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コヨタ

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第7話 眠りの中で

第7話・4 セセラの焦燥

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 ──朝の光が射し込む、龍調査機関。

 レイラは、まだ目を覚まさない。
 しかし、いつもと何かが違った。

「……っ、……う、……あ……」

 薄く開いた唇から、掠れた声が漏れる。
 閉じられたままの瞼が、微かに震える。

 その様子は医療班の職員の目に入っていた。

(……苦しんでる……!?)

 額には玉のような汗。
 シーツの上に投げ出された手は、時折震えるように動いていた。

 モニターには、異常な生体反応が映し出されている。
 呼吸数は上昇。体温は高熱。脈拍も不安定。

「…………!」

 ──容態が急変していた。

 それでも、命には関わっていない。
 だが、その原因は不明。

 ただ、“何か”がレイラの意識下で起こっているのは、間違いなかった。

「薊野さん! レイラちゃんの様子が……!」

 職員の呼びかけに、別フロアにいたセセラが振り返る。

 ファイルを手にしていた手が止まった。

「……え……?」

 すぐに駆け出し、医療棟へと急行する。

 病室の扉が開かれ、ベッドの上のレイラの姿を目にした瞬間──。

「……レイラ……!」

 その体は、苦しげにのたうつように動いていた。
 呼吸は荒く、体は火照ったように赤みを帯びている。

「間違いねえ、こいつの中で……何かが起きてる……!」

 セセラはすぐさま指示を飛ばした。

「ICUに移せ! 機材の転送準備も急げ! ……今すぐだ!!」


 ◇


 同時刻。西城家本邸。
 その朝の屋敷は、驚くほどに静かだった。

 昨夜の音楽の余韻がまだ残っているかのように──空気は穏やかで、澄んでいた。

 朝食の準備をしているラショウ。
 アシュラは新聞をめくりながら、何気なく呟く。

「……なあ、ラショウ……。リル、起きてこなさすぎじゃないか?」

 その一言に、カップを持つラショウの手がぴたりと止まった。

「……え」

 思い返す。昨夜、あれほど眠れなかったリルが、今になっても……音のひとつも、聞こえない。

「……ま、まさか……」

 ラショウの顔が見る見るうちに青ざめていく。

「兄様、ごめんなさい……!」

 いてもたってもいられず、ラショウはエプロンを外し、2階へ駆け上がった。

「リルくん、起きてる──!?」

 ノックをしながら声をかける。
 返事は、無い。

「リルくんっ! ごめんね、開けるよ!」

 ドアノブに手をかけ、扉を開いた。

 ──そこにあったのは、信じられない光景だった。

「……あ……っ!?」

 ベッドの傍、床に崩れ落ちるように倒れているリルの姿。

 ぐったりと丸まるような体勢。
 全身が汗に濡れて、息も荒い。

 ラショウは駆け寄って、肩を揺さぶった。

「リルくん……っ! リルくん、大丈夫っ!? しっかりして!!」

(あつッ……!?)

 触れた体は、驚くほど熱かった。
 まるで、火が灯ったような熱。

 昨日までの、あの穏やかな時間が──。
 一瞬で崩れ落ちた。


 ◇


 ──ざわめき。

 レイラの耳へどこからともなく声がする。
 冷たい、酷薄な、刺すような声。

『お前はあの日、すぐに戦闘不能になった』

『弱すぎる』

『役に立たない』

 耳を塞いでも、その声は止まらない。

 ──レイラは闇の中にいた。

 全身が鉛のように重い。
 立っていられず、ただ膝を抱えて蹲っていた。

「……やめて……」

 震える声。
 だが、その声すら掻き消すように、更に言葉が降ってくる。

『無能』

『足手まとい』

『龍に選ばれたくせに』

「っ……違う……っ、私は……っ」

 何かを否定したくて、でも、できなかった。

 そして──閉じられた左目の奥が、熱く疼く。

 その瞼の隙間から、まるで霧のようなが漏れ出していた。

 蒼白く淡い光。
 それは現実の世界へも──静かに、確かに侵食し始めていた。


 ◇


 龍調査機関・集中治療室ICU──。

「……体温上昇、急激な発汗、脳波異常、瞳孔反応も確認不能……!」

 ICU内は、緊迫していた。

 レイラはベッドの上で呻き声を上げ、全身を震わせている。
 顔色は悪く、額には汗が滲んでいた。

 そして、その左目──瞼の隙間から、明らかなの蒼白い煙が漏れていた。

「……これは、完全に霊的反応だ。夢見てるとか、そんなんじゃねえ……!」

 セセラは顔をしかめながら、必死にデータを確認する。

「また精神干渉系の……めんどくせえ奴か……!?」

 そのとき。

 ──ピピッ……

 通信端末が鳴り響く。

 セセラがすぐに応答すると、画面に現れたのは──アシュラだった。

『薊野さん! リルが……!!』

 その声はいつも冷静なアシュラとは思えないほどに、焦っている。

「……リル……!?」

 即座に反応するセセラ。

『朝、倒れていたんです。発熱、発汗、呼吸異常、……体の一部が龍化していました。しかも……意識はあるはずなのに、反応が薄くて……っ』

「……嘘だろ……ッ……」

 セセラは一瞬、レイラを見やった。

 左目から漏れ出す霊体。

 そして、アシュラの報告。

(……まさか……)

「精神系じゃねえ……!!」

 セセラは顔を上げ、すぐに駆け出した。

「……ふたりの“龍”に作用してる……“何か”がいる……!!」

 職員たちが驚くのも構わず、セセラはモニター室へ走り出す。

「解析班ッ!! 今すぐ全領域の霊的干渉データを再確認しろ!! 発信源、兆候、異常反応ッ、なんでもいい! 探せッ!!」

 額に青筋を立てて叫ぶセセラ。
 怒声にも聞こえたその声に、現場に一気に緊張が走った。

 “見えない敵”が動いている──それも、今この瞬間に。

 そして、それはレイラとリルを同時に蝕もうとしていた。


 ◇


 ──龍調査機関入口。

 重厚な自動ドアが開いた瞬間、アシュラは全速力でエントランスロビーに駆け込んできた。
 その腕には、汗と血に濡れたリルの体。

 後ろからはラショウが、息を切らせながらついてくる。

「リルくん……もう少し……もう少しだから……!」

 そしてエントランスロビーに姿を見せたのは、シエリだった。その背後には、完全武装の救護班が待機している。

「リル! リル、聞こえるか!! シエリちゃん先生だ! わかるか!?」

 急いで駆け寄り、声をかけながら顔を覗き込むシエリ。
 リルは反応しない──。
 ただ、苦痛の声を漏らしていた。

「……う、ぁ…………いてえ…………ッ…………」

 その腕には、黒く硬質な鱗のようなものが浮き上がっていた。
 まるで内側から無理矢理、龍の甲殻が突き破ってきたかのように皮膚が裂け、血が滲む。

「……龍化、ここまで……っ! リルはそちらへ寝かせろ!! 集中治療室だ……!!」

 シエリが叫ぶと、救護班がすぐにストレッチャーを持ち出してリルを引き取った。

「アシュラたちは、こちらへ!」

 走りながらシエリが振り返り、モニター室への通路へと導く。

 この状況に──普段は西城家にキャーキャーと騒ぐ一部の職員たちも、完全に声を失っていた。

 誰ひとり、軽口を叩く者などいない。
 これは、だと、全員が理解していた。


 ◇


 モニター室。

 扉が開かれると、そこにはセセラの姿。
 険しい顔つきで解析班の中央に立ち、次々と指示を飛ばしていた。

「全域スキャン続行! 霊的反応の時間軸マッピングは終わったか!?」

「現段階で因子同調データを再確認しろ! 特にレイラとリルだ!!」

 その中へ、アシュラとラショウが入室する。

「薊野さん! 西城、到着しました……ッ!」

「……来たか……! ラショウもいるな。良かった、すぐ報告を聞いてくれ」

 セセラが目線だけで案内した瞬間──。

「薊野さん…っ!!」

 端末の前にいた解析員のひとりが、声を上げた。

「こちら……ご確認いただけますか!!」

 駆け寄るセセラ。
 画面に映し出されたのは、空間に現れたごく微細な揺らぎ。

 だが、それは明確に異常な存在の痕跡だった。

「……これは……」

 ──はっきりとした形を持たない龍。
 けれどその座標と動きは、リルとレイラの龍化部位に、明確に反応していた。

「これは……ふたりの龍の因子活性に、反応して現れた……!?」

 画面の反応は、ふたりの龍化が極度に高まったタイミングと完全に一致していた。

「……いや、違う」

 セセラは、目を細める。

「こいつは……反応して現れたんじゃない。……喰らいに来てる」

 画面の中、空間の揺らぎはレイラの左目に、リルの龍化した腕に、まるで吸い寄せられるように接近していた。

 それは、意志を持つ飢えのよう。

「これは……龍因子を喰らう龍……ってやつか……?」

 沈黙の中、解析班の空気が張り詰める。

 そして──。

 セセラは、静かに、確かに口にした。

「こいつが……新たな龍だ」

 モニターに映し出された空間の揺らぎ。
 それはもはや、ただの霊的反応ではなかった。

 解析班のひとりが、手元のデータを確認しながら震える声で告げる。

「これ……明確な個体反応です……。形はまだ確定していませんが、龍として分類できるものと……!」

 ゆっくりと頷くセセラ。

「……『龍』には、憑く以外の発生経路もある。極度の龍因子活性、あるいは精神と龍因子の不調和……、何かがきっかけになって『新たな龍』が発生するケースは、稀に……ある」

「…………!」

 その言葉に、室内が静まり返った。

「つまりこれは……レイラとリルの龍因子が引き金になって……生まれてしまった龍だ」

「……そんな……!」

 別の職員が声を漏らす。

「しかも……こいつ、ふたりにしか作用しない音波を発してるように見える」

 言いながら、セセラは画面を指差す。

「今、ふたりの脳波には不自然な同期が起きてる。つまり、これは共有された悪夢……」

「……!」

「自覚の無いまま、意識を蝕まれてる。それだけじゃねえ……」

 画面が切り替わる。
 レイラの龍化部位、リルの龍化部位。その周囲で、龍因子濃度が暴走的に増加していた。

「こいつ……喰らうために、ふたりの龍化を加速させてやがる。無理矢理に」

「まるで、餌の熟成を待ってるみたいではありませんか……っ」

「しかも、レイラとリルだけを標的にしてる……」

 セセラの拳が、ギュッと固く握られる。

「原因は……まだわかんねえ。でも今は、確実に言える……」

「この龍を討たなきゃ、持たねえぞ……ふたり共」

「…………!!」

 重く、静かな空気。

 その中で──誰よりも深く、アシュラが目を伏せた。

「…………ッ」

 ラショウは、不安そうに兄を見上げる。

「兄様……」

 そして、アシュラは顔を上げる。
 その目には、静かな決意が宿っていた。

「──なら、俺が行く」

 誰もが、その言葉に息を呑んだ。

「ふたりが倒れている今、戦闘班はほぼ機能していない。だったら俺が止める」

 瞳の奥に宿った光は、名家を背負い、刀を握る者の本物の光だった。

 ──俺が行く。

 そのまっすぐな声に、セセラが固唾を呑む。

「…………!」

 シエリは少し離れた場所で、腕を組みながら沈黙していた。
 その小さな額に影が落ちている。何かを、深く考え込んでいるようだった。

「薊野さん」

 アシュラは、揺るがぬ視線でセセラを見つめる。

「……俺が行きます」

「…………」

 だが、セセラは目を逸らすように一度、視線を落とし──。

「……許可、できない」

 その答えに、アシュラの目が大きく見開かれる。

「……はッ……!?」

 思わず、噛み殺した声が漏れた。



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