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11:”図書館管理者”
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アリーナが部屋に籠るようになって更に一週間後、一通の手紙が届いた。
「お嬢様、”図書館管理者様”という方から手紙が届いております。食事のカートに一緒に置かせていただきますね」
アリーナがカートを室内へ取り込むことは飲み物がなくなった時だけで、食事を毎回部屋内に取り入れることはなかった。
食事を部屋に入れて欲しいと言う想いもあり、侍女は手紙を食事カートに置いたのだろう。
(ドアの隙間から入れてくれれば良いのに)
と一瞬思ったが、少し冷静になって来たアリーナは、侍女に対して申し訳なさを感じる余裕は少し出て来ていた。
しかし、誰にも会いたくない気持ちは変わらない。
既婚者に夢中になって自分を見失ってボロボロになっている、今の自分を他人に見られたくなかった。
既婚者に弄ばれた自分を、他人の目に触れさせたくなかった。
自分で自分が情けなかった。
でも、どうしたら良いのかわからない。
どうしても、画家のことを嫌いになれないのだ……
(喉が痛いわね)
一口水を飲んだアリーナはそう思った。
風邪をひいたのかもしれない。
こんな自堕落な生活をしていれば、風邪をひいてもおかしくはない。
もう10日ほど、ろくなものは食べていないし、日の光にも当たっていない。
ハアッと小さく息を吐いて、アリーナはスカイからの手紙を手に取った。
スカイに画家が既婚者だと教えて貰い、感謝をすべきなのだろう。
アリーナと画家は、まだたった一度口づけをしただけだ。
スカイのおかげで早くに脱出できて、泥沼にならずに済んで良かった。
そうに違いなかった。
しかし、恥ずかしかった。
信頼しているスカイに、情けない姿を見せてしまった。
呆れられただろう。
「……差出人を”図書館管理者”と書くなんて、変わった人……」
アリーナはスカイのことは何も知らない。
王都で一番大きい図書館の管理者をしているくらいだから、貴族ではあるのだろうが。
あまり気にしたことはなかった。
”図書館管理者”と”利用者”としての関係が心地良い。
「よしっ……」
覚悟を決めたアリーナは、少し緊張しながら手紙の封を開けた。
『拝啓 アリーナ様
いかがお過ごしでしょうか?
お元気ですか?
あの日以来姿を見ることが出来ずに、とても心配をしています。
きっと私が、深く傷つくきっかけを作ってしまったことでしょう。
私でよければいつでも話を聞きます。
どうか一人で抱え込まれませんよう、心から願っております
図書館管理者ことスカイより』
読み終わったアリーナは、クスッと笑った。
最後の”図書館管理者ことスカイより”の部分が可笑しかったのだ。
真面目な文章の中に少し親しみやすさをまじえ、アリーナの心を解してくれる。
以前スカイに、『図書館司書ではないのか』と訊ねたことがある。
『週2日開けているだけで大した知識もないから、ただの管理者だ』と返事があったのを思い出した。
「何故2日した開けないのか聞けば良かったわね」
"ふっ"と笑みが溢れると同時に、(久しぶりに笑ったわね)と、アリーナは自分で思った。
暫く使っていなかった筋肉を使ったためか、頬に違和感があったのだ。
「いつまでもこうしていては駄目ね」
母ティーナも、毎日朝晩ドアの前で声をかけてくれる。
屋敷中の使用人たちが心配してくれているのもわかっている。
自分を心配してくれる人たちがいる。
「しっかりしなきゃ」
アリーナは部屋のドアを開けて廊下を覗いてみた。
するとそこには、メマリーが立っている。
きっと、心配で時間がある時は部屋の前に待機してくれていたのだろう。
「お嬢様!!!」
泣きそうな顔でアリーナを見る瞳に、アリーナは苦笑いする。
「……心配かけてごめんなさい」
「いいえ! いいえ!」
ついには泣き出したメマリーに、アリーナは申し訳なさが込み上げて来る。
「メマリー、お願いがあるの」
「はいっ!」
「お腹が空いたわ。でもあまり食欲はなくて……」
「はいっ! 料理長にスープか何か、食べやすいものを作って貰いますね!」
急に活き活きとした表情になるメマリーに、アリーナは苦笑いする。
「それから、お風呂をお願い」
その晩、アリーナは寝込んだ。
高熱が出たのだ。
更に喉が激しく痛み、特に飲み込む際に激痛を伴うため自分の唾液を嚥下することさえも出来ず、唾液を吐き出していた。
「扁桃腺が酷く腫れていますね」
そう医師に言われたアリーナは、(自分で免疫をおとしてしまったのだから、自業自得ね)などと冷静に思っていた。
しかし思った以上に辛く、(知らなかったとはいえ、既婚者に手を出した罰かもしれない)などという考えに移行し、甘んじて罰を受け入れることとした。
5日経ち熱は微熱程度に下がったが、口腔内の腫れと嚥下痛の改善がなく辛い日々を送っている。
すると、意外な来客があった。
王都の医者だ。
「えっ? 頼んだ覚えはございませんが……」
驚く母ティーナに、医者は言う。
「ある方から依頼がありました。この街の医者に病状を訊ねると治療が難航しているとのことだったため、こうして来させて頂いた次第です」
「ある方とは?」
「”図書館管理者様”でございます」
「お嬢様、”図書館管理者様”という方から手紙が届いております。食事のカートに一緒に置かせていただきますね」
アリーナがカートを室内へ取り込むことは飲み物がなくなった時だけで、食事を毎回部屋内に取り入れることはなかった。
食事を部屋に入れて欲しいと言う想いもあり、侍女は手紙を食事カートに置いたのだろう。
(ドアの隙間から入れてくれれば良いのに)
と一瞬思ったが、少し冷静になって来たアリーナは、侍女に対して申し訳なさを感じる余裕は少し出て来ていた。
しかし、誰にも会いたくない気持ちは変わらない。
既婚者に夢中になって自分を見失ってボロボロになっている、今の自分を他人に見られたくなかった。
既婚者に弄ばれた自分を、他人の目に触れさせたくなかった。
自分で自分が情けなかった。
でも、どうしたら良いのかわからない。
どうしても、画家のことを嫌いになれないのだ……
(喉が痛いわね)
一口水を飲んだアリーナはそう思った。
風邪をひいたのかもしれない。
こんな自堕落な生活をしていれば、風邪をひいてもおかしくはない。
もう10日ほど、ろくなものは食べていないし、日の光にも当たっていない。
ハアッと小さく息を吐いて、アリーナはスカイからの手紙を手に取った。
スカイに画家が既婚者だと教えて貰い、感謝をすべきなのだろう。
アリーナと画家は、まだたった一度口づけをしただけだ。
スカイのおかげで早くに脱出できて、泥沼にならずに済んで良かった。
そうに違いなかった。
しかし、恥ずかしかった。
信頼しているスカイに、情けない姿を見せてしまった。
呆れられただろう。
「……差出人を”図書館管理者”と書くなんて、変わった人……」
アリーナはスカイのことは何も知らない。
王都で一番大きい図書館の管理者をしているくらいだから、貴族ではあるのだろうが。
あまり気にしたことはなかった。
”図書館管理者”と”利用者”としての関係が心地良い。
「よしっ……」
覚悟を決めたアリーナは、少し緊張しながら手紙の封を開けた。
『拝啓 アリーナ様
いかがお過ごしでしょうか?
お元気ですか?
あの日以来姿を見ることが出来ずに、とても心配をしています。
きっと私が、深く傷つくきっかけを作ってしまったことでしょう。
私でよければいつでも話を聞きます。
どうか一人で抱え込まれませんよう、心から願っております
図書館管理者ことスカイより』
読み終わったアリーナは、クスッと笑った。
最後の”図書館管理者ことスカイより”の部分が可笑しかったのだ。
真面目な文章の中に少し親しみやすさをまじえ、アリーナの心を解してくれる。
以前スカイに、『図書館司書ではないのか』と訊ねたことがある。
『週2日開けているだけで大した知識もないから、ただの管理者だ』と返事があったのを思い出した。
「何故2日した開けないのか聞けば良かったわね」
"ふっ"と笑みが溢れると同時に、(久しぶりに笑ったわね)と、アリーナは自分で思った。
暫く使っていなかった筋肉を使ったためか、頬に違和感があったのだ。
「いつまでもこうしていては駄目ね」
母ティーナも、毎日朝晩ドアの前で声をかけてくれる。
屋敷中の使用人たちが心配してくれているのもわかっている。
自分を心配してくれる人たちがいる。
「しっかりしなきゃ」
アリーナは部屋のドアを開けて廊下を覗いてみた。
するとそこには、メマリーが立っている。
きっと、心配で時間がある時は部屋の前に待機してくれていたのだろう。
「お嬢様!!!」
泣きそうな顔でアリーナを見る瞳に、アリーナは苦笑いする。
「……心配かけてごめんなさい」
「いいえ! いいえ!」
ついには泣き出したメマリーに、アリーナは申し訳なさが込み上げて来る。
「メマリー、お願いがあるの」
「はいっ!」
「お腹が空いたわ。でもあまり食欲はなくて……」
「はいっ! 料理長にスープか何か、食べやすいものを作って貰いますね!」
急に活き活きとした表情になるメマリーに、アリーナは苦笑いする。
「それから、お風呂をお願い」
その晩、アリーナは寝込んだ。
高熱が出たのだ。
更に喉が激しく痛み、特に飲み込む際に激痛を伴うため自分の唾液を嚥下することさえも出来ず、唾液を吐き出していた。
「扁桃腺が酷く腫れていますね」
そう医師に言われたアリーナは、(自分で免疫をおとしてしまったのだから、自業自得ね)などと冷静に思っていた。
しかし思った以上に辛く、(知らなかったとはいえ、既婚者に手を出した罰かもしれない)などという考えに移行し、甘んじて罰を受け入れることとした。
5日経ち熱は微熱程度に下がったが、口腔内の腫れと嚥下痛の改善がなく辛い日々を送っている。
すると、意外な来客があった。
王都の医者だ。
「えっ? 頼んだ覚えはございませんが……」
驚く母ティーナに、医者は言う。
「ある方から依頼がありました。この街の医者に病状を訊ねると治療が難航しているとのことだったため、こうして来させて頂いた次第です」
「ある方とは?」
「”図書館管理者様”でございます」
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