無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)

文字の大きさ
26 / 36

26. 温泉

しおりを挟む




















メイヴィスの部屋は、王宮の自室とあまり変わらない広さであった。家具の配置も似ている。リラックスできるようにとのことらしい。その部屋で少し休養を取ると、いつのまにか夕方になっていた。
それまで一度も本を開いていないことに気がついたメイヴィスは、カレンの不在を確認してそこでようやくページをめくる。

「よお。いつ開けてくれんのかと思ったぜ」

伸びをしながらコーディが現れた。

「ごめんなさい。せっかく来たのにつまらなかったわね」

この旅行を楽しみにしていたなら申し訳ない、とメイヴィスは謝ったが、コーディは怒ってはいないようだった。

「いいさ、別に。食事とって眠ってただけだろう?」
「ええ、まあ」

眠っていただけでじきに夕食だ。また全員と顔を合わせなければならないと思うと憂鬱で仕方ない。

(嫌いってわけではないのだけど……自分のことがもっと嫌いになる)

「元気ないな。温泉にでも行ってきたらどうだ?」
「でも、たぶんそろそろ夕食なのよ」

コーディの提案は魅力的だが、決まった時間に姿を現さないと後が面倒だ。

「侯爵令嬢様」

外からカレンの声が聞こえ、メイヴィスは慌てて本を閉じる。フギャッと悲鳴が聞こえたが、構ってやれない。
返事をすると、カレンが入ってきた。

「お休みのところ失礼します。予定の変更がありましたのでお伝えに参りました」
「何かあったの?」
「いえ。離宮での食事は四人全員で、とのことでしたが、突然王太子殿下が個人でとるようにと命じられたのです」

メイヴィスは眉をひそめた。

「急な仕事でもできたのかしらね」
「おかげで好きなタイミングでお食事のご用意ができます。侯爵令嬢様、お夕食はいかがなさいますか」

カレンの言う通り、食事予定の変更はメイヴィスにとって好都合であった。

「食事はいいわ。それよりも私、温泉に行きたいの」

メイヴィスが予定を告げると、カレンの顔が曇った。

「……申し訳ありません。実は、私は王太子殿下に呼ばれておりまして、今から向かわなければいけないのです」
「ああ、だったら一人で行くわ。大丈夫よ」

手をひらひらと振ると、カレンは突然叫んだ。

「なりません! 私は侯爵令嬢様のお側にいるよう言われておりますのに」

少し前までほったらかしにされていた気がするが、今はどうでもいい。

「でも当の本人が呼び出していたら意味ないわよね」

本来、メイヴィスの侍女はもっと多いはずであった。それを断ったのは他でもないメイヴィスだ。それゆえに、サイラスが何を言おうとその責任は負わなければならない。

「……少しだけお待ちいただけませんか。すぐに済ませて参ります」
「用事もわからないのに待てないわ。大丈夫よ、すぐに戻ってくる」

頭を抱えてしまったカレンには悪いが、メイヴィスは今であれば人がいないという確信があった。食事を摂るタイミングは、個人に任されたとはいえ大抵は普段と同じなのである。であれば、湯浴みは食後に済ませるはずだ。しかし今回はいつもとは状況が違う。温泉の場所は外にあり、暗くなれば道中の視界も悪くなるので、きっと全員が明るいうちに済ませたに違いない。

「しかし……あの場所は警備がありません。そのようなところにお一人で行かせるわけには」

尚更都合の良い話だった。

「実は寝ている間に汗をかいてしまって、気持ち悪いの。ね、お願い」

意思を曲げるつもりはないことを理解したのか、カレンはため息をついた。

「……かしこまりました、そこまでおっしゃるのなら。でも、すぐに戻ってくださいね」
「ええ。いってらっしゃい」

カレンを見送り、メイヴィスは着替えを持って部屋を出た。
外はもう日が沈みかかっている。急ぎたかった。








♢♢♢♢♢








「あっ、コーディのこと忘れてた」

友人を思い出したのは、温泉に着いてからであった。離宮からは少し離れた外に建てられているが、屋根も壁もある。遠目から見れば湯気が立ったやや大きい小屋だ。

「どうせ入れないって言ってたし、まあいいか」

せっかくできた友人一人、メイヴィスは大切にすることができない。接し方も、よくわかっていない。

「怒ってるわよね、きっと」

見放されることには慣れている。寂しいが、相手の意思を曲げようとは思わない。悪いのは自分だ。

「……」

建物の扉を開ける前に、人がいないか聞き耳を立てる。水音はするが、それ以外は何もない。そっと扉を開けて中を確認するが、やはり人影はなかった。メイヴィスの思惑通りである。
ふうっと息を吐いて、中に入った。
玄関らしき場所で靴を脱ぎ、奥に進む。切れ込みの入っている吊り下がった布を避けると、脱衣所があった。
タオルは用意されており、メイヴィスは安心して浴場に入る。浴室は広く、少し落ち着かない。
掛け湯をし、タオルを濡らして体をきれいにしてから湯船に浸かった。

「っ、ふぅぅぅ……」

やや熱めの湯がじわじわとメイヴィスの体温を上げる。広い湯船の隅には温泉を供給するパイプがあり、そこから湯が落ちる音が響いていた。

「……」

ぼんやりと飾り気のない天井を見上げ、何分経っただろうか。五分も経っていないと思う。
そろそろあがろうと立ち上がった瞬間、立ちくらみで前が見えなくなった。

「う」

浴場の床に手をつき、視界が開けるのを待つ。
そして少し回復した頃、メイヴィスは壁に手をつきながら脱衣所に戻った。大きめのタオルを背中から被り、備え付けられた長椅子に腰掛ける。

(み、水は)

見渡すが、水はない。こういった時に一人は不便だと実感するが、かといって自分の周囲に人を増やしたいとはとても思えなかった。

「……」

ぱたん、と長椅子に横になる。動く気にもなれず、少し休もうとメイヴィスは裸のまま目を閉じた。




















しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

異世界で目覚めたら、もふもふ騎士団に保護されてました ~ちびっ子だけど、獣人たちの平穏のためお世話係がんばります!!~

ありぽん
ファンタジー
神のミスで命を落とした芽依は、お詫びとして大好きな異世界へ転生させてもらえることに。だが転生の際、またしても神のミスで、森の奥地に幼女の姿で送られてしまい。転生の反動で眠っていた瞳は、気づかないうちに魔獣たちに囲まれてしまう。 しかしそんな危機的状況の中、森を巡回していた、獣人だけで構成された獣騎士団が駆け付けてくれ、芽依はどうにかこの窮地を切り抜けることができたのだった。 やがて目を覚ました芽依は、初めは混乱したものの、すぐに現状を受け入れ。またその後、同じ種族の人間側で保護する案も出たが、ある事情により、芽依はそのまま獣騎士団の宿舎で暮らすことに。 そこで芽依は、助けてくれた獣騎士たちに恩を返すため、そして日々厳しい任務に向かう獣人たちが少しでも平穏に過ごせるようにと、お世話係を買って出る。 そんな芽依に、当初は不安だった獣人たちだったが、元気で明るい瞳の存在は、次第に獣人たちの力となっていくのだった。 これはちびっ子転生者の芽依が、獣人や魔獣たちのために奮闘し、癒しとなっていく。そんな、ほっこりまったり? な物語。

まあ、いいか

ファンタジー
ポンコツ令嬢ジューリアがそう思えるのは尊き人外である彼のお陰。 彼がいれば毎日は楽しく過ごせる。 ※「殿下が好きなのは私だった」「強い祝福が原因だった」と同じ世界観です。 ※なろうさんにも公開しています。 ※2023/5/27連載版開始します。短編とはかなり内容が異なります。 ※2026/01/08ジャンル変更しました。

処理中です...