み、栽培していた。その中に毒草が混じっていたため、現在調査中だ」
「そんな」
侍女のシャロンは医学にも精通しており、幼い頃からメイヴィスに合った薬を調合してくれていた。今まではメイヴィスとシャロンが何をしようと誰も構わなかったが、王宮ではそうはいかない。それを完全に失念していた。毒を持ち込む人間を疑うのは当然だというのに。
「念の為、全員の無事を確認している」
「……侍女の不始末は私の不始末。どうか、侍女ではなく私を捕らえてください」
サイラスの様子だと、特に何かが起きたわけではないようだ。ただ毒を所持している危険人物の排除に動いているだけらしい。であれば、報いの受けるのは一人だ。
「それはできない。お前の侍女がお前に命令されてやったと証言しない限りはな」
「……」
シャロンは、何も言わないだろう。メイヴィスに命令されたと言ったところで、刑を免れることはないからだ。
「何か言いたいことは?」
サイラスに尋ねられ、メイヴィスはシャロンが置いていった小瓶を取り出す。
「眠る前、シャロンが私に調合した薬です。中はただの消化促進剤ですが……服用してもなんともありませんでした」
何が使われているかなど、メイヴィスは知らない。サイラスはその小瓶を受け取り、懐にしまう。
「なるほど。これを調べてみよう」
「……」
毒は薬にもなると聞いたことがある。
(シャロンは薬を作るために毒草を使っただけ。そうに決まってる)
シャロンはメイヴィスが王太子妃の椅子に興味がないことを知っている。早くここを出たがっていることも、知っている。仮に他の妃候補を毒殺したところで、メイヴィスは王太子妃になるつもりはない。
(出世したくて私を王太子妃にしたがっている? いいえありえない)
出世を望む人間がメイヴィスのそばにいるわけがない。さっさと辞めて違う屋敷に雇用されているだろう。
「お前の連れていた侍女に代わって、この者を置いていく。何か体調に異変があれば報告しろ」
ひょこっと扉の奥から出てきたのはシャロンと比べてまだ年若い、小柄な侍女だった。
「初めまして、ラングラー侯爵令嬢様。カレンと申します」
にこにこと愛想は良い。
「では私はこれで失礼する」
サイラスが立ち去り、メイヴィスはカレンと残される。
「侯爵令嬢様。ご気分がすぐれないと聞きましたが、今はどうですか」
サイラスがいなくなり、てっきり態度が変わると思いきや、カレンはメイヴィスに手を差し出した。
「……」
しかし、腹の底は読めない。メイヴィスが警戒して黙り込んでいても、カレンは気にしていないようだった。
「もしかして、シャロン様が心配ですか? 大丈夫ですよ、殿下は」
「あなたは誰の味方なの?」
カレンの言葉を遮るように質問をする。これを聞けば、多少は狼狽えると思ったから。
「……あら。私は王宮勤めの侍女ですよ。なので強いて言うなら、王太子殿下の味方です」
カレンの顔色は変わらない。掛布を手にしたと思えば、そっとメイヴィスに被せた。
「でも、今は侯爵令嬢様の味方です」
人は嘘をつく。この場面で、「私はオルセン公爵家と繋がりがあります」「パリッシュ伯爵家のスパイです」などと白状する人間はまずいないだろう。今すぐメイヴィスの息の根を止めるというなら話は別だが。
「明日からは王太子妃を目指して勉強が始まります。初日は座学、その次の日はダンスです。頑張りましょうね」
「……」
何の実りもない、無駄な時間。ゆえに、スケジュールは緩い。
(オルセン公爵令嬢は大変だろうけど)
「何か必要なものがあればご用意いたしますよ」
「いいえ、もう寝るわ」
拒むように背を向け、掛布を被って横になると、カレンは「かしこまりました。おやすみなさいませ」と退室していく。
(……落ち着かない)
カレンを信用できない。先ほど出会ったばかりの人間を、周囲から軽蔑され続けてきたメイヴィスがどうして信じられようか。
寝てる間に何かされるのではないか、そんな不安に潰されそうで、メイヴィスは朝まで眠れなかった。
そうして、改めて王宮という場所が心底嫌いになった。
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