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21. 手がかり
しおりを挟むゾーイが立ち去り、とたんに静かになる。
ちゃぷちゃぷとお湯の音だけが風呂場に響いた。
(本当はもう少しこの街に滞在して、オリビアを探したかったのだけれど……)
コーディの栄養剤は無くなってしまい、ここでひと月寝込むのは流石に避けたい。
(帰るしか、ないわね)
とっくに昼は過ぎ、夕方まではあまり時間はない。そう思ったメイヴィスは、間も無く風呂から出た。
♢♢♢
脱衣所には、ゾーイのものであろう侍女服と、もう一つ新品同様のドレスが置かれていた。当然、メイヴィスのものではない。
『母さんにねだって買ってもらった一張羅なんだけど、いつのまにか着られなくなってたからあげるね』
小さなメモが添えられており、メイヴィスはとりあえず着てみた。袖や裾など、所々布は余るが見苦しいほどでもない。
着られなくなったとはいえ、一張羅を受け取っていいのだろうかとメイヴィスは暫し悩んだ。しかし、ちょうど着るものに困っていたメイヴィスは有り難く頂戴することにした。
「あっ」
ゾーイのメモが服を動かした拍子にひらりと落ちる。慌てて拾うと、裏面にも何かが書いてあるのが見えた。
「えっ……」
『レジーナの森』
何のことだかメイヴィスにはよくわからなかった。筆跡はゾーイのもののように見えたが、彼女であるならなぜ何も言わずメモに書いたのか。
「……何か、事情があるのね」
ならば何も尋ねまい、とメイヴィスはそのメモをポケットにしまう。侍女服に袖を通し、挨拶もせずに宿を飛び出した。
♢♢♢
「あの、お尋ねしても?」
街は静かとはいえ、人が全くいないわけではない。メイヴィスはすれ違ったご婦人を呼び止めた。
「何だい」
婦人は面倒そうな顔をしながらも反応してくれた。
「レジーナの森について教えて欲しいんです」
名を言うと、婦人は顔を顰めた。
「レジーナの森を知らないのかい? 田舎娘なんだねえ」
その言葉に苦笑しながら、メイヴィスは続きを待つ。
「レジーナの森っていうのはオルティエ王国初代女王陛下の墓所がある森さ。この街の外にあって、王族しか立ち入ることが許されていない。それがどうかしたのかい」
メイヴィスは思わず首を捻った。ゾーイはなぜそのようなところをメイヴィスに教えたのだろう。
「行方不明になった知り合いの、手がかりでして」
適当に返答をでっち上げると、婦人はため息をついた。
「レジーナの森がかい? あそこに一般人が侵入したら即刻処刑だよ。墓荒らしの咎でね。あんたまさか行くんじゃないんだろうね?」
「流石に、行きませんよ……命は惜しいですから」
婦人に答えながら、メイヴィスは考える。
(ゾーイはなんでそんな場所を?)
「ならいいけど」
「はい。ありがとうございました」
頭を下げ、メイヴィスは婦人の前から立ち去る。
(今日は、もう帰ろう)
飛び出してしまった手前、宿には戻れない。それに、そろそろ戻らなければいけない気がした。
王宮行きの馬車を見つけ、メイヴィスはそれに乗り込む。
城に近づくにつれ、また胸の痛みが襲ってきた。だが、部屋にさえ戻ることができればメイヴィスの勝ちだ。少しでも休もうと、メイヴィスは目を閉じた。
♢♢♢
「名前と所属を言いなさい」
馬車を降りると、侍女たちがズラリと並び、持ち物検査やいくつかの質問に応答していた。
(あ……コーディが、出るのは簡単でも入るのは難しいって言ってたっけ)
このままでは捕まってしまう。だが、兵士まで構えているこの状況で逃げることはできないだろう。
(この格好で妃候補だなんて信じられないわよね)
メイヴィスの顔を知っている者は僅かだ。列を外れるわけにもいかず、メイヴィスは諦めた。
「名前と所属は?」
「……」
年配の中級侍女に尋ねられるが、メイヴィスは無言を決める。
「聞いているの?」
目深に被ったフードを引っ張られ、思わず阻止してしまう。
「怪しいわね。衛兵、この娘を牢に」
ガシャ、と鎧の音がしたその時。
「その娘は私が預かります」
奥から別の年配侍女が現れた。服装からして上級侍女であることがすぐにわかる。だが、見覚えはない。
「ジゼル様」
中級侍女がサッと一歩下がり、頭を下げる。
「しかし、この者はどう見ても……」
「私が牢へ連れて行くと言っているのです。文句がおありで?」
ジゼルと呼ばれた上級侍女は、中級侍女をひと睨みして「とんでもございません」と黙らせる。
「こちらへ」
そしてメイヴィスを門まで誘導し、周囲の目がないのを確認すると頭を下げた。
「侯爵令嬢様。お帰りをお待ちしておりました」
なぜかこの上級侍女にはメイヴィスの身元が割れていた。
「あなたは?」
「私はカレンの母、ジゼルと申します」
「カレンの……」
なぜメイヴィスを知っていたのか、ひとつ疑問は解けた。
ジゼルはニコリと微笑むと、「お疲れでしょう」と中に入る。
「何も言わないの? 勝手に城を抜け出したのに」
騒ぎにはなっていないようだが、ここまで冷静だと逆に恐ろしい。まるでメイヴィスが城を出ることを知っていたようではないか。
「娘は、侯爵令嬢様の行方が分からなくなってかなり動揺しておりました。しかし、王太子殿下が『必ず戻ってくるから騒ぎにはせず、門で待つように』と命じられたのです」
「……」
「私どももどこからそのような自信が湧いてくるのか不思議でしたが……侯爵令嬢様が無事に帰ってこられて何よりです」
ジゼルの説明はやはり腑に落ちず、メイヴィスは顔を顰める。だが、考えても答えは出そうになく、思考を手放した。
ジゼルは人通りのない廊下を選んでメイヴィスを部屋まで連れて行く。
「ああ、そういえば。ラングラー侯爵令嬢様宛てに、オルセン公爵令嬢様から生誕祭への招待状が届いておりまして……いかがいたしますか」
胸の痛みは治まるどころか増していく一方だ。ふらつく足元を正しながら、メイヴィスは考える。
「それは、断っても良いの?」
おそらくクリスタの独断だろうとメイヴィスは思う。サイラスに尋ねたにしても、クリスタに甘いあの男であれば二つ返事で了承しただろうが。
「はい、王太子殿下はどちらでも良いと」
「じゃあ……欠席で」
許されるならば永遠に欠席を選ぶ。自分を守るために。
「かしこまりました。そのようにお伝えしておきます」
ジゼルは諌めるでもなく、呆れるでもなく、粛々とメイヴィスの判断に頷いた。
ようやく、部屋まで残りわずか。だというのに、メイヴィスはとうとう立っていることができなくなった。
冷たく固い廊下に無様に伏して、ジゼルの呼び声も聞こえなくなって。
暗闇に堕ちていく。
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