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22. 彷徨いの夢
しおりを挟むメイヴィスは、大衆の視線を浴びていた。
「白い髪に赤い瞳……なんて不吉で不気味なんでしょう」
「ご両親のどちらにも似ていませんわね」
「本当にラングラー侯爵家の令嬢なのか?」
「あれでは王太子殿下が靡かないのも当然だな」
ヒソヒソと、貴族たちの囁く声がメイヴィスの耳に届く。慌ててフードを被ろうと肩口に触れるが、なぜかフードがない。見たことのないドレスに身を包み、メイヴィスは晒されていた。
「っ……」
逃げたい。立ち去りたい。なぜこんなところにいるのか、そんな疑問よりも、一刻も早くこの好奇と軽蔑の視線から逃れたい。だというのに、メイヴィスは震えてしまって動くことも叶わない。いっそ倒れてしまえたらいいのに、なかなか都合良くはいかないものだ。
コツ、と誰かの歩く音が聞こえる。背後からだ。
その誰かは、メイヴィスの姿を隠すように羽織っていたマントを被せる。それを見ていた周囲はざわつき、メイヴィスも混乱した。
なぜなら、それをしたのが王太子であるサイラスであったからだ。
「侯爵令嬢は体調がすぐれぬらしい。本日はこれにて失礼する」
高らかに宣言し、サイラスは動けずにいたメイヴィスの肩を掴んで大衆の視線から引き剥がした。
メイヴィスを幕に隠れた場所まで連れて行くと、サイラスは肩を離す。すぐに戻るかと思いきや、サイラスはじっとメイヴィスを見下ろしていた。
「……?」
なぜ戻らないのかとメイヴィスは疑問に思う。そしてすぐに、マントを返して欲しいのだと察した。
「も……申し訳ありません。お返し、します」
慌ててマントを脱ぎ、サイラスに押し付けて、メイヴィスは立ち去った。
○○○
「聞いた? ラングラー侯爵令嬢様、王太子殿下の生誕パーティーに参加されなかったのに、オルセン公爵令嬢様の生誕パーティーにも参加されないらしいわよ。随分勝手よね」
今度は室内で作業をしている侍女たちの陰口が、廊下を歩いていたメイヴィスの耳に届く。
「確かに、聞いたことないわよね。よほど何かない限り、生誕パーティーに不参加なんて」
「体調不良だそうだけど、それにしたってねえ」
「社交場のマナーを知らないから恥をかきたくないんだわ」
「王太子妃教育も取り組んでいらっしゃらないようだし、何がしたいのかしらね」
(表に出ても出なくても、結局こうやって影で言われる。針の筵だわ)
王太子妃教育に身を入れれば、クリスタを蹴落とそうとしている悪女だと言い出すくせに。
一部では、メイヴィスは王太子妃の座が欲しいためにマリアを殺したのではないかとまで言われているのだ。
何を言っても人間は、自分の都合のいいように解釈して人を陥れる。醜い。醜い。
メイヴィスを悪に仕立て上げ、その物語に酔っているだけなのだ。
「随分と楽しそうだな」
「!?」
またもや背後からサイラスが現れ、メイヴィスを侍女たちの視界に入らぬよう遠ざける。そうしてメイヴィスを隠すようにして前に立った。
「おっ、王太子殿下!」
メイヴィスには何も見えないが、侍女たちは慌ててサイラスに頭を下げる。
「お前たちは手よりも口がよく回る。そんなに暇ならば、仕事を増やしてもらうがいい」
「も……申し訳ありません……」
「妃候補であろうと、度を超えた発言は侮辱罪に当たる。口を慎め」
「はい……殿下」
「次はない」
サイラスはメイヴィスには目もくれず、そのまま立ち去っていった。
(何を、考えているの?)
サイラスはメイヴィスには興味がない。陰口を叩かれているのがクリスタやルーナであったなら、今の行為も納得がいく。だが、メイヴィスが何を言われようと無関心だと思っていたサイラスが、紛れもなくメイヴィスのために侍女たちを嗜めた。その事実が理解できず、しばらく立ち尽くしていると、メイヴィスはあることに気がつく。
(……ああ。これは、夢なんだ)
○○○
「メイヴィス」
今度はラングラー侯爵家、所謂実家にいた。振り返ればそこには、記憶のままのマリアがいて。美しい金色の髪と、エメラルドを彷彿とさせる美しい瞳が、どちらも持たないメイヴィスとの繋がりを否定しているようだ。
「……マリア」
柔らかく微笑むその慈悲深い顔が、羨ましくて。
「どうして、私じゃなくてあなたが死んでしまったの」
メイヴィスには、そのマリアの笑顔が憎らしかった。
「あなたが生きていれば、みんな幸せになれたのに」
サイラスも、マリア自身も、国さえも。
マリアなら、メイヴィスよりもずっと上手く、幸せに生きられただろう。
「……ごめんなさい。こんなのは、八つ当たりね」
メイヴィスは幻影に謝る。何の意味もない人生を、誰かのせいにしたいだけだ。
マリアは少し困ったように笑って、手を振った。
暖かさに目を開ける。温かい、壁のようなものに額が押し付けられている。息はできるが、身動きは取れない。壁は柔らかく、無機物でないことはわかるが、その正体は近すぎてわからない。
(……抱きしめられている?)
重みを感じるのは、腕だろうか。
両親にさえ抱きしめられた覚えのないメイヴィスは、導き出した答えに確信が持てなかった。誰がメイヴィスを抱きしめるのか、という疑問もある。
(まだ、夢か)
瞼は重く、メイヴィスは起きることをやめた。
♢♢♢
今度は廊下だ。そこから、メイヴィスは中庭を見ている。
中央のガゼボで、サイラスとクリスタ、そしてルーナが仲睦まじく会話をしていた。堅苦しい雰囲気はなく、まるで愛で満ちた家族のような空間。そこにメイヴィスの居場所はない。
(私は不純物。捨てられるべきもの)
誰かの幸福は、他の誰かの不幸の上に成り立っている。幸せなど追求できる立場にないメイヴィスは、必然と不幸側だ。
だがメイヴィスは、仕方ないのだと諦めた。相手に何も渡せない自分を、誰が幸せにしたいと思うのか。
メイヴィスは、陶酔することにした。
自分は、誰かの幸せのために贄となるのだと。
そんな美しい物語に身を沈めてしまえば、少しは清々しい気持ちで旅立てると思うのだ。
(私は私のものなんだから、愛するのも害するのも自由)
他の誰かの愛など、今更いらない。何も望まない。逆に、サイラスたちがメイヴィスに対して何かを望むのであれば、できる限りそれを叶えるつもりだ。たとえそれが、死であっても。
(従う相手は選ぶけれど)
それくらいは、許して欲しい。どのみち長くはいられない。
「……」
信頼という強固な絆のある彼らを、羨ましいと思わないわけではない。だが、どうしたってメイヴィスは場違いなのだ。
何もかもが不釣り合いで、不相応。
誰に言われなくても、自分が一番理解しているつもりだ。
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