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コヨタ

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第7話 眠りの中で

第7話・5 アシュラの怒り

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「…………ッ……!?」

 アシュラは、しばらく次の言葉を出せなかった。

「アシュラ……お前らが同行を許可されてるのは、リルが正式に引き受けた任務だけだ」

「……っ……!!」

「機関員じゃないお前らは本来……部外者なんだよ……!」

 セセラの声は怒っていた。だが、それは守るための怒りだった。

「ここに入ることを認可されてるだけでも、マジで特例なんだ……!」

「……そんな……ッ」

 アシュラの唇が、わなわなと震え始める。
 悲しみじゃない。

 そして。

「……今は……」

 アシュラの感情が──。

「……今は、……ッそんなことを言ってる場合じゃないだろッ!!!」

 が、爆発した。

 ──ガッ……!!

 鬼気迫る勢いでセセラの胸ぐらを強く掴む。

「許可しろッ!!!」

「ッ、アシュラ──」

「兄様!!」

「……あのふたりがこのまま目覚めなくなったら……、死んだらどうするんだ!!!」

 声が、モニター室の壁に響いた。

「『あいつらが動けなくなったら、はい終了』……『用済みだ』って、それで終わりなのかよ……!?」

「そんなの、許されるわけないだろうがッ!!!」

 アシュラの豹変に流石のセセラも動揺しながら、両手を挙げる。

「……ぐ……っ、落ち着け、落ち着けって……!」

 しかしアシュラの表情は、怒りと焦燥で張り詰めている。
 ラショウは、その姿に言葉を失っていた。

「…………兄様……っ……」

 ──兄がこんなにも感情を剥き出しにする姿、初めてだった。

 セセラは絞り出すように声を重ねる。

「ッ、……機関の規則は、厳しいんだ。一般人を守るためでもある……俺だって都合でルールを破るわけにはいかねえ……!」

「……だからって……ッ!!」

 その瞬間──。

「……許可、する」

 ふたりの言い争いを裂いたのは、シエリの小さな声。

 全員の視線が、所長・シエリに向けられた。

 シエリは静かに歩み出て、その鮮やかなピンク色の瞳を、アシュラにまっすぐ向けて発言する。

「今はその時だ。──この子に賭ける価値がある」

 その声は、決断者のものだった。

「……シエリ先生……」

 アシュラは、怒りの炎を少しだけ引き下ろしたように視線を落としながら、深く息を吐いた。

 だが──その瞬間、シエリがぴたりと言葉を重ねる。

「ただし」

 その一言で、場がまた引き締まる。

「アシュラ、キミだけだ。ラショウは待機させなさい」

 小さく息を呑むラショウ。

「キミの戦闘力は、機関も把握している。だが、何度も言うように、キミたちは部外者だ。一般人が龍と対峙するなど、以ての外なのだよ」

 アシュラは言葉を詰まらせ、セセラの胸ぐらから手を離すと──そのまま拳を握った。

「……っ……」

 悔しさを、静かに呑み込むように。

 シエリは表情を変えずに続ける。

「……今回は、許可する。──所長権限で、ね」

「……!」

「ただし何かあっても、責任は取れない。倒れたとしても、回収もしない。……それでもいいな?」

 問うように。だがその眼差しは鋭い。

 アシュラは、顔を上げて──静かに頷いた。

「……はい」

 その声に、何の迷いも無かった。

「仲間の危機、それはわかる。私達も、わかっている」

 少しだけ柔らかくなるシエリの声。

「だが……熱くなりすぎるなよ。キミの冷静さは、機関も目を見張っているのだから」

「…………」

 アシュラはその言葉に打たれるように──。
 少し俯き、そして──深く一礼した。

「……申し訳……ございませんでした。……大変なご無礼を……」

 しかしすぐに、ふっと笑うセセラ。

「……いや……お前、マジでカッコイイよ」

 ちょっと肩を竦めて、彼なりの賛辞を添える。

「完敗だ。……あの先生まで動かしちまうんだからな」

 その言葉にアシュラは、申し訳なさそうに、しかし少しだけ自嘲めいて微笑んだ。

「すみません……本当に……。俺、カッとなると……。いつもは抑えているつもりなんですが」

「先生だって、お前のカッコよさが無ければ、許可しなかったかもしんねえぞ?」

 とセセラが軽口を叩けば──。

「ふぅ~ん……さて、それはどうかな……?」

 シエリはまっすぐな目で、少しだけ唇を歪めて返した。

 それはどこか、冗談めいていて──。
 だが確かに、少しは動かされたという本音が滲んでいた。

 アシュラは姿勢を正すと、即座に口を開く。

「後ほど、武器をお借りいたします。……できれば、刀を」

 それは、西城家の剣士としての覚悟の現れ。

 その背を見つめながら、ラショウが不安そうに呟く。

「兄様……。ひとりで……」

 心配と信頼の入り混じった声。
 それは、妹として、そして仲間としての想いのすべてだった。


 ◇


 龍調査機関・装備室。

 アシュラは、薄暗い装備庫の前に立っていた。
 扉が機械音と共に開くと、内部には多種多様な武装が陳列されている。

 銃火器、打撃兵器、対龍用の特殊武器。
 どれも“龍”という存在に対抗するために、数々の研究と犠牲の上で作られた物ばかり。

 しかし──アシュラの目は、それらにはほとんど向かない。

「……やっぱり、刃物が一番しっくりくるな」

 壁に掛けられた中で、1本の刀を選び取る。
 重心と反り具合を確かめながら、軽く手首を返した。

「これで……いい」

 その声は、覚悟の重みを帯びていた。

「兄様……」

 背後から、そっと声がかかる。
 ラショウだった。

 手には、タオルと小さな水のボトル。

「これ……持っていって。少しでも、役に立つかもしれないから」

「ありがとう、ラショウ」

 アシュラは微笑んで受け取ると、ふと、妹の顔をじっと見つめた。

「……ごめんな、心配かけた」

「ううん……怒ってなんかないよ。でも……」

 ラショウの声は震えていた。

「……無事に帰ってきてね、兄様。リルくんもレイラちゃんも……みんな待ってるから」

 その一言に、アシュラは静かに頷く。

「……必ず、戻るよ。当主として、仲間としてな」

 その背筋は、いつにも増してまっすぐだった。

 その頃──。
 モニター室の大型スクリーンには、異常な数値が映し出されていた。

「……なにこれ……!? 成長曲線が……ッ!」

 解析班のひとりが声を上げる。

 セセラがすぐさま背後に駆け寄ると、画面には信じられないデータが展開されていた。

「……さっきまでは、龍因子の共鳴増幅レベル3だったはずだろ」

「はい……。ですが、僅か数分で……レベル5を超えました……!」

「……っ」

 セセラの顔に、焦燥が滲む。

「『新生龍しんせいりゅう』……、成長スピードが異常すぎねえか……!」

 別の解析班員が補足する。

「しかも、龍因子濃度の偏りも更に強くなっています……ターゲットは、依然としてレイラさんとリルくん、両名のみ!」

「……つーことは、あいつらが吸収されたら……?」

「……完成体になる可能性があります……!」

 ──沈黙。

 セセラは深く息を吸い、拳を握った。

「……もう時間がねえ」


 ◇


 ──治療用ベッドが並ぶ無菌室。
 そこに横たわるレイラとリル。ふたりの姿は、まるで生気が抜け落ちていくようだった。

「心拍、低下──再び不安定なリズムに入りました!」

「体温上昇、継続中……発汗量異常! 冷却処置では追いつきません……!」

 医療班の叫ぶような報告が響き渡る中、モニターは赤く点滅を繰り返していた。

 レイラの体──その左目からは相変わらず、霊体のような蒼白い煙が漏れていた。

 しかし今や、それは左目だけではない。

 時折、右肩、胸元、指先──まるで体の内側から何かが這い出てくるかのように、淡い発光体が浮かび上がっては霧のように消えていく。

 その表情は苦しげに歪み、睫毛が微かに揺れ続けていた。

 一方のリル──。
 搬送直後にはまだ僅かに反応していた体も、今はもう意識を手放していた。

「……脳波に反応無し。仮死……いや、昏睡状態へ移行──」

 だがそれでも、リルの体は確かに変わり続けている。

 鋭く黒い爪。
 浮き上がる血管。
 そして──耳上の髪の隙間から、皮膚を破ってのようなものが現れ始めていた。

「……顔面部、左頬からも鱗状の皮膚……!」

 黒い鱗は、滑らかに整った装甲のようで、冷たく硬質。変化というよりは、もはや進化の領域。

「……これ、もう……っ」

「龍化が、自律進行している……!!」

 止まらない。
 そして──ふたりの心拍数が、シンクロするように再び乱れ始めた。

 ──ビーッ ビーッ……!!

 警告音アラートが鳴り響く。

「レイラさん、リルくん……このままじゃ──!」


 ◇


 そして、モニター室。
 その中枢に立つシエリの姿は、普段とはどこか違っていた。

 額に手を添え、険しい顔でモニターを見つめている。

「……なぜ……」

 冷静な声の裏に、揺れるものがある。

「なぜ、レイラとリルにのみ作用する……?」

 目を伏せ、分析結果を睨みつけた。

(偶然、ではない。龍因子の共鳴か?)

「ふたりの龍の成分、龍因子……それを知っている者……?」

 汗が一筋、頬を伝う。

 それは、彼女にとっても異常なことだった。

 常に全てを把握し、全てを制御してきたシエリが──。
 今、目の前で起きている事象に追い付けていない。

(……何かが、この世界の外から干渉している……。レイラとリル、同時に……)

 シエリは唇を微かに噛みしめた。

「……これは、知っているだけじゃない。関係がある……」

 だが──。
 その全容は、まだ見えない。

 今、目の前で起きている最悪を止める術は、ただひとつ。

 ──『新生龍』の討伐。

 その刃を手にする者が、いま動き出そうとしていた。


 ◇


 ──通路を、アシュラは静かに歩いていた。

 戦闘用の装いは、最小限の装備のみ。
 腰には、龍調査機関から貸し出された1本の刀。

 鞘に収まったままでも、その刃には圧があった。

(リル、レイラ……)

(今、あいつらが……喰われかけてる)

 ──ギィッ……

 重いシャッターが開く。
 屋上の出撃ポイント。
 そこに、龍調査機関所有のヘリが待っていた。

 所属パイロットが敬礼する。

「特例任務・西城アシュラ、出撃許可確認。ターゲット、コード不明──“龍種・新生体”。地表にて活動中」

「了解」

 アシュラの返答は短く、力強かった。

 プロペラの音が高鳴る。
 足元の風が巻き上がる中、アシュラはヘリの扉を開け、乗り込む。

 視線は既に、前だけを見ていた。

 一方、その頃──。

 地上、指定された未調査区の一点。
 そこに、“それ”はいた。

 ──異形。

 それは所謂、のような体躯。
 だが、あまりにも異様だった。

 6つに裂けた尾。
 空間を歪ませるような脚。
 そして、仮面のように白く光る顔──その隙間から、黒い煙のような瘴気が垂れている。

 目が合えば意識を喰われるような、禍々しい“存在感”。

 周囲の空気は重く、植物は枯れ、光さえ滲んでいた。

 狐のような“龍”は、ただそこに佇みながら──。
 時折、低い唸り声を発していた。

「……ギ……ィ……ィ゙……」

 その音は、普通の者には聞こえない音波。

 しかし、レイラとリルには届いていた。
 それがふたりを蝕み、“喰らう準備”を進めていたのだ。

 それはまるで、無意識の領域に送り込まれる──悪夢の侵入者。


 ◇


 ヘリが現場上空に到達した。

「視認──。未確認龍体、存在を確認!!」

「……あれが……」

 アシュラは、立ち上がる。

 そして、ヘリの扉を開け放つと、風を受けながら──。

「行くぞ……!」

 臆すること無く飛び降りた。

 落下の衝撃を受け止めるように膝を折り、即座に抜刀。

 ──シュッ……

 刀が鞘から滑り出た瞬間、空気が張り詰める。

「……え!?」

(……狐……!? いや、違う……!)

 その“狐”のような姿に、何故なにゆえか一瞬だけ瞠目するアシュラ。
 しかし、すぐに気持ちを切り替える。

「いや……異形だな。だが、喰わせるわけにはいかない」

 狐のような禍々しき龍と、人の理と誇りを背負う剣士──アシュラ。

 今、静かなる死闘の幕が開く──。


 ◇


 ──闇。

 ただ、黒く深い闇。
 時間も、空間も、すべてが滲んでいた。

 音が鳴っていた。

 ──キィ……ィ……ィ……

 耳鳴りのような、虫の羽音のような、どこまでも不快な周波数。
 しかしそれは──確かにレイラとリルにしか聞こえない音だった。

「……ッ……う……やめて……ッ」

 レイラは、闇の中で膝を抱えていた。
 体が震えている。目を見開こうとしても、何も見えない。

 けれど──体の中で、“何か”が這い上がってくる。

「……また、来るの……やだ……やめて……っ!」

 その体からは、左目だけでなく、両腕、肩、背中……あちこちから白い霊体が煙のように漏れていた。

 苦しみ、叫び、“自分”という輪郭が、ゆっくりと“龍”に喰われていく感覚。

 ──そして、そのすぐ隣。

 リルは、黒い空間の底に蹲っていた。

「……あ゙……あ゙あッ……いてェ……ッ……」

 両耳の上には、何か硬い感触。
 そこから、突き破るように角が生えかけている。

「誰か……、誰かッ……止めて……くれ……」

 歯が軋み、皮膚が軋み、“人間”の形を崩していく音が、自分の耳の内側で反響していた。

 顔には、ぽつぽつと鱗が広がっている。
 その表面に、ひび割れのような痕が浮かんでいく。

「オレ、こんなの……望んでねえ……ッ……!」

 ふたりは──同じ夢を見ていた。

 そして闇の奥から“何か”が、ぬるっ……と浮かび上がる。

 狐の面を思わせる、仮面のような顔。
 尾のような影が、空間を蠢く。

 “それ”は、ふたりの意識のすぐ近くで、じっと味が熟すのを待っていた。

 そして──。

 空が割れるように。
 で、一振りの刀が抜かれる音が重なった。

 その刃は今まさに、この悪夢を断ち切るために、振るわれようとしている。




 第7話 完









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