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26:現実
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アリーナが廊下で窓を開けて風を感じていると、スカイが近寄って来た。
「彼は帰りましたよ。大丈夫ですか?」
「あ、はい。……あの状況に耐えられなくて、申し訳ありませんでした」
「いいえ。奴はもう近寄って来ないと思います。それほどの度胸はなさそうだ。本当に一緒になりたいのなら、もっと水面下で準備をするべきだ」
「……ええ。彼はただ、現状が辛くて逃げ出したいだけですね……」
冷たい風をうけながら、アリーナはすっきりとした表情をしている。
「……もうふっきれていますか?」
心配そうな声に、アリーナはスカイを見て笑顔で言う。
「はい」
スカイは”ホッ”とした表情をした。
その表情は、アリーナへの気持ちが本当であると証明しているようだった。
アリーナはスカイへの愛しい気持ちが零れ落ちそうになったが、すぐに気持ちに蓋をする。
「スカイ様、本日は本当にありがとうございました。これで失礼いたしますね」
何かを言いたそうなスカイに気付かないふりをして、アリーナは図書館を去った。
(今他の人に縋ったら、画家様と一緒だわ。不倫は私がしでかしたこと。自分でしっかりと再起しないと)
男に左右される人生はもう懲り懲りだ。
(自分の人生を自分で歩こう!)
アリーナは馬車の中で拳を握りしめ、決意を新たにした。
それからアリーナは、今までより更に母の仕事を手伝った。
「アリーナ、先日スライトス男爵が屋敷へ来た時に少し話をしたの。男爵位を継がせる男性をそろそろ本格的に養子にしようと思っているの。候補は二人いるからそのどちらかに……」
アリーナは目の前が真っ暗になった。
母が淡々と当たり前のことのように言うことを、アリーナはそうは捉えられなかったのだ。
勿論、いずれその予定だったことは知っている。
(私はいくら勉強しても男爵位を継ぐことは出来ない……)
男性でないと爵位を継げないのが国の決まりだ。
アリーナも頭では勿論分かっていた。
しかし、父にかわって仕事をこなす母を見て、(いつかは自分も……)と思ってしまっていた。
母のことを手伝ううちに、遣り甲斐も感じるようになっていた。
画家のこともあって、現実逃避をしていたのもあるかもしれない。
頑張ろうと決意した矢先のことで、出鼻を挫かれアリーナはショックを隠せなかった。
すると、急にいつもの吐き気を催した。
「うっ……」
「アリーナ、最近体調が悪そうね。医者を呼んでいるから診察してもらいなさい。さっき着いたそうだから」
母の命令に、アリーナは渋々医者の待つ部屋へ移動したのだった……
「妊娠しています」
アリーナと医者の二人きりの部屋で、医者は冷静にそう言った。
幼い頃から何かあればアリーナを診察してくれていた、領地内の医者だ。
アリーナが結婚していないことはもちろん、婚約をしていないことも知っている。
医者の顔から知り合いのおじさんのような顔になった医者は、微笑んで言う。
「吐き気は悪阻です。今のところ順調に育っていますよ」
「……母には、ただの体調不良だと言って下さいますか?」
「……それは……」
「困りますよね。では、黙っていて下さい。急患だと、すぐに帰って下さい。母にはうまく言っておきますから……。失礼なのは重々承知です。ですが……どうか、私に時間を下さい……」
診察のために横になったベッドの上で、布団を握りしめて懇願した。
医者は困った顔をした後、フゥッと小さなため息をひとつ吐く。
「……わかりました。急患がいるのでこれで失礼します。何かあればいつでも連絡して下さい。どうかお身体を大切に……」
医者の去った部屋で、アリーナは頭を抱えた。
しかし次の瞬間、何とも言えない温かい感情が全身にいき渡るのを感じる。
「新しい命……」
自分の身体の中に新しい命がいるという、なんとも言えない不思議な感覚。
それは、初めての感覚だった。
貴族の娘が未婚で子供を産むだなんて、もちろん褒められることではない。
家によっては大事だろう。
しかし、男女の主人が2人揃って愛人との関係を大切にしているアリーナの屋敷では、さほど大事ではないようにアリーナは感じてしまう。
一度は愛した男との子どもだ。
恋愛なんて懲り懲りだ、結婚なんてしなくて良いと思っていたアリーナにとって、もう二度とないかもしれない出来事なのだ。
(子どもを授かりたくても授からない人がたくさんいると聞くわ……)
そんな中、アリーナのもとへやって来てくれた命。
アリーナは愛おしい気持ちがどんどん込み上げて来るのを感じる。
勿論、不安がない訳ではない。
親にどう思われるか、認めて受け入れてくれるかどうかは、生活の上で重要なことだ。
しかし、このお腹の子がアリーナを助けてくれる気がしてならなかった。
ただ脳裏に浮かぶスカイの顔に、胸が痛んで仕方がなかった……
「彼は帰りましたよ。大丈夫ですか?」
「あ、はい。……あの状況に耐えられなくて、申し訳ありませんでした」
「いいえ。奴はもう近寄って来ないと思います。それほどの度胸はなさそうだ。本当に一緒になりたいのなら、もっと水面下で準備をするべきだ」
「……ええ。彼はただ、現状が辛くて逃げ出したいだけですね……」
冷たい風をうけながら、アリーナはすっきりとした表情をしている。
「……もうふっきれていますか?」
心配そうな声に、アリーナはスカイを見て笑顔で言う。
「はい」
スカイは”ホッ”とした表情をした。
その表情は、アリーナへの気持ちが本当であると証明しているようだった。
アリーナはスカイへの愛しい気持ちが零れ落ちそうになったが、すぐに気持ちに蓋をする。
「スカイ様、本日は本当にありがとうございました。これで失礼いたしますね」
何かを言いたそうなスカイに気付かないふりをして、アリーナは図書館を去った。
(今他の人に縋ったら、画家様と一緒だわ。不倫は私がしでかしたこと。自分でしっかりと再起しないと)
男に左右される人生はもう懲り懲りだ。
(自分の人生を自分で歩こう!)
アリーナは馬車の中で拳を握りしめ、決意を新たにした。
それからアリーナは、今までより更に母の仕事を手伝った。
「アリーナ、先日スライトス男爵が屋敷へ来た時に少し話をしたの。男爵位を継がせる男性をそろそろ本格的に養子にしようと思っているの。候補は二人いるからそのどちらかに……」
アリーナは目の前が真っ暗になった。
母が淡々と当たり前のことのように言うことを、アリーナはそうは捉えられなかったのだ。
勿論、いずれその予定だったことは知っている。
(私はいくら勉強しても男爵位を継ぐことは出来ない……)
男性でないと爵位を継げないのが国の決まりだ。
アリーナも頭では勿論分かっていた。
しかし、父にかわって仕事をこなす母を見て、(いつかは自分も……)と思ってしまっていた。
母のことを手伝ううちに、遣り甲斐も感じるようになっていた。
画家のこともあって、現実逃避をしていたのもあるかもしれない。
頑張ろうと決意した矢先のことで、出鼻を挫かれアリーナはショックを隠せなかった。
すると、急にいつもの吐き気を催した。
「うっ……」
「アリーナ、最近体調が悪そうね。医者を呼んでいるから診察してもらいなさい。さっき着いたそうだから」
母の命令に、アリーナは渋々医者の待つ部屋へ移動したのだった……
「妊娠しています」
アリーナと医者の二人きりの部屋で、医者は冷静にそう言った。
幼い頃から何かあればアリーナを診察してくれていた、領地内の医者だ。
アリーナが結婚していないことはもちろん、婚約をしていないことも知っている。
医者の顔から知り合いのおじさんのような顔になった医者は、微笑んで言う。
「吐き気は悪阻です。今のところ順調に育っていますよ」
「……母には、ただの体調不良だと言って下さいますか?」
「……それは……」
「困りますよね。では、黙っていて下さい。急患だと、すぐに帰って下さい。母にはうまく言っておきますから……。失礼なのは重々承知です。ですが……どうか、私に時間を下さい……」
診察のために横になったベッドの上で、布団を握りしめて懇願した。
医者は困った顔をした後、フゥッと小さなため息をひとつ吐く。
「……わかりました。急患がいるのでこれで失礼します。何かあればいつでも連絡して下さい。どうかお身体を大切に……」
医者の去った部屋で、アリーナは頭を抱えた。
しかし次の瞬間、何とも言えない温かい感情が全身にいき渡るのを感じる。
「新しい命……」
自分の身体の中に新しい命がいるという、なんとも言えない不思議な感覚。
それは、初めての感覚だった。
貴族の娘が未婚で子供を産むだなんて、もちろん褒められることではない。
家によっては大事だろう。
しかし、男女の主人が2人揃って愛人との関係を大切にしているアリーナの屋敷では、さほど大事ではないようにアリーナは感じてしまう。
一度は愛した男との子どもだ。
恋愛なんて懲り懲りだ、結婚なんてしなくて良いと思っていたアリーナにとって、もう二度とないかもしれない出来事なのだ。
(子どもを授かりたくても授からない人がたくさんいると聞くわ……)
そんな中、アリーナのもとへやって来てくれた命。
アリーナは愛おしい気持ちがどんどん込み上げて来るのを感じる。
勿論、不安がない訳ではない。
親にどう思われるか、認めて受け入れてくれるかどうかは、生活の上で重要なことだ。
しかし、このお腹の子がアリーナを助けてくれる気がしてならなかった。
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