5 / 46
5:恋の力
しおりを挟む翌日、アリーナは馬車を走らせて図書館へ向かっていた。
このモヤモヤした心を落ち着ける方法をが、アリーナにはこれしか思いつかなかったのだ。
開館より前に着いてしまったアリーナは、扉の前で立ち尽くしていた。侍女には馬車で待機して貰っている。
少しでも早く、図書館の雰囲気を感じて心を落ち着けたかった。
一睡もできなかったアリーナは交感神経が優位になっており、変に興奮気味だ。
無心で扉の前に立ち、扉を"ジッ"と見ていると、どれくらい経っただろうか?
"カチャッ"
と内側から鍵があく音がした。
アリーナは"ソッ"とドアを開けた。
するとそこには、驚いた顔でアリーナを見下ろす男がいた。
(あっ、管理者さんか。これほど近くで見るのは初めてだけれど、やっぱり意外に若そうね。肌が綺麗。長身細身で漆黒の瞳と真っ黒の髪。遠目では一見陰気そうだけれど、瞳がいつも輝いていて実際はそんなことは全くないのよね……)
30cmほどの距離で管理者を"ジーッ"と見上げて動かないアリーナに、管理者は一歩下がった。
「……ゴホンッ。……おはようございます、スライトス男爵令嬢。本日はとてもお早いのですね。昨日の今日ですので、残念ながら新しい本は入荷しておりません」
真顔だが優しさの滲み出ている管理者に、何故だかアリーナは泣きたい気持ちになる。
暖かさが、身体に染みるように感じる。
「……おはようございます、管理者様。昨日借りた本をまだ読み終わっていませんし、大丈夫です。今日は何となく、ここに来たかっただけなのです。ここの空気を吸いたくて……」
ぎこちない笑顔を浮かべるアリーナに、管理者は笑顔を浮かべる。
「図書館なのでお茶は出せませんが、ゆっくりお過ごし下さい」
しばらく窓際の席でボーッと窓の外を眺めていたアリーナは、今日は男女のカップルにばかり目が行く。
(あのカップルは夫婦かしら? 婚姻前のカップルかしら? それとも婚外恋愛かしら?)
そんな答えのわからない自問自答をしていると、声をかけられる。
「どうかされたのですか?」
「……管理者様……」
「まだ他には誰もいないので、私でよければ話し相手になりますよ? 勿論、無理にとは申しません。ストレイ男爵令嬢が良ければです」
優しい瞳の管理者に、思わずアリーナは微笑み返す。
「管理者様、ひとつお願いがあります」
「何でしょう?」
「アリーナとお呼び下さい」
今のアリーナは"ストレイ男爵令嬢"という肩書きに恥を感じるのだ。
今までも少なからず感じていたが、両親の不貞で破綻している男爵家の令嬢の肩書きなんて、煩わしい意外の何物でもなかった。
人は誰しも、好ましく感じる相手には、自分自身を見て貰いたいものだろう。
「……では、アリーナ様」
少し迷った後で控え目にそう言われて、何故だかアリーナはくすぐったい気持ちがする。
「アリーナ様、では、私のこともスカイとお呼び下さいませ。勿論、もしよろしければですが」
「素敵な名前ですね。では、スカイ様に質問です」
名前で呼ばれて、スカイは嬉しそうに微笑んだ。
「はい、私でわかることなら」
アリーナは微笑みながら言う。
「大人の男女は恋愛相手がいないと生きて行けないのですか?」
アリーナの意外な質問に、スカイは少し驚いた顔をした。
(驚いた顔を見るのは初めてだわ。綺麗な整った顔立ち……)
いつも冷静沈着で穏やかスカイの少し違う一面を物珍しく見ていると、いつもの微笑みを浮かべたスカイが言う。
「……アリーナ様は、恋をしたことがありますか?」
「いいえ」
アリーナの即答に苦笑いをしたスカイは、
「恋のパワーは凄いのですよ」
そう続けた。
10
あなたにおすすめの小説
私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません
藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は
愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。
夫が愛人を持つことも、
その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。
けれど――
跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。
その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。
私は悟ったのだ。
この家では、息子を守れないと。
元々、実家との間には
「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。
ならば話は簡単だ。
役目を終えた私は、離縁を選ぶ。
息子と共に、この家を去るだけ。
後悔しているようですが――
もう、私の知るところではありません。
好きでした、婚約破棄を受け入れます
たぬきち25番
恋愛
シャルロッテ子爵令嬢には、幼い頃から愛し合っている婚約者がいた。優しくて自分を大切にしてくれる婚約者のハンス。彼と結婚できる幸せな未来を、心待ちにして努力していた。ところがそんな未来に暗雲が立ち込める。永遠の愛を信じて、傷つき、涙するシャルロッテの運命はいかに……?
※十章を改稿しました。エンディングが変わりました。
【完結】時計台の約束
とっくり
恋愛
あの日、彼は約束の場所に現れなかった。
それは裏切りではなく、永遠の別れの始まりだった――。
孤児院で出会い、時を経て再び交わった二人の絆は、すれ違いと痛みの中で静かに崩れていく。
偽りの事故が奪ったのは、未来への希望さえも。
それでも、彼を想い続ける少女の胸には、小さな命と共に新しい未来が灯る。
中世異世界を舞台に紡がれる、愛と喪失の切ない物語。
※短編から長編に変更いたしました。
噂の悪女が妻になりました
はくまいキャベツ
恋愛
ミラ・イヴァンチスカ。
国王の右腕と言われている宰相を父に持つ彼女は見目麗しく気品溢れる容姿とは裏腹に、父の権力を良い事に贅沢を好み、自分と同等かそれ以上の人間としか付き合わないプライドの塊の様な女だという。
その名前は国中に知れ渡っており、田舎の貧乏貴族ローガン・ウィリアムズの耳にも届いていた。そんな彼に一通の手紙が届く。その手紙にはあの噂の悪女、ミラ・イヴァンチスカとの婚姻を勧める内容が書かれていた。
【完結】恋が終わる、その隙に
七瀬菜々
恋愛
秋。黄褐色に光るススキの花穂が畦道を彩る頃。
伯爵令嬢クロエ・ロレーヌは5年の婚約期間を経て、名門シルヴェスター公爵家に嫁いだ。
愛しい彼の、弟の妻としてーーー。
【完結】冷徹公爵、婚約者の思い描く未来に自分がいないことに気づく
22時完結
恋愛
冷徹な公爵アルトゥールは、婚約者セシリアを深く愛していた。しかし、ある日、セシリアが描く未来に自分がいないことに気づき、彼女の心が別の人物に向かっていることを知る。動揺したアルトゥールは、彼女の愛を取り戻すために全力を尽くす決意を固める。
白い結婚にさよならを。死に戻った私はすべてを手に入れる。
美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
商人であった父が、お金で貴族の身分を手に入れた。私というコマを、貴族と結婚させることによって。
でもそれは酷い結婚生活の始まりでしかなかった。悪態をつく姑。私を妻と扱わない夫。夫には離れに囲った愛人がおり、その愛人を溺愛していたため、私たちは白い結婚だった。
結婚して三年。私は流行り病である『バラ病』にかかってしまう。治療費は金貨たった一枚。しかし夫も父も私のためにお金を出すことはなかった。その価値すら、もう私にはないというように。分かっていたはずの現実が、雨と共に冷たく突き刺さる。すべてを悲観した私は橋から身を投げたが、気づくと結婚する前に戻っていた。
健康な体。そして同じ病で死んでしまった仲間もいる。一度死んだ私は、すべてを彼らから取り戻すために動き出すことを決めた。もう二度と、私の人生を他の人間になど奪われないために。
父の元を離れ計画を実行するために再び仮初の結婚を行うと、なぜか彼の愛人に接近されたり、前の人生で関わってこなかった人たちが私の周りに集まり出す。
白い結婚も毒でしかない父も、全て切り捨てた先にあるものは――
【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした
ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。
彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。
そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。
しかし、公爵にもディアにも秘密があった。
その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。
※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています
※表紙画像はAIで作成したものです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる