無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)

文字の大きさ
20 / 36

20. 秘匿

しおりを挟む






















「あ、いた。入ってもいいか?」

向こうから現れたのは、昨夜の青年ゼノだった。部屋の主でもないメイヴィスが断れるはずもなく、頷く。タオルの合わせだけはしっかり握って、何も見えないように。

「すまなかったな、食事も出さないで」
「……いえ」

ラグに座るメイヴィスに合わせて、ゼノも床に座る。

「ゾーイも……普段はあんなに他人の世話は焼かないんだが……」

ゼノは妹の話になると途端に口が重くなる。

「鬱陶しかったら言ってくれ。言い聞かせるから」
「いえ……あんなに歓迎してくれるなんて。仲間意識からかしら」
「それもあるだろうが……まあ、王宮で会ったらよろしくな」
「はい」

ゼノはそれだけ言い置いてすぐに退室していく。そしてメイヴィスがパンも完食した頃、ゾーイが戻って来た。

「もういつでも入れるわ。冷めないうちに早く早く」

やはり強引に、風呂場へ連れて行かれる。

「わ、良い香り」

風呂場は花の匂いで満たされており、思わず呟いてしまう。

「良いでしょう? 私も気に入ってるの」

緩慢な手付きのメイヴィスの脱衣を手伝いながら、ゾーイは自慢げだ。

「あっ」

するりと服を脱いで裸になったメイヴィスを見て、ゾーイの動きが固まる。

「どうかしたの?」
「えっと……背中の傷、あんまり見られたくなかったかなって」

背中の傷、というのは少し前に負った怪我の傷跡のことだ。痛みはないが、跡は残ってしまったらしい。別に誰に見せる予定もないので、メイヴィスは特に気にしていなかった。
それどころか、急にしおらしくなったゾーイを面白いとすら思っている。

「いいえ。でも、あまり詳細を聞かないでくれると助かるわ。ただの事故だから」
「だとしても、女の子の体にこんな傷……可哀想だわ。痛かったでしょう」

そっと抱きしめてくれるその暖かさは、メイヴィスにとって少しくすぐったかった。

「ありがとう、ゾーイ」

ゾーイは困ったように微笑み、「掛け湯をしてから入ってね」と桶を渡した。

「気持ちいい……」

じんわりと広がる温もりに、メイヴィスは癒される。王宮では湯船に浸かることはほぼなく、カレンは外で待機をしていたのでメイヴィスは一人で手早く風呂を済ませていた。

「頭も洗ってあげる」

背後からゾーイが髪に触れる。

「でも」と遠慮するが、「いいから」とゾーイは髪を櫛でとき始めた。

「女の子で髪が短いのって珍しいね。それに綺麗な色。白? 銀?」
「あんまり伸ばすのに向いてる髪質じゃなくて……色は多分、白じゃないかな」

だんだん頭で泡が出来上がっていき、耳元でシュワシュワと音が弾ける。
すると、ゾーイの動きがぴたりと止まった。

「ん……? 首に模様みたいな痣があるね。髪と服で隠れてたけど」
「ああ、それは……気づいたらあったの。見苦しいから普段は隠してて」
「そっかあ」

再びわしゃわしゃと頭皮を掻かれる。

「ねえ、メイは人探しのためにここに来たって聞いたけど。誰を探しているのか聞いてもいい? もしかしたら知ってるかも」
「えっ……と」

メイヴィスは少し悩んだ。オリビアについて、確かにゾーイは知っているかもしれない。ただ、話してしまうと何も関係ない彼女を巻き込んでしまうのではないかと不安がよぎったのだ。

「ん?」

話さない方が怪しまれるかもしれない。そう考えたメイヴィスは、話すことにした。

「オリビアっていう女の子」

そこまで期待していなかったが、ゾーイはオリビアという名前を聞いて手を止める。

「オリビアなら、知ってる」
「え?」

ゾーイの声が一瞬沈んだような気がした。

「でもどうしてオリビアを?」
「……人を介して物を貸したの。返して欲しくて」

次の瞬間、ゾーイの声のトーンが戻ったため、メイヴィスはそれ以上は追及できなかった。

「ふぅん、それは困るね。流すよ」

泡が流され、肌を滑り落ちていく。「香油も塗ったげる」と懇切丁寧にされた。

(やっぱりバレてるんじゃ……?)

何か不自然なことを言って勘付いてしまったのかもしれない。ただ、指摘しないのであればわざわざこちらから話を振ることもないだろう。

「メイはどこの出身なの? ここじゃなさそうだけど」

思わず唾を飲み込む。この国の村や領地の名前など、覚えていない。

「ずっと田舎よ」

誤魔化して答えるが、ゾーイは掘り下げる。

「それじゃ、なかなか実家に帰れなさそうだね。手紙とか送ってる?」
「……まあ、たまにね」
「侍女のほとんどは城下かその周辺の領地出身だって聞いたけど、田舎出身の子も採用してるのね。初めて聞いたわ」
「……」

(ちょっと失敗したかな)

ラングラー侯爵家の領地出身だと言ってもよかったのだが、あまり話したくなかった。

「ね、メイはどこの所属なの? 誰と一緒?」

王宮内の侍女はある程度の人数で班を作り、各々所属がある。そこまではメイヴィスも知っていたが、さて何と答えたものか。

(ゾーイはどこって言ってたかしら……覚えてないわ)

「それが、決まってなくて。その日その日で違った場所に配属されるの」

誰かに確認すればすぐに嘘だと露呈してしまうが、下手にカレンの名前も出せず、適当な名前も博打だ。しかしそれ以外の最適解をこの数秒で出すことは、メイヴィスには不可能であった。

「遊撃班かな? そんなのもあるのね」

まだ侍女となって日が浅いのか、納得してくれたらしい。安心したのも束の間、すぐに爆弾が落とされた。

「ね、ラングラー侯爵令嬢様の居住には行ったことある?」
「えっ?」

つい聞き返してしまうと、ゾーイは苦笑する。

「ラングラー侯爵令嬢様だよ。知ってるでしょう?」
「え、ああ……どうだったかな……」

王太子妃候補であるメイヴィス、クリスタ、ルーナにはそれぞれ居住スペースが与えられている。プライバシーを守るだけでなく、余計な争いごとを避ける目的もある。サイラスの居住から最も近い位置にはクリスタ、その次にルーナ。最も遠く、薄暗く、人もほとんど通らない寂れたスペースがメイヴィスだ。
メイヴィスの居住スペースは、最初こそ侍女たちがよく通ったが、今となっては誰もいない。

「仲間の誰に聞いてもお見かけしたことがないって言うから、あそこは誰も配置されてないんだろうね」
「……」

ゾーイに背を向けていてよかった、とメイヴィスは思った。動揺しているのを悟られたくない。

「上級侍女様たちは何も教えてくれないけれど、どうやら王太子殿下が一部を除いて侍女の立ち入りを禁じているんだとか」
「えっ?」

侍女を見かけないのはメイヴィスが避けているからだとばかり思っていたが、どうやらそれだけではないらしい。

「噂じゃ、こっそり立ち入った侍女たちが殿下に見つかってクビになったって」
「……噂よね?」
「でも何人かいつのまにかいなくなっててさ。本当なのかも」
「まさか……そんなわけ……」

それだけを聞くと、まるでサイラスがメイヴィスを人目に晒すことを避けているように聞こえる。だが、侍女の配置を断ったのはメイヴィス自身だ。サイラスはそれに従っただけにすぎないのだろう。

「護衛も最低限しかいないはずよ。不思議よね。ラングラー侯爵令嬢様に興味がないのかお守りしたいのか、よくわからない」

真実を話すわけにもいかず、メイヴィスは適当にでっち上げた。

「きっと経費削減よ。侯爵令嬢様はほとんど外出されないというし、そんな方に侍女や護衛をたくさんつけても無駄でしょう?」
「メイは、ラングラー侯爵令嬢様をあまり良く思っていないのね」
「それは……」

(他の誰でもない自分のことだし)

返す言葉もなく黙り込むと、ゾーイが立ち上がる気配がする。

「じゃ、私は先に出てるね。ゆっくりしてて」

止める間もなく、メイヴィスは風呂場に1人残された。





















しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...