背徳の恋のあとで

ひかり芽衣

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19:信用できない

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1月最終日、アリーナは閉館後の図書館へ行った。

「閉館後に、どうされましたか?」

スカイは微笑んで、閉館後の図書館にアリーナを迎え入れてくれた。

「請求書をいただきに参りました」

「次に本を返却に来て下さった時でよかったのに」

「ここの図書館の開館日は週2日のみなので、都合が合わなかったのです。早くお金を支払ってすっきりしたかったので……」

「それはそれはわざわざ……少々お待ちくださいませ」

そう言うとスカイは静かに立ち去った。

(綺麗な後ろ姿ね)

農業もしている画家ほどではないが、ほどよい筋肉をスーツの下に感じる。
画家の分厚い胸板や広い肩幅を思い出し、アリーナは自分に溜め息をつく。

本当は、図書館になかなか来られなかったのは、都合がつかなかったからではなかった。
画家のことでもやもやしていたため、何となくスカイに会いに来にくかったのだ。
しかし今日のアリーナは、画家の指定日を明日に控え、冷静になるためにもスカイに会いたいと思ったのだ。

「何か悩み事ですか?」

戻って来たスカイは、一枚の紙を持っている。

「……いいえ。何故ここの図書館は週2日しか開かないのだろう?と考えていました」

「ああ、私は他に本職があるため、週2日しかここを開けられないだけです」

「えっ!?」

驚くアリーナにお構いなしに、スカイは淡々と続ける。

「この図書館は、私の私物なのです」

「へっ!???」

モヤモヤする心を誤魔化すように適当に言ったことで、アリーナは驚きの事実を知った。

「ど、どういうことですか!?」

(この大きな図書館って国の物ではなかったの!?)

アリーナはプチパニックだ。

「まあ、細かいことはいずれ……。こちらが請求書になります」

驚きがおさまらない表情で、反射的に受け取った紙に書かれている金額を見て、アリーナは目を見開く。

「安すぎます!!!」

「知人に安くして貰ったのです。お気になさらないで下さい」

「気にします!!!」

予想していた額の半分にも満たないのだ。
いくら懇意にしてる店に安くしてもらったと言っても、安すぎる。

「……どうか、遠慮なく請求なさって下さい。……払えますから……」

アリーナの母が上手く領地経営を行っており、更に誰も贅沢もしていないため、本当に金には困っていない。
時折持って行かれる父親の金が、唯一の無駄遣いだ。

「では、こうしませんか? 一度私と食事をして下さい」

「えっ?」

「金には困っていないので、弁償していただくよりも食事を共にして貰う方が嬉しいのです」

「……」

微笑みながら、控えめに、少し不安そうな様子も隠しきれずに言うスカイを見て、アリーナは何故か少し胸が痛んだ。
脳裏に画家が浮かんだからだ。

画家の言っていた日は明日だ。
本当に約束の場所に来るだろうか?
本当に妻と子を捨てられるのだろうか?
アリーナは半信半疑だった。

しかし、最後の画家は少し様子が違った。
去ろうとされたから、急に惜しくなったのかもしれない。
ただの執着だろう。
画家として売れず、絵を描くことを妻に認められない日々。
そんな中で現れたアリーナは、画家にとって明るい光だったのかもしれない。

アリーナは、『画家が画家の家族との生活を円滑に行うために自分がいるのではないか』と、思っていた。

誰だって認められたら嬉しい。
アリーナは、画家を否定することなく認め、絵を賛美し、彼の自己肯定感を高め続けていた。

その存在を失うことを、急に惜しくなってもおかしくはない。

(一時の気の迷いだわ。どうか行動に移さないで欲しい……)

アリーナは、心の底からそう思っていた。
人には大っぴらに言えないことをやめ、真っ当な道に戻ろうとしているのだ。
もう自分には関わらないで欲しかった。
自分のことは忘れ、前に進んで欲しかった。

そりゃ、画家と駆け落ちする未来を全く想像しなかった訳ではない。
しかしそこに、どうしても幸せな自分の姿を想像することは出来なかった。



「……スカイ様、私は今も幸せそうには見えませんか?」

質問に対する返事のない"間"に、微笑みが消えていたスカイは、急な質問に少し驚いた顔をした。

「……そうですね。幸せだったら、今日この時間に来なかったのではありませんか? 何か心にモヤがかかっているのでしょう?」

苦笑いに近い微笑みでそう言うスカイに、アリーナは何故か熱いものが込み上げて来た。

「……私は何て幸せなのでしょうか? 皆まで言わずに、これほどまでに私のことをわかってくれる人がいる……」

それがとれだけ心強いことか知っているからこそ、アリーナがスカイに救われたからこそ、画家の気持ちもわかった。
放っておけない気持ちもある。

しかしどう考えても、画家との幸せな未来は考えられない。
一度家族を裏切った男を、アリーナは心の底から信用出来る日は一生来ないだろう。

「スカイ様は魔法使いですか?」

「ははっ。残念ながら違います。普通のただの人間なので、食事に行っては下さいませんか?」

少し苦笑いを浮かべてもう一度誘うスカイに、食事の誘いに対する返事をしていなかったこと思い出すと同時に、今度は暖かいものが胸いっぱいに広がるのを感じる。

「はい、喜んで」

満面の笑顔でそう言うアリーナに、スカイも今までで1番の笑顔を見せてくれたのだった。














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