ねえ、君、死ぬ前に私と将棋しようよ

takemot

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第三章 僕の知らない死神さん

第34話 それなら、聞かない

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「えっと、落ち着いた?」

「ごめんなさい。取り乱し過ぎました」

 僕は、死神さんに勢いよく頭を下げました。恥ずかしすぎて、顔から火が出そう。といいますか、実際に出てるんじゃないですか? 今すぐにでも氷水をかけて顔を冷ましたい気分です。

「私、君が大笑いするようなこと言ったつもりはないんだけどなあ」

「ま、まあ、いろいろありまして」

「それ、詳しく聞いてもいいやつだったりする?」

「……聞かないでもらえるとありがたいです」

 聞かれてしまうと、お母さんとどんな話をしたかというところまで説明しないといけません。将棋を始める前、死神さんを混乱させないようにと、お母さんとの話について誤魔化した意味がなくなってしまいます。

 まあ単に、恥ずかしかったからというのもありますが。だって、答えられるわけないじゃないですか。『これからも死神さんの大切な人でいられると思ったから』なんて。言ってしまえば、顔から火どころの騒ぎじゃなくなってしまいますよ。

 じっと僕を見つめる死神さん。思わず吸い込まれてしまいそうなほど綺麗な赤い瞳。そこに映る僕は、一体どんな表情をしているのでしょうか。

 しばらくの間続いた沈黙。それを破るように、死神さんはこう告げます。

「そっか。それなら、聞かない」

 死神さんの顔には、優しい笑みが浮かんでいました。



♦♦♦



「うーん。生姜焼き弁当かチキン南蛮弁当……むむむ。どっちもおいしそうすぎるよー」

「死神さん、決まりました?」

「ちょ、ちょっと待ってて。決める。すぐ決めるから」

 僕たちは、晩御飯を買うため近くのコンビニに来ていました。本当ならすぐに帰宅して食事を終わらせ、二局目の将棋を始めるつもりでした。ですが先ほどから、死神さんが弁当売り場から動いてくれません。本人曰く、「この後の対局で勝つために、ちゃんとした将棋飯を選ばないと!」らしいです。プロの対局に影響されたのでしょうか。最近では、プロが昼食休憩で何を食べたのかが注目されることも多いですからね。そういえば、食事をテーマにした将棋漫画をネットで見たことがあるような。タイトルは忘れてしまいましたが。

「どっちも捨てがたいなあ。このコンビニの生姜焼き、おいしいって聞くんだよね。けど、タルタルソースも食べたい気分だし。タルタリストとして」

 あ、これ、放置してたらダメなやつですね。あと、タルタリストなんて単語初めて聞いたんですけど。

「はあ。そんなに迷うなら、いっそのこと二つ買って、僕と半分ずつ食べますか?」

 小さくため息を漏らしながらそう提案してみる僕。すると、死神さんの顔が勢いよくこちらに向けられました。注がれたのは、おもちゃをもらった子供のようなキラキラとした視線。

「天才! 君、天才すぎるよ!」

「ハハハ」

 どうして乾いた笑いが出てしまうのでしょう。答えは明白。

「『呆れる』ってこういう時に使う言葉なんでしょうね」

「ん? 君、今何か言った?」

「いえ、何にも言ってないですよ」

「そっか。よーし。早く帰ってご飯食べた後は将棋だね。次は負けないよ! お肉パワーだー!」

 二つのお弁当を手に取り、死神さんはレジに向かって歩き始めます。白銀色の髪がフリフリと揺れるその背中を見つめながら、僕は、自分の口角が自然と上がっていくのを感じていました。

 これから、僕は死神さんとどれだけ将棋を指すことができるでしょうか。どれだけ一緒にいられるでしょうか。今はまだ分かりません。でも……。

「あ、君」

「何ですか?」

「ちょーっと提案なんだけどさ。せっかくだしお高めのデザート欲しいなー、なんて」

「…………」

「…………」

「……はあ。いいですよ」

「やった!」

 僕は望むのです。大切な人が傍で笑っているこの時間が、少しでも長く続くようにと。
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