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5. 王宮騎士
しおりを挟む座学、ダンス、刺繍、歌唱、絵画、王族のマナー、その他諸々。メイヴィスはある程度取り組んだが、何一つとして合格点には至らなかった。元々やる気がないこと、そして忘れっぽいことも相まって何も成長できないのである。
「……やっぱり、向いてないわ」
半分も取れていない座学の点数を見て、メイヴィスはため息をつく。その紙を握る手には怪我の跡が見え、痛々しい。
「少しずつ頑張っていきましょう」
と何人もの講師に言われた。カレンにも言われた。だが、もう頑張るつもりはない。やることはやった。
(覚えていられない、ってのが難点かな)
何かを習得する際に必須なのが記憶力だ。反復すれば身につくはずなのに、メイヴィスにはそれができない。メモを取っては本番で内容を忘れ、ダンスでは足を踏んだり踏まれたり、刺繍では針を何本も指に刺し。歌と絵は完全にセンスの問題で、こちらにも恵まれなかった。
(でもこれ以上、できない)
メイヴィスの無能っぷりは講師を通してサイラス、そして王や王妃にも伝わっているだろう。期待外れ、というわけでもなく、ある意味期待通りというわけだ。
(シャロン……無事かしら)
あれからしばらく経ったが、何の音沙汰もない。会いに行くことはもちろん許されず、シャロンが今どんな状況にいるのかも、メイヴィスにはわからない。
サイラスを訪ねてみても、部下を通して「その件に関して、お前は大人しくしていろ」の一点張り。騒ぎを嫌う彼らしい言葉だった。
(シャロンだけは守りたかったのに、あまりにも無力すぎる)
無論、シャロンを見捨てるつもりはない。彼女がどんな罰を受けても、どのみち周囲が主人であるメイヴィスを許さないだろう。
(私はどんな罰でも受ける。でもシャロンだけは、追放程度で許して欲しい)
毒の持ち込みは決して許されない。極刑でも文句は言えない。メイヴィスが処されるなら、シャロンも避けられないだろう。
(私が命令したと嘘の自白をすれば、シャロンは助かる? それでも可能性はゼロにはならないけど、シャロンを助けられる可能性は上がる?)
サイラスはメイヴィスに会おうともしない。だが、興味のない女を消す口実に、なれるのではないだろうか。
「殿下なら、あっさり私を殺してくれる気がする」
よく考えたら、愛するクリスタに害が及ぶ可能性をサイラスが放っておくとは思えない。
「侯爵令嬢様、何かおっしゃいました?」
「……カレン」
カレンはサイラスが連れてきた侍女だ。誰の味方かと尋ねた時に、サイラスの味方だと断言した。今はメイヴィスの味方だと後に言ったが、信用できるわけがない。
「毒殺騒ぎがあったでしょう。あれでシャロンが捕まった」
「左様ですね。でも」
「あれ、私がやらせたの」
淡々と語ると、カレンの表情が曇る。
「侯爵令嬢様。シャロン様をお助けしたい気持ちは理解できます。しかし、王太子殿下はお二人の無罪を信じておられます。今はその証拠集めをしているので、まだシャロン様を解放できないのです。どうか朗報をお待ちください」
カレンはメイヴィスの自白が嘘だと確信を持っているようだった。
(無罪を信じている? そんなわけないでしょう)
侯爵家から押し付けられた、訳あり令嬢。サイラスにとって、煩わしくて仕方ないはずだ。
その機会があれば、彼なら喜んで無罪でも有罪にしてしまう、そんな気がしていた。
「あなた、そんなこと言ってもしシャロンがいなくなったら責任取れるの?」
あまりにもカレンが自信満々に言い切るので、意地悪なことを聞く。
「大丈夫です! 絶対最悪なことにはなりません! 私は王太子殿下を信じています」
「……もういいわ」
カレンと話しても意味がない。請け負う気がないのだから。カレンを通じてサイラスに話が行けばいいと思ったのだが。
「では、本日の予定は以上です。食事をお持ちいたしますね」
「……要らないわ」
日も暮れ、カレンが切り出す。断ると、カレンはため息をついた。
「そう言ってここ最近、ずっとまともな食事をとっていないではありませんか! 流石に医者を呼びますよ」
「そんなこと言ったって……お腹空かないのよ」
「それがおかしいんですってば! すぐにでも医者に来てもらいます!」
カレンは口うるさくてかなわない。メイヴィスが倒れたって気にするものは誰もいないのに。
「……わかったわ、スープをいただく。それでいい?」
もしかすると、カレンはメイヴィスに倒れられては困るのかもしれない。監視という意味で。
「すぐにお持ちします!」
カレンが侍女になってから、メイヴィスは元の部屋に戻された。食事をするのにあの部屋は向いていなかったからだ。
そこでメイヴィスは思い出したことがある。サイラスは、何かあればメイヴィスの侍女を増やすと言った。しかし連れてきたのはカレン一人だけ。まさか忘れているわけではないのだろうが、自らが言ったことを反故にするのは少々意外であった。
「でも私に仕えたい、なんて侍女はいないでしょうしね」
冷酷無慈悲な王太子だが、貴族以外の声を聞く姿勢は素晴らしいという。侍女たちが嫌がれば、無理強いはしないのだろう。
「……逃げるか」
決して厳しいわけではないカレンだが、気詰まりするのは事実だ。
メイヴィスは、結局行けていない書庫へ向かおうと、部屋から出た。
♢♢♢♢♢
侍女も連れず、一人で王宮内を歩き回るメイヴィスを見て、すれ違う使用人たちはひそひそと囁き合っている。メイヴィスが視線を向ければそそくさと逃げていくが、やはり歓迎されていない。初日の時点で気付いてはいたが、ここまでとは思っていなかった。
(『許嫁がいると知っていながら、分不相応にも王太子妃の座を狙っている。無能の分際で。姉の代わりになんて、なれるはずがないのに』と、聞こえたのこんなところかしら)
マリアの代わりになれやしないことなんて、メイヴィスが一番わかっている。分不相応なのもわかっている。しかし周囲はメイヴィスの気持ちなど推し量りはしない。
(まだ3年も……気が遠くなる)
記憶を辿りながら例の小部屋近くにあるはずの書庫を探していたが、迷ってしまった。ひと気もなくなり、部屋に戻る道もわからない。
「……自分の記憶力を過信してた」
これがメイヴィスが無能と言われる理由である。
広い廊下に一人立ち尽くす。日が沈み、ランプの一つも持たないメイヴィスは動けない。
(なんで灯りがついていないの? 誰も使ってないから?)
その時、背後から腕を掴まれた。
「っ!?」
その手が存外大きく、力が強かったのでメイヴィスは恐怖に襲われた。普段メイヴィスの周囲にいるのは侍女ばかりで、みな細く繊細な手をしている。しかし、今腕を掴んでいる手はどうしたって女のものではない。
「どうされましたか」
ランプが掲げられ、相手の顔が見える。見覚えのない顔だが、まだ若そうだ。マントを羽織り、剣を携えている。
「……っ」
思わず後退りする。そんなメイヴィスの警戒した様子に、男は慌てて手を離した。
「あっ、申し訳ありません! 迷っていらしたようなので」
「……」
「私は王宮の騎士です。何かお困りでしたら、何なりとお申し付けください」
一歩下がり膝をついて言われると、メイヴィスも少しずつ冷静さを取り戻していった。確かに、上着の胸元に国家の紋様が刺繍されている。
「えっと……書庫に、行きたくて」
「書庫ですか。かしこまりました、ご案内しますね」
こんな時間に書庫に行くなど、疑問を持ってもおかしくないのだが、騎士は何も問うことなくメイヴィスを連れていった。
「こちらです」
丁寧に、扉まで開けてくれる。
「では、私はこれで失礼致します。よかったらこちらをお持ちください」
騎士はメイヴィスに自分のランプを渡した。
「えっ、でもこれがないと困りませんか……?」
メイヴィスが尋ねると、騎士は微笑んで首を振った。
「いいえ、道はわかりますから。それに、私より令嬢の方がきっと必要だと思います」
「……」
王宮に出入りする騎士ならば、確かにまだ王宮に来てから日の浅いメイヴィスより構造に詳しいだろう。何も言えない。
「それでは、令嬢。良い本と巡り会えますように」
騎士はマントを翻し、去っていった。
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