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13:会いに行ったが最後
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アリーナは冷静になればなるほど、『何故?』という疑問が浮かぶようになっていた。
何故アリーナをアトリエにいれたのか?
何故アリーナがアトリエにくることを許したのか?
何故キスをしたのか?
アリーナは本当に弄ばれていたのか……?
既婚者が既婚者であることを黙って、アリーナとの距離を詰めてキスまでしたのだ。
十分に許しがたい行為である。
弁解の余地はない。
頭では分かっている。
”遊ばれていた”
ということを。
でも心の片隅で、それを認めたくない自分がどうしてもいた。
そしてそれが、”心の整理”を邪魔しているのだ。
アリーナはそっと窓に近付いた。
そこに画家の姿はなかった。
アリーナの身体は勝手に動く。
図書館を出るとそっと庭を抜けて裏口から出る。
そして慣れた道を行き、気づくといつものように古い建物のドアをノックしていた。
中から顔を出した人物は、アリーナを見下ろして目を見開いている。
「……もう来ないと思っていました」
「……お邪魔しても良いですか?」
画家は黙って道を開けてくれる。
ささっと室内へ入ったアリーナは、後ろでドアが閉まるのを確認して、口を開けた。
「何故、奥様と子供がいることを黙っていたのですか?」
真っ直ぐに画家を見つめて言う。
画家は眉を顰めながらも、アリーナから目を逸らさずに返事をした。
「……聞かれなかったから。そもそも、最初はそのような関係ではなかったですし……」
「”そのような関係”に変わりつつあったタイミングで、言おうとは思わなかったのですか?」
「それは……言えなくて……。でも俺も迷っていて……」
一人称が”俺”になったことで、画家が本心を言っているように感じた。
口下手ながらに一生懸命話そうとしている姿に、不本意ながらアリーナはときめいてしまう。
「何を迷っていたのですか?」
「……惹かれていたから……」
アリーナは目を見開く。
「……奥様と子供がいるのに?」
「そう……妻とは冷めきっている。……妻は俺が絵を描くことを反対しているんだ。……子供はまだ小さいから何もわかっていないよ」
アリーナに絵を認めて貰ったことが、応援して貰えたことが、嬉しかったのだろう。
(……それがあなたのきっかけだったのね)
はっきりと”遊びだった”と言われなかったことに、多少なりとも画家側にも気持ちがあったことに、アリーナは少し嬉しい気持ちが芽生えてしまう。
「……私は、あなたに会った瞬間に”この人だ!”って思ったの。”この人を逃したらいけない”って……」
「……気持ちは変わるよ」
「そんなの知らないわ! 人を好きになったのは初めてなんだもの!!!」
アリーナは気付くと泣いていた。
泣きながら、大声を出している。
(これじゃ縋っているみたいだわ……嫌だ、恰好悪い……)
アリーナがハンカチで涙を拭おうとした瞬間、全身が温かいものに包まれた。
大きな体に包まれる感覚に、何故だか安堵を覚える。
「……どうして?」
「今までは君が何も知らない状況だったから、手が出しにくかったんだ。……我慢できずに口づけはしてしまったけれど……」
次の瞬間、アリーナの唇は塞がれる。
「……っ!!!」
アリーナは結果的に、妻子がいることを承知の上で告白をしたことになってしまった。
元々アリーナにはそのようなつもりはなかった。
最期に一回きちんと話して、疑問点を聞き、別れるつもりだった。
終わりにするつもりだった。
しかし、いざ顔を見ると愛しい気持ちが溢れ出してきてしまい、”この人のことが好きだ”と実感しただけだった。
画家が自分に好意を抱いてくれていることを知り、初めての恋が両想いだったことを知り、アリーナは理性がふっ飛んでいた。
自分のことしか考えられなくなっていた。
”奥さんと上手くいっていないなら……。好きになった人がたまたま既婚者だっただけ”
いつの間にか、自分にそう言い聞かせていた。
こうしてアリーナは、後戻りできなくなってしまったのだった……ーーー
何故アリーナをアトリエにいれたのか?
何故アリーナがアトリエにくることを許したのか?
何故キスをしたのか?
アリーナは本当に弄ばれていたのか……?
既婚者が既婚者であることを黙って、アリーナとの距離を詰めてキスまでしたのだ。
十分に許しがたい行為である。
弁解の余地はない。
頭では分かっている。
”遊ばれていた”
ということを。
でも心の片隅で、それを認めたくない自分がどうしてもいた。
そしてそれが、”心の整理”を邪魔しているのだ。
アリーナはそっと窓に近付いた。
そこに画家の姿はなかった。
アリーナの身体は勝手に動く。
図書館を出るとそっと庭を抜けて裏口から出る。
そして慣れた道を行き、気づくといつものように古い建物のドアをノックしていた。
中から顔を出した人物は、アリーナを見下ろして目を見開いている。
「……もう来ないと思っていました」
「……お邪魔しても良いですか?」
画家は黙って道を開けてくれる。
ささっと室内へ入ったアリーナは、後ろでドアが閉まるのを確認して、口を開けた。
「何故、奥様と子供がいることを黙っていたのですか?」
真っ直ぐに画家を見つめて言う。
画家は眉を顰めながらも、アリーナから目を逸らさずに返事をした。
「……聞かれなかったから。そもそも、最初はそのような関係ではなかったですし……」
「”そのような関係”に変わりつつあったタイミングで、言おうとは思わなかったのですか?」
「それは……言えなくて……。でも俺も迷っていて……」
一人称が”俺”になったことで、画家が本心を言っているように感じた。
口下手ながらに一生懸命話そうとしている姿に、不本意ながらアリーナはときめいてしまう。
「何を迷っていたのですか?」
「……惹かれていたから……」
アリーナは目を見開く。
「……奥様と子供がいるのに?」
「そう……妻とは冷めきっている。……妻は俺が絵を描くことを反対しているんだ。……子供はまだ小さいから何もわかっていないよ」
アリーナに絵を認めて貰ったことが、応援して貰えたことが、嬉しかったのだろう。
(……それがあなたのきっかけだったのね)
はっきりと”遊びだった”と言われなかったことに、多少なりとも画家側にも気持ちがあったことに、アリーナは少し嬉しい気持ちが芽生えてしまう。
「……私は、あなたに会った瞬間に”この人だ!”って思ったの。”この人を逃したらいけない”って……」
「……気持ちは変わるよ」
「そんなの知らないわ! 人を好きになったのは初めてなんだもの!!!」
アリーナは気付くと泣いていた。
泣きながら、大声を出している。
(これじゃ縋っているみたいだわ……嫌だ、恰好悪い……)
アリーナがハンカチで涙を拭おうとした瞬間、全身が温かいものに包まれた。
大きな体に包まれる感覚に、何故だか安堵を覚える。
「……どうして?」
「今までは君が何も知らない状況だったから、手が出しにくかったんだ。……我慢できずに口づけはしてしまったけれど……」
次の瞬間、アリーナの唇は塞がれる。
「……っ!!!」
アリーナは結果的に、妻子がいることを承知の上で告白をしたことになってしまった。
元々アリーナにはそのようなつもりはなかった。
最期に一回きちんと話して、疑問点を聞き、別れるつもりだった。
終わりにするつもりだった。
しかし、いざ顔を見ると愛しい気持ちが溢れ出してきてしまい、”この人のことが好きだ”と実感しただけだった。
画家が自分に好意を抱いてくれていることを知り、初めての恋が両想いだったことを知り、アリーナは理性がふっ飛んでいた。
自分のことしか考えられなくなっていた。
”奥さんと上手くいっていないなら……。好きになった人がたまたま既婚者だっただけ”
いつの間にか、自分にそう言い聞かせていた。
こうしてアリーナは、後戻りできなくなってしまったのだった……ーーー
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