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37.あなたは生きて
しおりを挟む到着したイドクレース王国は、町並みはそのままなのに、本当に誰もいなくて。
人々が活気に賑わっていたあの頃の光景が脳裏に浮かび、胸がチクリと痛くなる。
馬車で城下町まで送ってもらい、夕方またここに来てもらうよう御者さんに伝えると、私はお城があった場所へと歩き出した。
――お城は、無残なほど粉々に崩壊していた。
瓦礫の山があちこちに出来ていて、あの立派だった王城が見る影もない。
ラノウィンの魔力の暴走がどれほど強大で凄まじかったのか、この光景を見れば一目瞭然だった。
「……来てくれてありがとうございます、リシーファ」
そんな瓦礫の中に、ラノウィンは人の姿で立っていた。
近付いてくる私に礼を言ったラノウィンは、不意に視線を左右に動かす。
「……あの男は? 一緒ではないのですか?」
「あの男……? ユークの事を言ってるの? 彼はいないわ。それに、一人で来いって言ったのは貴方じゃない」
「いえ、そうなのですが……。あの男が貴女を一人で来させるはずがないと……」
「? どうしてよ?」
「あの男は貴女を――いえ、この話はいいでしょう。貴女が何も知らないのであればそれでいい。本題に入りますね」
ラノウィンの耳が、さっきから後ろにペタンと倒れている。尻尾もだらんと垂れ下がったままだ。
それが気になっていた私は、彼が突然九十度に腰を折り頭を下げた事に驚いてしまった。
「『あの時』、貴女を信じる事が出来ず……貴女を刺してしまい、本当に申し訳ありませんでした。貴女の言葉に真摯に耳を傾けていたら、すぐに貴女だと気付けたのに……。謝って済む事ではないのは分かっています。ですが、どうか謝らせて下さい。本当に……本当に申し訳ありませんでした」
そのままの姿勢のラノウィンに、私は小さく首を横に振る。
「いえ、私も……神殿で、私独自の仕草や癖、言い方を見ていなかったと言ったけれど、あんなちょっとの時間で分かるはずがないわよね。責めてごめんなさい。貴方は悪くないわ」
「いえ、そんな……! 私が冷静になっていれば、あんな事には……!」
ようやく頭を上げたラノウィンに、私は微笑んでみせた。
「貴方を赦すわ。いくつかの不幸な要因が重なってしまったの。貴方も被害者なのよ。だから私の事はもう気にしないで、遥か遠くへ逃げて、そこで何もかも忘れて平穏に暮らして欲しい。私の分まで……」
「……リシーファ、貴女は――」
「勝手な事を言ってるのは分かってるわ。でも貴方には死んで欲しくないの。生きて、幸せを見つけて欲しい。だって私、貴方が“番”の私しか見ていないと分かっても、まだ貴方の事を……」
「……リシーファ……」
「私は貴方との話が終わったら、リシィに身体を返すの。私は向こうで貴方の事をずっと見守っているわ。だから……これは私の最期の我が儘であり、“願い”よ」
泣かないと決めていたのに、私の両目から涙が滲み出る。
そんな私を切なげに見つめていたラノウィンは、思わずといった風に腕を前に伸ばし――グッと拳を握り締め、腕を下げた。
「……リシーファ、クローザムという男から貰った【呪術具】は持ってきていますか?」
「え? え、えぇ……このカバンに入っているわ」
「すみませんが、それを私に貸して頂けますか」
「えぇ、いいけど……。【呪術具】だから貴方には使えない物よ?」
「分かっていますよ。さぁ、こちらに」
私はラノウィンの意図が掴めないまま彼のもとへ行くと、クローザムさんから託された【呪術具】をカバンから取り出す。
結局私はそれを壊せないまま、ずっと手元に持っていたのだ。
ラノウィンはそれを受け取ると徐ろに手をかざし、瞼を閉じ眉間に皺を寄せる。意識を集中させているようだった。
ラノウィンが詠唱のような言葉を呟き続けると、【呪術具】がパァッと黄金色に光り、やがてその光は【呪術具】に吸い込まれるように消えていった。
気付けば、ラノウィンの息が上がり、額には大粒の汗が吹き出していた。
「……私の魔力の全てをこれに注ぎました。その際に呪力ではなく魔力でこれを使用可能にしました。そして、未来ではなく“過去”に飛ぶように仕様を変えました。対象者は貴女を指定して。しかし一回が限度です。使用したら膨大な燃焼力に耐え切れず、これは完全に壊れてしまうでしょう」
「えっ……ええぇっ!?」
(か、過去に飛べるって……? あのクローザムさんと彼のお父さんでさえ無理だったのに、そんな事出来るの!? ラノウィンの魔力ってどれだけ凄かったのっ!?)
「しかし、私の全ての魔力をもってしても、五年前の『あの時』に戻るのが限度でしょう。恐らくもう既に聖女の【呪術具】が使われた後になるかと思います。――リシーファ」
「は、はいっ?」
凛とした声音で呼び掛けられ、私は思わず背筋を伸ばして返事をする。
「どうか諦めないで下さい。私に剣を向けられても、私を殺す勢いで全力で抗って逃げて下さい。姿が元に戻る方法は必ずあるはずですから。私の最期のお願い、どうか聞いて下さると嬉しいです」
「え? “最期”……?」
「これを使う条件は、大量の呪力……今は魔力に変換しましたが。もう一つは、人の一番強き“想い”。――即ち【魂】です」
「あ……っ!」
私は、彼のこれから実行する行動が分かった。
――分かって、しまった。
「リシー」
ラノウィンが私の愛称を呼ぶと同時に、私は彼の腕の中に包まれていた。
「……っ」
懐かしい彼の温もりに、私の涙腺が一気に緩くなり、雫が幾度も頬を伝う。
「心から愛しています、リシー。何があろうとも、貴女の全てを……。だから、生きて下さい。絶対に生き延びて下さい。約束ですよ」
ラノウィンは私の耳元でそう囁くと、ゆっくりと身体を離した。
私に向かって、儚げに微笑みながら。
「……っ! ラノウィン、待って――」
そして――私が止める間もなく、ラノウィンは隠し持っていた短剣で自分の左胸を勢い良く突き刺した。
それは、正確に心臓部分を狙っていて。
「レオ……ッ!!」
ラノウィンは絶命する瞬間、最後の力で【呪術具】を上下反対に引っくり返した。
入っていた虹色の砂がサラサラと上から下へと落ちていく。
ラノウィンがドサリと倒れ込むと同時に、【呪術具】も床にカランと落ち――パリンッと音を立て粉々に砕け散った。
瞬間、様々な大きさの丸く輝く光達が現れ、一斉に空へと駆け昇っていく。
(あれは……【呪術具】に吸収された【魂】達!? ……あぁ、ようやく解放されたのね……)
【魂】達が全ていなくなると、中にあった虹色の砂が螺旋状に舞い散り、虹色の光が一斉に辺りを包み込んだ。
「……っ!!」
そして私の意識は、虹色の光へと急速に吸い込まれていったのだった――
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