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コヨタ

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第23話 造られた私たち

第23話・1 今夜は一緒にいて

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 夜。月明かりは無く冷たい蛍光灯の光だけが無機質に照らす空間。
 血の匂いが混ざるここは、Z.EUSゼウスの研究施設。

 広大な研究棟の一室。
 ゆっくりと扉が開けられ、「ただいまぁ~」と呑気な声を出しながらジキルが入室する。
 室内には既に、銀髪の男──スカルの姿があった。ただただ、静かに、無機質にその場に佇んでいる。

「……お帰りなさいませ」

 いつもと同じ、平坦で抑揚の無い声。だが、その金の瞳は氷のように鋭く光っている。

「……?」

 その瞳に映るジキルの姿。細身の体を包む服には血が滲み、腹の位置は裂けるように破けていた。

「……ッ、ジキル様……!」

「ちょっと遊びすぎちゃってさ」

 ジキルは笑って見せたが、口元が歪む。
 痛みからの歪みではない。かつての親友──リョウラとの戦いの余韻が、まだ体の芯に残っていた。

「…………」

 無言のまま歩み寄るスカル。
 そして──静かに言葉を放った。

「誰に、やられたのですか」

「ん~……お前の

 さらりと投げられたその一言に、空気が変わる。

「……ッ…………!」

 スカルの眉がほんの僅かに動き、目が少しだけ見開かれた。まるで心を失ったようなこの男が感情の揺れを見せるのは、極めて珍しい。

「…………っ……西城、リョウラ……ですか」

「そうそう。当時のまんまだったよ。強かったァ~」

「…………」

「ねえスカル、お前さ……彼のことどう思ってる?」

 ジキルは軽くそう問いかける。冗談のような軽さだった。

 だが──。

「……憎んで、います」

 返すスカルの声は、極めて冷たかった。
 静かに、淡々と、しかし確実に冷たい怒気を孕んでいる。

「……名家という名の影に隠れ、何も知らずに俺と俺の家族を崩壊させた家。その当主……いや、当主」

「うんうん」

「そして今や貴方を傷つけた者……。俺の叔父である必要などありません」

 金の瞳が、僅かに血走っていた。

「次は、俺が始末します。必ず」

「……フフ……」

 嬉しそうに微笑むジキル。

「うん。いいね……お前のそういうとこ、大好きだよ。ほんと忠実。やっぱり、選んでよかったなァ……」

 負傷しているとはいえ、とくに痛みを感じている様子もよろけている素振りも無いジキルの肩に、スカルは手を置いていた。

「……おや」

「…………っ……」

 支えるようなその手には、僅かな震え。

 怒りか、焦りか。

 それとも──。

「……手当てを」

「大丈夫だよ~。全然痛くないし全然死なない。オレ、しぶといからさ」

「ではなぜ……していないのですか、この傷は」

「お前を驚かせたかったから」

 ジキルは笑って、肩に置かれていたスカルの手を軽く払う。

 ──だがスカルは、低く、確かに告げた。

「……あの男を許す気はありません。……そして、その家に関わる全ての者も」

 それは、アシュラもラショウも──。

 そして、西城家に居場所を見出したリルとレイラまでも含んでいた。

(……だが、真っ先に殺すのは西城の人間……。あのふたりはその後でいい)

「…………んん?」

 ジキルの笑みが一瞬だけ歪む。

「お前、ちょっと怒ってる?」

「……怒りなど……ありません。あるのは、任務の遂行意思。それだけです」

 冷徹な声。
 だが──確実に今、スカルの中に怒りが芽生えていた。

 そんなスカルを見て、喉の奥で笑うジキル。

「じゃあ、オレはしばらく休もうかな。散歩ばっかりして疲れちゃった。その間に、準備しててよ」

「…………復讐……」

「うん。オレも……少しだけ……楽しみにしてるから」

 そして開きっぱなしだった腹の傷を瞬時に再生させ、ジキルは退室していった。

「…………」

 部屋の扉が閉じられたあと、スカルはその場に残されたまま、そして無表情のまま──。

 ただ、静かに拳を握りしめている。

(西城家……)

(……西城……)

 スカルの脳裏に浮かぶのは、幼い頃に見た、あの完璧な一族の姿。

「…………必ず、壊す…………」

 その呟きは、誰に向けたものかもわからないほど静かで──。

 しかし確かに、殺意を含んでいた。


 ◇

 ──同じ頃。
 龍調査機関・医療棟の静まり返った廊下の奥。

 レイラの病室には明かりが灯っていた。
 消灯時間をとうに過ぎても、この部屋だけが微かに明るい。

「…………」

 レイラはベッドの上で、ただ天井を見つめていた。

 瞳は乾いているのに、心は張り詰めている。

(……やっぱり、眠れない)

 呼吸を整えようとする度に、胸の奥がぎゅっと苦しくなる。
 目を閉じると、あの赤い瞳が、あの声が、すぐそこにあるかのように浮かんでしまう。

 ベッドの傍の椅子には、白衣を羽織ったままセセラが座っていた。
 腕を組み、背もたれにだらりと寄りかかって目を閉じている。眠っているようにも見えるが──。

「……薊野さん」

 か細く呼びかけるレイラの声に、セセラの肩がぴくりと動く。

「……寝たフリくらいさせてくれや」

「……っ、ごめん」

「何だよ謝るな。……どうした」

「…………」

  少し迷ってから、レイラは小さく呟いた。

「……薊野さん、今夜は……ずっとここにいて」

 セセラはそこで目を開けて、レイラをじっと見る。

「……独りだと、怖い。どうしても……眠ることができない。嫌なことばっかり考えちゃう……」

 その声は震えてはいない。
 だが、押し殺された不安が、はっきりと滲んでいた。

「……ワガママ、だよね……」

「…………」

 セセラは小さく息をつくと──。

「……ったく……、そう言うと思ったぜ。ほら、俺、優しいから」

 椅子の上で腰を伸ばし、やや悪戯っぽい顔つきになる。

「お兄さんが、添い寝してやろうかあ?」

「……こっ、子供扱いしないで」

 レイラはそっぽを向いたが、その表情には拒絶の色は無かった。
 むしろ──ほんの僅かに、安堵が混ざっていた。

 ニヤニヤと口元を歪めるセセラ。

「『夜眠れない』、『ずっとここにいろ』って言ってる奴のどこが子供じゃねえんだよ」

「……っ」

「……ま、安心しな。俺寝相めっちゃいいから。お前のこと蹴飛ばしたりしねえよ。脚なげえけどな、俺」

 ──くだらない冗談のつもりだった。

 だが、レイラは黙ったまま、じっとセセラを見つめ返している。

 その赤い瞳が、ただ静かに。
 を訴えていた。

「…………」
 
「…………」

 ……無言のまま。
 けれど、明らかに。

「………………マジ?」

 セセラの冗談めいた笑みが、僅かに止まる。

「…………」

 ほんの数秒の沈黙のあと、セセラは立ち上がった。
 両腕を上げながら伸びをし、小さく呻く。

「……はぁ、わかったよ……」

 そして、眉を顰めてボソッと呟いた。

「医療班に見られたら、お前のせいにするからな」

「……!」

 くすっと笑うレイラ。
 声は出さなかったが、唇だけで「うん」と答えた。

「…………」

 セセラは白衣を脱いで畳み、頭の位置になる所に枕代わりに置く。
 横になっているレイラの左側にそっと腰を下ろし、布団の端を少し持ち上げた。

 そのまま隣に体を横たえる。

 距離は空けている。だが、確かに隣にいるということが重要だった。

「…………はあ…………」

(……想像以上だな。こいつ……)

 セセラは天井を見上げながら、小さく息を吐く。

(レイラ……思ったより、ずっと深く傷ついてる)

 夜の静けさが、ふたりの呼吸の音だけを包んでいた。

 しばらくして──。

「…………」

 レイラの目がようやくゆっくりと閉じられる。

 その横でセセラは目を閉じながら、静かに守り続ける構えを崩さなかった。

 ──それから、どれくらい経っただろうか。

 レイラは、深く眠っていた。

 荒れていた呼吸も、眉間の緊張も、今はすっかりほどけている。
 体をほんの少し丸めて、枕に頬を寄せたその姿は、年相応の少女らしく見えた。

 隣ではセセラが目を閉じたまま、呼吸を静かに整えていた。

 眼鏡は外しておらず完全には眠っていない。
 いつもの、浅い眠り。

 それでも、レイラの気配が落ち着いたことは、何よりの安堵だった。

「…………」

(……ガキのくせに馬鹿みてえに張り詰めて、我慢して……)

(……そりゃ、壊れもする)

 頭の奥で、どこか刺すような感情が疼く。

 いつもなら冗談で誤魔化すようなことも、今夜ばかりは簡単に笑えなかった。

 ジキルの存在。
 レイラの腕を砕いた男。
 
 少女の心に走ったものの大きさは、セセラの想像を遥かに超えていた。

(……あんま心配すんなよ。俺がついてる)

(……なんて言葉……軽すぎるな)

 だけど。

(……それでも、お前がいろって言うならいるからな。絶対に独りにはさせねえ)

 そう思いながら、ようやく眼鏡を外してサイドテーブルへ置き、小さく寝返りを打つ。

 ほんの少しだけ、レイラとの距離が縮まった。
 それでもギリギリ触れない、絶妙な距離感。

 レイラにとっての安心と孤独の間。
 その境目に、セセラは静かに寄り添っていた。

「…………」

 ──ゆっくりと、夜が明けていく。

 カーテン越しの薄明かりが、部屋の空気を淡く染め始めた。

 その光の中、レイラは瞼を僅かに動かし、うっすらと目を開ける。
 ぼんやりと視界に入ったのは、隣で静かに眠るセセラの姿。

「……!」

 レイラは一瞬驚いたが、すぐに目元がふっと緩む。

「……寝て……る……」

 小さな声でそう呟くと、レイラはもう一度、目を閉じた。

 先程までの夜より、少しだけ心が軽くなっている気がした。

 彼は、ちゃんと約束を守ってくれた。

「…………」

 そして、レイラはもう一度、静かに眠りへと落ちていく。


 ◇


 朝の光が、龍調査機関の建物全体に射し込み始めていた。

 廊下をゆっくりと行き交う職員たちの足音、機器の起動音。
 ほんの数日前までは異形との激闘の爪痕が緊張を支配していたが、今は少しずつ日常が戻りつつある。

 医療棟の一室。
 その静かな病室で、レイラは二度寝から目を覚ました。

「……ん……」

(もう朝……?)

 光の中で、カーテンの隙間から見えた空は青く晴れていた。
 レイラのすぐ隣には、まだ寝息を立てているセセラがいる。

(……まだ……寝てる)

 昨夜、添い寝を申し出て、本当にずっと隣にいてくれた。

 普段ならもう起きている時間だろうが、セセラもまた何か張り詰めていたものがあったのか──すっかりと眠り込んでしまっている。

(……こんな顔して寝るんだ)

 レイラは右腕を気にしながらそっと起き上がった。
 室内の洗面スペースに移動し歯磨きと洗顔を軽く済ませ、水をひとくち飲む。

(……ちょっと、スッキリした)

 まだ痛む腕に手を添えながら、ゆっくりと息を吸った。

(もう、怖くない……って言えるほど、強くはなれてないけど)

 でも、昨日よりは少しだけ、自分を立て直せそうな気がしていた。

「……おはよう、薊野さん」

 ぽそっと声をかけながら肩をトントンとやると、「ん゙……」とセセラは目を開けた。

 目を開けても、眼鏡の無いその視界には何も映さない。
 再び目を閉じると「う……」と眉間に皺を寄せた。

「……あ~……、あ……? ……いっっっっっった……! 体バッキバキだし、枕代わりの白衣はたぶんヨレヨレだし、寝返りもあんまり打てなかったし……」

「……ふふっ……」

「笑うな。……お前が『怖いから一緒に寝てくれ』なんてガキみてえなこと言うからだろーが」

「……ありがと。助かった」

 微笑みながらレイラは、セセラに静かに礼を告げる。

 セセラはしばらく無言で横になっていたが、やがてゆっくりと目を閉じたまま起き上がり──。

「……いいって。俺も、お前のそういうとこ見れたの、悪くなかったしな」

 と言って、「眼鏡取ってくれ」とレイラに頼む。
 伸ばした手に眼鏡を置かれると、すぐさまそれをかけて時計の確認。

「……さて、そろそろ医療班が朝のチェックに来る時間だろ。俺がベッドにいるの見られたら誤解されんのはこっちだからよ。今のうちに離れ──」

 言い終える前に、ノックの音が聞こえた。

「おはようございます紫苑さん、朝の回診です。失礼しま……って、あっ、薊野さん!?」

「あ゙! ちげぇ! 違う違う! これはその、昨日……その、介抱というか、付き添いというか……!」

「まあ……! あらあらあら……!」

 と思わず口元に手を添える医療班の女性職員。

 小さく吹き出すレイラ。
 その笑顔は、ごく僅かに、いつもの強さを取り戻していた。



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