背徳の恋のあとで

ひかり芽衣

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36:声よ届いて

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「よう、酷い恰好だな」

「何故……」

「あそこの木の所にスカイって奴がいたから、ここで待っていたら来ると思っていた」

ニヤリと笑う顔に、ゾクッと悪寒が走る。
希望は一気に絶望に変わり、全身にどっと疲労が鉛のように襲い掛かる。

「スカイ様のことを知っているの?」

「ああ、俺に力をくれる人物だと、前に顔を見に連れて行かれたことがある」

「誰と、どこに?」

「父上と、図書館に」

淡々と答えるライアンに、アリーナは落胆する。
まさかスカイの顔を知っているとは思わなかったのだ。

「手間を掛けるな。さあ、戻るぞ。これからお前らをどうするかは父上と考えるから」

ティーナとアリーナの部屋から大量の書類が出て来たため、まさかスカイが不正の証拠を持っているとは思っていないのだろう。
まだ、気づいてはいないようだ。

「あいつにチクるつもりだったのか? そんなことしたら婚約は破談になるかもしれないぞ? 折角の玉の輿が良いのか?」

ライアンの言葉に、普段男爵がライアンにどのようにアリーナやスカイのことを話しているのかが、手に取るようにわかる。

(だからまだ、スカイ様は知らないと思っているのね……)

「それなら何故、私とお母様はあれほど資料を集めていたと考えているの?」

「何かあった時に男爵を脅すためじゃないのか? 立場的にはお前もお前の母親も弱いからな。で、”何かあった時”が昨日訪れた。俺の登場に屋敷を乗っ取られるとでも思ったのか?」

アリーナがこの無関心そうな顔で色々実は考えているのだなと意外に思って黙って聞いていると、どんどん口がよく開いた。

「今まで自分たちで管理していたんだもんな。そりゃ、ぱっと出の俺に持って行かれたんじゃ堪らないよなあ。俺たちを裏切って、自分たちは助けて貰えるように国王に頼むつもりだったんじゃないのか?」

アリーナは、これ以上は余計なことを言わないでおこうと決め、黙っていた。

(……スカイ様は来ているかしら?)

アリーナは遠くに小さく見える大きな木が気になって仕方がない。

(折角ここまで辿り着いたのに……)

「取り敢えず、今は余計なことはするな。これからの対応は俺と父上で考えるから。ほら、屋敷へ戻るぞ」

アリーナは頑なに動こうとはしない。

「お前の母親がどうなっても良いのか?」

それを聞いたアリーナは目をカッと見開き、ライアンを睨んだ。

「はら、馬に乗れ!」

ライアンがアリーナの腕を掴んだ瞬間、アリーナは力の限り叫んだ。


「スカイ様ーーー!!!!!!!」


しかし周辺は静かなままだ。

(……届かなかった?)



”ガッ”

次の瞬間アリーナは顔を殴られた。
地面に倒れ込みながら、咄嗟に(お腹じゃなくて良かった)と腹部を両手で抱えた。

「どうした? 腹でも痛いのか? 大声なんて出して、馬鹿なのか?」

明らかにイラついているライアンから、アリーナは先程までとは違う恐怖を感じた。

ライアンが腹部めがけて蹴ろうとしたため、咄嗟に背中を向けて腹部を庇った。
背中にライアンの容赦ない蹴りが来る。
アリーナはダンゴムシのように丸まって耐えた。

3回蹴られたところで少し気が済んだのか、元のライアンに戻る。

「チッ。馬に乗れなくなったら困る。これくらいにしておいてやるから、これ以上痛い目にあいたくなければさっさと馬に乗れ」

ライアンは馬の手綱を持ち、引き寄せている。
そっと立ち上がったアリーナは、そのすきに大きな木に向かって猛ダッシュした。
最後の力を振り絞って。

(あんたと二人で馬に乗るなんてまっぴらよ!)

そして、思いっきり大声で叫んだ。

「スカイ様ーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」

すぐにライアンに捕まったアリーナは、ライアンから顔を殴られ再び地面に倒れ込んだ。
そんなアリーナをライアンは問答無用で馬に乗せようとする。

「……痛い目にあうのが好きなようだな。気絶させるか」

抵抗するアリーナに、ライアンは小さい声でそう言った。
まるで独り言のように言ったその言葉にアリーナは”ゾッ”と背筋が凍るのを感じる。

(お腹だけは守らないと!)

アリーナがそう思った瞬間、遠くから声が聞こえた。

「アリーナ!!!」

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