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16:後ろめたい想い
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図書館内の他の部屋に通されたアリーナは、ホットミルクを差し出される。
「ミルク……」
ぼそっと呟くアリーナに、スカイは微笑む。
「不満ですか? 子供のように泣き叫んでいらっしゃったので、子供にはホッとミルクが良いかと思ったのですが」
スカイの言い方に嫌味を感じなかったため、アリーナは素直にリラックスさせようとしていることを受け入れることが出来た。
「……いいえ、ありがとうございます。それと窓を割ってしまい、本当に申し訳ありませんでした」
アリーナは座ったまま、深く頭を下げる。
「気付いて貰おうと窓に石を投げつけるのは、小説でよくあるシーンですもんね」
スカイは”ふふっ”と笑う。
(何でこの人は、これほど余裕があるのだろう?)
窓を割られたにも関わらず、一切怒らず優雅な佇まいのスカイに、アリーナは自分が恥ずかしくなる。
「……勿論弁償させていただきます……」
「そんなことよりも、何か用があったのでは?」
アリーナはスカイの家柄のことを全く知らないが、”そんなこと”と言えるあたり裕福なようだ。昨今ガラスは高騰している。
「……あ……えっと……」
実際に用などなく思い付きで来ただけだったため、アリーナは手に持ったマグカップを見て言い淀む。
「用はないのですか?」
「……はい、特に。ただ急に思い付いて、来たくなって……。いなければすぐに帰るつもりでした」
アリーナは仕方がないので素直に言った。
しかし、口にすると何故か恥ずかしさが込み上げて来る。
(用もないのに来るって、意味深かしら……!?)
「ほうっ、思い付きで来て、窓を割った訳ですか」
「うっ……」
(怒ったかしら?)
不安に思ったアリーナは、そっとスカイの顔色を伺う。
しかしそこには、何故か嬉しそうな表情を浮かべるスカイがいた。
「……そのように笑っていらっしゃるお顔は、初めて拝見いたします」
思わず思ったままを言ってしまうと、スカイはすぐに”ばっ”と片手で口元を覆った。
「……気のせいです」
そして誤魔化すように、コーヒーを一口啜る。
「……まあ、アリーナ様ならいつでも大歓迎ですよ」
そっぽを向いたまま、しかしハッキリとスカイはそう言った。
「……そんなふうに言って貰えて嬉しいです。……少し、孤独を感じていたので」
物寂しそうにそう言うアリーナに、真顔に戻ったスカイは言う。
「イベントは予定の無い者には、少し寂しく感じてしまいますね……」
意外な共感の言葉に、アリーナは少し心が温かくなった。
「……スカイ様、失礼でなければご家族は?」
「いますよ。ただ、私以外は配偶者や子供がいるので、各々で過ごしているでしょう。明日親族で集まってパーティーをするので、私は今日は用事がないのですよ」
意外としっかり説明をしてくれて驚いていると、ニッコリ笑って質問を返してくれる。
「アリーナ様は?」
「あ……父はもう何年も愛人と過ごしているのでイベント時に家に寄ることはありません。今までは母と過ごしていたのですが、今年は……母にも屋敷内に相手がいると知ったので、その方との時間をと思い……」
「随分と聞き分けの良い、気の利くお嬢様ですね」
顔色一つ変えないスカイに、アリーナは申し訳ない気持ちになる。
「せっかくのクリスマスイブなのに、暗い話をしてしまってすみません」
「いいえ、毎年一人なので、今年はアリーナ様と一緒に過ごせて嬉しいですよ」
その言葉に、アリーナは何故だか再び涙が込み上げて来る。
「……すっかり涙腺が壊れてしまっていますね」
「……うっ……ぐすっ……すみません……」
最近のアリーナは、自分が邪魔者なのではないかと思っていた。
画家家族の”邪魔者”だと。
単純に、アリーナと一緒で嬉しいと言って貰えたことが嬉しくて堪らなかった。
そして再び、罪悪感が押し寄せて来る。
「……何か悩みがおありですか? 最近も図書館にいらっしゃらないし、心配していました。だから、来てくれて本当に嬉しいです」
「……ありがとうございます。想いを正直に口に出来て、スカイ様は素敵な方ですね」
アリーナの本心だった。
最近のアリーナは、言葉を飲み込んでばかりだ。
「……違ったらすみません。……まだ、画家と会っているのですか?」
スカイの言葉に、アリーナは目を見開きスカイを見た。
スカイもジッとアリーナを見ている。
スカイは、返事がないのを肯定ととったようだ。
「……人に堂々と言えないのは、後ろめたいことをしているからですね」
アリーナはグサッと胸に刺さるものを感じる。
「婚外恋愛は、麻薬のようなものだと……。いけないことだとわかっていてもやめられないと聞きます」
アリーナはスカイの目を見ていられず、視線をスカイの足元に落とした。
「……ただ一つだけ、言わせてください」
アリーナはスカイのピカピカに磨き上げられた革靴を見ながら、聞く。
「今のアリーナ様は、幸せそうに見えません」
「ミルク……」
ぼそっと呟くアリーナに、スカイは微笑む。
「不満ですか? 子供のように泣き叫んでいらっしゃったので、子供にはホッとミルクが良いかと思ったのですが」
スカイの言い方に嫌味を感じなかったため、アリーナは素直にリラックスさせようとしていることを受け入れることが出来た。
「……いいえ、ありがとうございます。それと窓を割ってしまい、本当に申し訳ありませんでした」
アリーナは座ったまま、深く頭を下げる。
「気付いて貰おうと窓に石を投げつけるのは、小説でよくあるシーンですもんね」
スカイは”ふふっ”と笑う。
(何でこの人は、これほど余裕があるのだろう?)
窓を割られたにも関わらず、一切怒らず優雅な佇まいのスカイに、アリーナは自分が恥ずかしくなる。
「……勿論弁償させていただきます……」
「そんなことよりも、何か用があったのでは?」
アリーナはスカイの家柄のことを全く知らないが、”そんなこと”と言えるあたり裕福なようだ。昨今ガラスは高騰している。
「……あ……えっと……」
実際に用などなく思い付きで来ただけだったため、アリーナは手に持ったマグカップを見て言い淀む。
「用はないのですか?」
「……はい、特に。ただ急に思い付いて、来たくなって……。いなければすぐに帰るつもりでした」
アリーナは仕方がないので素直に言った。
しかし、口にすると何故か恥ずかしさが込み上げて来る。
(用もないのに来るって、意味深かしら……!?)
「ほうっ、思い付きで来て、窓を割った訳ですか」
「うっ……」
(怒ったかしら?)
不安に思ったアリーナは、そっとスカイの顔色を伺う。
しかしそこには、何故か嬉しそうな表情を浮かべるスカイがいた。
「……そのように笑っていらっしゃるお顔は、初めて拝見いたします」
思わず思ったままを言ってしまうと、スカイはすぐに”ばっ”と片手で口元を覆った。
「……気のせいです」
そして誤魔化すように、コーヒーを一口啜る。
「……まあ、アリーナ様ならいつでも大歓迎ですよ」
そっぽを向いたまま、しかしハッキリとスカイはそう言った。
「……そんなふうに言って貰えて嬉しいです。……少し、孤独を感じていたので」
物寂しそうにそう言うアリーナに、真顔に戻ったスカイは言う。
「イベントは予定の無い者には、少し寂しく感じてしまいますね……」
意外な共感の言葉に、アリーナは少し心が温かくなった。
「……スカイ様、失礼でなければご家族は?」
「いますよ。ただ、私以外は配偶者や子供がいるので、各々で過ごしているでしょう。明日親族で集まってパーティーをするので、私は今日は用事がないのですよ」
意外としっかり説明をしてくれて驚いていると、ニッコリ笑って質問を返してくれる。
「アリーナ様は?」
「あ……父はもう何年も愛人と過ごしているのでイベント時に家に寄ることはありません。今までは母と過ごしていたのですが、今年は……母にも屋敷内に相手がいると知ったので、その方との時間をと思い……」
「随分と聞き分けの良い、気の利くお嬢様ですね」
顔色一つ変えないスカイに、アリーナは申し訳ない気持ちになる。
「せっかくのクリスマスイブなのに、暗い話をしてしまってすみません」
「いいえ、毎年一人なので、今年はアリーナ様と一緒に過ごせて嬉しいですよ」
その言葉に、アリーナは何故だか再び涙が込み上げて来る。
「……すっかり涙腺が壊れてしまっていますね」
「……うっ……ぐすっ……すみません……」
最近のアリーナは、自分が邪魔者なのではないかと思っていた。
画家家族の”邪魔者”だと。
単純に、アリーナと一緒で嬉しいと言って貰えたことが嬉しくて堪らなかった。
そして再び、罪悪感が押し寄せて来る。
「……何か悩みがおありですか? 最近も図書館にいらっしゃらないし、心配していました。だから、来てくれて本当に嬉しいです」
「……ありがとうございます。想いを正直に口に出来て、スカイ様は素敵な方ですね」
アリーナの本心だった。
最近のアリーナは、言葉を飲み込んでばかりだ。
「……違ったらすみません。……まだ、画家と会っているのですか?」
スカイの言葉に、アリーナは目を見開きスカイを見た。
スカイもジッとアリーナを見ている。
スカイは、返事がないのを肯定ととったようだ。
「……人に堂々と言えないのは、後ろめたいことをしているからですね」
アリーナはグサッと胸に刺さるものを感じる。
「婚外恋愛は、麻薬のようなものだと……。いけないことだとわかっていてもやめられないと聞きます」
アリーナはスカイの目を見ていられず、視線をスカイの足元に落とした。
「……ただ一つだけ、言わせてください」
アリーナはスカイのピカピカに磨き上げられた革靴を見ながら、聞く。
「今のアリーナ様は、幸せそうに見えません」
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