無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)

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23. 不要物

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目が覚めた時、メイヴィスは違和感を覚えた。倒れるほど悪い状況だった体調が、かなり良いのだ。寝起きであっても、いつもどこかしら調子が悪いことが当たり前であったのに。
その違和感を飲み込んで、メイヴィスは自分の状態を確認した。コーディの言葉が事実であるなら、ひと月近く寝込んでいたはずだ。
髪は少しベタついているが、体は綺麗に拭かれており、ベッドも清潔に保たれている。カレンが仕事をしてくれたのだろう。腕には何かが刺された痕がたくさん残っていたが、命を繋ぐためには必要なことだったに違いない。
軽く感じる体が嬉しくて、メイヴィスはベッドから出る。筋肉がかなり落ちているはずなのに、座り込むことはなかった。多少ふらついたが、立て直しも早い。

(精霊の作った薬だし、深く考えても仕方なさそう)

違和感は放り投げ、窓辺に寄る。一面の銀世界であった。そしてあることに気がつく。

「こんなに雪が降ってるのに、どうして寒くないのかしら」

どこかにあるはずの熱源を探す。この部屋は暖炉もなく、暖かくできるわけがないというのに。

「あれかしら」

部屋の隅に、小さなランプのようなものが置かれていた。無論、メイヴィスのものではない。

「触らない方がいいわね」

雪を見ようと再び窓辺に寄り、縁に座り込む。ほんの僅かな隙間から寒気が流れ込んで、メイヴィスの体を冷やした。

「侯爵令嬢さま!」

扉が開いたかと思えば、即悲鳴である。空のベッドを見て驚いたらしい。

「このようなところにいてはお体が冷えます!」

座り込んだメイヴィスの肩を抱いて、カレンが立ち上がらせる。

「……カレン。私、湯浴みがしたい」

ぽつりとこぼすと、カレンは何度も頷き返す。

「すぐにご用意いたしますから、ここでお待ちください。お願いですから、動かないで」

ベッドに寝かされたメイヴィスは、退屈だと思いながら頷いた。
















久しぶりに垢を落とし、さっぱりしたメイヴィスは、カレンに支えられながら部屋に戻る。
しかし、部屋は温かくとも廊下は寒く、あっという間に湯冷めしてしまった。

「やはり、湯冷めしてしまいましたね」

冷えた手を握って、カレンは呟く。
部屋に戻ると、客がいた。

「おっ、王太子殿下!」

礼を取ろうとしたカレンだったが、メイヴィスの支えとなることを優先した。対してメイヴィスは、礼をとる素振りも見せない。

「よい。ベッドに連れて行け」

立つのもやっとに見えたのだろう、サイラスはカレンに促して、メイヴィスをベッドに座らせた。

(あれ、シーツが)

清潔なものに取り替えられている。

「ジゼルにやらせた。問題ない」
「母が……私が至らなくて、申し訳ありません」
「構わん。お前にはお前の仕事がある。一人でやるのも限界があるだろう」

交わされる二人の会話を、メイヴィスは心ここに在らずの様子でぼんやりと聞いている。

「王太子殿下……ここへいらっしゃったということは、何かご用件があるのでは?」

サイラスはちらりとメイヴィスに視線をやる。だが、メイヴィスはサイラスを見もせず、空を見つめていた。
起き抜けの体が湯船に浸かったことで体力を奪われ、サイラスどころではないらしい。

「これを渡しに」

サイラスがメイヴィスの代わりに、カレンに箱を手渡す。
メイヴィスは聞いていたのかいないのか、興味がなさそうにベッドに横になった。不敬にも、サイラスに背中を向けて。

「こちらは?」
「紛失していた王家のブローチだ」
「えっ」

思いもよらない答えにカレンは固まる。メイヴィスは無反応だ。

「城の外で見つけた。主人の服に付けておけ」
「は、はい。かしこまりました。でも、触れてよろしかったのでしょうか?」

初代女王陛下の言葉を代々守ってきたオルティエ王家だが、サイラスは平気で箱に触れて自分の手で持ってきた。

「装飾品に直接触らなければ問題ない。念の為手袋もしている。代々侍女に渡させていたが、こうした方が良かったのだろうな」
「左様ですか……」

カレンが頭を下げると、サイラスは靴を鳴らして部屋を出ていく。メイヴィスは再び目を閉じていた。

「……カレン」

扉を抜けたその時、サイラスは侍女を呼びつける。

「殿下、いかがされましたか」
「何か異変があれば、すぐに知らせろ」
「……はい。かしこまりました」

カレンが再び頭を下げると、サイラスは今度こそ立ち去っていった。















再び眠りについたメイヴィスがきちんと目覚めるか不安だったカレンだが、それは杞憂に終わった。次の朝、メイヴィスは骨を鳴らしながら起き上がっていた。

「侯爵令嬢さま、おはようございます。お身体はいかがですか」
「バッキバキだけど、悪くないわ。ありがとう」

ぼんやりしていた意識も戻っている。

「こちらがお洋服です」
「悪いわね、洗濯して皺も伸びてる」
「いいえ、仕事ですから」

服を渡し、着替えを手伝う。まだ思うように動かないのか、動きは緩慢だ。

「ん……カレン、このブローチは何?」

ケープに付けられたブローチを、細い指がなぞる。
その問いに、カレンはメイヴィスが昨日のことを覚えていないのだと悟った。

「侯爵令嬢さまが湯浴みをされた後、王太子殿下がお持ちになりました。紛失していた王家のブローチだそうです」

メイヴィスの目が丸くなったかと思えば、何を思ったのかケープからブローチを取り外す。
そして、カレンに押しつけた。

「……お返しして。いらないわ」
「しかし、殿下直々のご命令です。背くわけには」
「じゃあ、箱にしまっておいて。私は付けない」

カレンは悩んだ。悩んだが、起きているメイヴィスとサイラスが会う機会は滅多にない。公式の場でさえ付けてくれれば問題ないと判断した。

「わかりました。でも、公式の場では必ず付けてください」
「……考えておくわ」

メイヴィスとて、探していたブローチをどうやって見つけたのか知りたくないわけではない。見つかったことは喜ぶべきだ。元々サイラスはメイヴィスにブローチを渡す予定だったらしいので、あるべきところに収まったとも言える。
だが、また不相応だと言われることは目に見えていて。
お前も妃候補なのだと言われている気分だ。その席には、全く興味がないというのに。

「ところで、侯爵令嬢さま。先ほどお達しがありましたのでお伝えしておきます」
「何かしら」
「王太子殿下が離宮へ向かわれるそうです」
「離宮?」
「はい。あまり体調が良くないそうで、ここ王都より温暖な気候のルアンへ療養にと」
「そう」

ケープのフードを整えながら、生返事をする。
サイラスが王都を離れるだけ。それがどうしたというのか。

「侯爵令嬢さま。関係ないみたいなお顔されてますが、侯爵令嬢さまも行くんですよ?」
「えっ」

思いがけない言葉に、視線がカレンへと向く。

「殿下と妃候補の御三方が向かわれるんです。なんでも、オルセン公爵令嬢さまもお風邪をひいてしまわれたそうで」
「……」

ならばクリスタだけ連れて行けばいいではないか、とメイヴィスは内心憤慨する。が、クリスタはきっとそれを良しとはしないのだろうことも容易に想像できて、何も言えなかった。

「侯爵令嬢さまも病み上がりですから、ルアンでゆっくりされるといいですよ」

元気になったところで、もとの虚弱さは変わらない。
そう思ったが、言葉を吐くのはやめにした。





















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