14 / 46
14:愛人アリーナ
しおりを挟む
それから二人は、アトリエで週に1回程度会った。
こっそりと、ひっそりと……
アリーナは、2人の関係を決して誰にも言わなかった。
二人の関係を邪魔されたくなかったのだ。
「最近何かありました?」
「ああ……、いや、何もないよ」
画家は明らかに何かを言い掛けて、やめた。
「……ご家族のこと?」
「あ、いや……」
「大丈夫だから、教えて?」
微笑んで言うアリーナに、画家は気まずさを滲ませながら口を開く。
「……娘の誕生日だったんだ……」
「そう。……娘さんは可愛い?」
「……元々子供は好きではないんだ。けれど、自分に似た子を見ると……」
画家はそこで言葉を止めたが、アリーナの心は冷えるばかりだ。
(自分に似た子供は可愛いってことね)
表面では妻子のことなど全く気にしていない風を装い、余裕のある”フリ”をしている。
しかしアリーナは、自分の心の中がどんどん薄暗くなっていくのに最近気づいていた……
秋が過ぎあっという間に冬になった。
最近町中はすっかりクリスマスモードだ。
「画家様、クリスマスはいつもどうやって過ごすの?」
アリーナはずっと”画家様”と呼び続けていた。
間違って変なタイミングで名前を口に出さないように。
また、アリーナは画家が自分のことを”画家である”と認めてもらえることを喜んでいることもわかっていたからだ。
(私はいつからこんなに計算高くなったのかしら?)
最近アリーナは、どんどん自分の新たな一面を発見していた。
自分がこんなに、探りを入れる性格だとは思わなかった。
今まではずっと、真っ直ぐに生きて来たのだ。
自分がこんなに嘘が上手だとは思わなかった。
使用人や家族の目をごまかして画家と会っている事に、罪悪感を抱かなくなっていた。
自分がこんなに、恋にのめり込むとは思っていなかった。
最近は母に仕事を習うこともせず、小説も読まず、ずっと次に画家に会う時のことばかり考えている。
自分がこんなに、嫉妬深いとは思わなかった。
画家に会えない時間、(今頃画家は家族と過ごしているのかもしれない)と心がおかしくなりそうだった。
苦しくて辛くて、ふと、涙が零れた。
胸が締め付けられて、息が止まるのではないかと思った……
「今年はもう会えない」
12月中旬に画家にそう言われた時も、アリーナは笑顔を浮かべていた。
表情は笑顔で、心は泣いている。
最近のアリーナは、心と表情が一致していないことがよくある。
(物わかりの良い子でいないと一緒にいられない)
いつの間にかそう思っていたからだ。
「……どうして?」
意地悪だとわかっていたが、アリーナは質問をしてしまう。
「……っ」
いつも聞き分けのの良いアリーナが、珍しく答えにくい質問をしたことで、画家は困った表情をした。
なぜ今年はもう会えないのかなんてわかってる。
クリスマスに年越しという、家族のイベントで忙しいからだ。
遠回しに、”愛人に使う時間はない”そう言われた気になった。
(私が一番じゃないの?)
最近アリーナは、こうよく思う。
(自分が一番なら、一番だと実感できれば、誰にも言えない恋だって耐えられる)
そう思っていた。
しかし最近は、自分が一番だというように感じないのだ。
「……私のこと好き?」
「好きだよ」
「なら、奥さんと別れて私と一緒になりたいと思ったりすることはないの?」
ありきたりな、陳腐な台詞を言っている自分に驚いた。
(以前呼んだ恋愛小説にあった台詞ね)
頭の中では冷静にそんなことを考えている。
「もちろん思うさ」
意外と即答で、アリーナは心の底からホッとした。
「じゃあ、駆け落ちでもする?」
アリーナは試すように訊いてみる。
「……子供がいるんだ……そう簡単にはいかない。……じゃあ、もう帰らないといけないから」
案にアリーナに部屋から出るように促している。
アリーナは言われた通りに部屋から出ながら、違和感を感じていた。
帰りの馬車の中で、アリーナは違和感の正体に気付く。
(初めて『帰る』と言ったわ……)
画家の戻る場所は、妻と子供のいる場所だということだ。
それはアリーナの心を真っ暗にした……———
こっそりと、ひっそりと……
アリーナは、2人の関係を決して誰にも言わなかった。
二人の関係を邪魔されたくなかったのだ。
「最近何かありました?」
「ああ……、いや、何もないよ」
画家は明らかに何かを言い掛けて、やめた。
「……ご家族のこと?」
「あ、いや……」
「大丈夫だから、教えて?」
微笑んで言うアリーナに、画家は気まずさを滲ませながら口を開く。
「……娘の誕生日だったんだ……」
「そう。……娘さんは可愛い?」
「……元々子供は好きではないんだ。けれど、自分に似た子を見ると……」
画家はそこで言葉を止めたが、アリーナの心は冷えるばかりだ。
(自分に似た子供は可愛いってことね)
表面では妻子のことなど全く気にしていない風を装い、余裕のある”フリ”をしている。
しかしアリーナは、自分の心の中がどんどん薄暗くなっていくのに最近気づいていた……
秋が過ぎあっという間に冬になった。
最近町中はすっかりクリスマスモードだ。
「画家様、クリスマスはいつもどうやって過ごすの?」
アリーナはずっと”画家様”と呼び続けていた。
間違って変なタイミングで名前を口に出さないように。
また、アリーナは画家が自分のことを”画家である”と認めてもらえることを喜んでいることもわかっていたからだ。
(私はいつからこんなに計算高くなったのかしら?)
最近アリーナは、どんどん自分の新たな一面を発見していた。
自分がこんなに、探りを入れる性格だとは思わなかった。
今まではずっと、真っ直ぐに生きて来たのだ。
自分がこんなに嘘が上手だとは思わなかった。
使用人や家族の目をごまかして画家と会っている事に、罪悪感を抱かなくなっていた。
自分がこんなに、恋にのめり込むとは思っていなかった。
最近は母に仕事を習うこともせず、小説も読まず、ずっと次に画家に会う時のことばかり考えている。
自分がこんなに、嫉妬深いとは思わなかった。
画家に会えない時間、(今頃画家は家族と過ごしているのかもしれない)と心がおかしくなりそうだった。
苦しくて辛くて、ふと、涙が零れた。
胸が締め付けられて、息が止まるのではないかと思った……
「今年はもう会えない」
12月中旬に画家にそう言われた時も、アリーナは笑顔を浮かべていた。
表情は笑顔で、心は泣いている。
最近のアリーナは、心と表情が一致していないことがよくある。
(物わかりの良い子でいないと一緒にいられない)
いつの間にかそう思っていたからだ。
「……どうして?」
意地悪だとわかっていたが、アリーナは質問をしてしまう。
「……っ」
いつも聞き分けのの良いアリーナが、珍しく答えにくい質問をしたことで、画家は困った表情をした。
なぜ今年はもう会えないのかなんてわかってる。
クリスマスに年越しという、家族のイベントで忙しいからだ。
遠回しに、”愛人に使う時間はない”そう言われた気になった。
(私が一番じゃないの?)
最近アリーナは、こうよく思う。
(自分が一番なら、一番だと実感できれば、誰にも言えない恋だって耐えられる)
そう思っていた。
しかし最近は、自分が一番だというように感じないのだ。
「……私のこと好き?」
「好きだよ」
「なら、奥さんと別れて私と一緒になりたいと思ったりすることはないの?」
ありきたりな、陳腐な台詞を言っている自分に驚いた。
(以前呼んだ恋愛小説にあった台詞ね)
頭の中では冷静にそんなことを考えている。
「もちろん思うさ」
意外と即答で、アリーナは心の底からホッとした。
「じゃあ、駆け落ちでもする?」
アリーナは試すように訊いてみる。
「……子供がいるんだ……そう簡単にはいかない。……じゃあ、もう帰らないといけないから」
案にアリーナに部屋から出るように促している。
アリーナは言われた通りに部屋から出ながら、違和感を感じていた。
帰りの馬車の中で、アリーナは違和感の正体に気付く。
(初めて『帰る』と言ったわ……)
画家の戻る場所は、妻と子供のいる場所だということだ。
それはアリーナの心を真っ暗にした……———
7
あなたにおすすめの小説
壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~
志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。
政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。
社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。
ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。
ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。
一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。
リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。
ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。
そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。
王家までも巻き込んだその作戦とは……。
他サイトでも掲載中です。
コメントありがとうございます。
タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。
必ず完結させますので、よろしくお願いします。
忘れられたら苦労しない
菅井群青
恋愛
結婚を考えていた彼氏に突然振られ、二年間引きずる女と同じく過去の恋に囚われている男が出会う。
似ている、私たち……
でもそれは全然違った……私なんかより彼の方が心を囚われたままだ。
別れた恋人を忘れられない女と、運命によって引き裂かれ突然亡くなった彼女の思い出の中で生きる男の物語
「……まだいいよ──会えたら……」
「え?」
あなたには忘れらない人が、いますか?──
行動あるのみです!
棗
恋愛
※一部タイトル修正しました。
シェリ・オーンジュ公爵令嬢は、長年の婚約者レーヴが想いを寄せる名高い【聖女】と結ばれる為に身を引く決意をする。
自身の我儘のせいで好きでもない相手と婚約させられていたレーヴの為と思った行動。
これが実は勘違いだと、シェリは知らない。
私との婚約は、選択ミスだったらしい
柚木ゆず
恋愛
※5月23日、ケヴィン編が完結いたしました。明日よりリナス編(第2のざまぁ)が始まり、そちらが完結後、エマとルシアンのお話を投稿させていただきます。
幼馴染のリナスが誰よりも愛しくなった――。リナスと結婚したいから別れてくれ――。
ランドル侯爵家のケヴィン様と婚約をしてから、僅か1週間後の事。彼が突然やってきてそう言い出し、私は呆れ果てて即婚約を解消した。
この人は私との婚約は『選択ミス』だと言っていたし、真の愛を見つけたと言っているから黙っていたけど――。
貴方の幼馴染のリナスは、ものすごく猫を被ってるの。
だから結婚後にとても苦労することになると思うけど、頑張って。
【完結】祈りの果て、君を想う
とっくり
恋愛
華やかな美貌を持つ妹・ミレイア。
静かに咲く野花のような癒しを湛える姉・リリエル。
騎士の青年・ラズは、二人の姉妹の間で揺れる心に気づかぬまま、運命の選択を迫られていく。
そして、修道院に身を置いたリリエルの前に現れたのは、
ひょうひょうとした元軍人の旅人──実は王族の血を引く男・ユリアン。
愛するとは、選ばれることか。選ぶことか。
沈黙と祈りの果てに、誰の想いが届くのか。
運命ではなく、想いで人を愛するとき。
その愛は、誰のもとに届くのか──
※短編から長編に変更いたしました。
【完結】恋が終わる、その隙に
七瀬菜々
恋愛
秋。黄褐色に光るススキの花穂が畦道を彩る頃。
伯爵令嬢クロエ・ロレーヌは5年の婚約期間を経て、名門シルヴェスター公爵家に嫁いだ。
愛しい彼の、弟の妻としてーーー。
あなたを愛する心は珠の中
れもんぴーる
恋愛
侯爵令嬢のアリエルは仲の良い婚約者セドリックと、両親と幸せに暮らしていたが、父の事故死をきっかけに次々と不幸に見舞われる。
母は行方不明、侯爵家は叔父が継承し、セドリックまで留学生と仲良くし、学院の中でも四面楚歌。
アリエルの味方は侍従兼護衛のクロウだけになってしまった。
傷ついた心を癒すために、神秘の国ドラゴナ神国に行くが、そこでアリエルはシャルルという王族に出会い、衝撃の事実を知る。
ドラゴナ神国王家の一族と判明したアリエルだったが、ある事件がきっかけでアリエルのセドリックを想う気持ちは、珠の中に封じ込められた。
記憶を失ったアリエルに縋りつくセドリックだが、アリエルは婚約解消を望む。
アリエルを襲った様々な不幸は偶然なのか?アリエルを大切に思うシャルルとクロウが動き出す。
アリエルは珠に封じられた恋心を忘れたまま新しい恋に向かうのか。それとも恋心を取り戻すのか。
*なろう様、カクヨム様にも投稿を予定しております
不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない
翠月るるな
恋愛
サルコベリア侯爵夫人は、夫の言動に違和感を覚え始める。
始めは夜会での振る舞いからだった。
それがさらに明らかになっていく。
機嫌が悪ければ、それを周りに隠さず察して動いてもらおうとし、愚痴を言ったら同調してもらおうとするのは、まるで子どものよう。
おまけに自分より格下だと思えば強気に出る。
そんな夫から、とある仕事を押し付けられたところ──?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる