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33.それは、二人からの
しおりを挟むリオーシュが崖から落ちて亡くなった事は、エウロペアの状況を知っていた城の重鎮達しかまだ伝わっていない。
落下し固い地面に激突したリオーシュの身体は損傷が激しく、あちこち骨折もしていて担いで戻る事が困難だった為、野獣や魔物に喰われる前にその場で燃やしたと、ゼベクは重鎮達に説明をした。
大きな袋を持っていなかったので、骨も持ち帰る事が出来ず、取り敢えず誰にも見つからない場所に隠したそうだ。
ゼベクは、自分が責任を持って全ての骨を持ち帰る事を重鎮達に約束した。
エウロペアは重鎮達に、「王妃復帰直後に国王が崩御したという知らせを受けたら、国民達は酷く動揺すると思うし、勘繰った彼らに面白可笑しく噂を立てられかねない。国王が居ない理由を、表向きは『王妃の看病疲れの為静養中』として、暫く様子を見てから公表したい」旨を提案した。
彼の葬儀も公表した後にしたい、と。
それに反対する者はおらず、国王の代理は、王の仕事内容がある程度分かるエウロペアが王妃の公務と兼任する事となった。
彼女の補佐兼護衛として、国王の側近をしていたゼベクが入り、二人を中心に国王不在の穴を埋めていった。
********
「エウロペア様、知っていますか?」
多忙な日々を過ごして早二ヶ月が経った頃、執務室で仕事をしていたエウロペアに、ゼベクが紅茶を出しつつ話し掛けた。
その紅茶を見て、エウロペアはニコリと微笑む。
「あら、ありがとう。丁度飲み物が欲しかったの。しかもこの味の紅茶を。貴方の察し能力は相変わらず凄いわね。本当に感心しちゃうわ」
「お褒めに預かり光栄です」
「それで? 何を知ってるって?」
「城の重鎮達がコソコソ言ってるんですよ。俺達の相性がいいから王政も順調に上手くやれてるって。世継ぎの事もあるし、貴女を女王にして俺を王配にしたらいいんじゃないかって。当人達もそれを望んでいるんじゃないかって」
「まぁ……。私が貴方にお婿さんになるのを望んでいるのね? ――それで、貴方の感想は?」
微笑みながらのエウロペアの問い掛けに、ゼベクは彼女をジッと見つめた後、フッと口の端を持ち上げ肩を竦めた。
「貴女の、跳ねっ返りのじゃじゃ馬でお転婆な性格を知ってもそんな事言えますか、と彼らに訊きたいですね」
「あら。私も、貴方の性格がアレな事を知っても同じ事言える? って彼らに訊きたいわ」
「――ふはっ」
「ふふっ」
エウロペアとゼベクは同時に吹き出し笑う。
「けど、貴方のお蔭で王政が成り立っているのは本当の事よ。貴方、私に何も言わないけど、早朝から仕事して、徹夜続きの事もあるでしょう? 身体を壊したら元も子もないから、本当に無理しないで。私に出来る仕事なら遠慮なく回してくれても構わないから。――いつもありがとうね」
「そのお言葉だけで十分ですよ。俺は陛下と貴女に生涯忠誠を捧げた身ですから。お二人のお役に立てるなら、喜んで何でも致しましょう」
ゼベクはフッと妖艶な笑みを浮かべてそう言うと、エウロペアの小さな手をそっと取り、その甲に唇を落とした。
その艷やかに流れるような仕草に、エウロペアの頬が朱に染まる。
彼と一緒に仕事をするようになってから、二人きりの時はこういう何とも言えない雰囲気を滲み出し、こういう事を恥ずかしげもなくやってくるようになったから調子が狂う。
(からかってるんだか本気なんだか分からないわ、もう……)
「おや、心外な。貴女に対して、俺はいつでも本気ですよ?」
「あっ」
エウロペアはハッとなった。ゼベクにまだ手を取られたままだったのだ。
彼女は口の端を上げているゼベクから慌てて手を離す。
「全く、油断も隙も無いわ! 変な事考えられないわね、もうっ!」
「すみません、他の者には決してしないんですが、貴女の場合はクセでついつい思考を読んじゃいまして。ところで貴女が考える『変な事』が非常に興味を唆られるのですが。宜しければ教えて下さいよ」
「そんな全くいらないクセさっさと直しなさいよ!? あと絶対に教えないからっ! フンだっ!」
「ふはっ!」
顔中真っ赤にしながら頬を膨らませているエウロペアを見て、ゼベクが再び吹き出した。
そんな御機嫌な彼に、エウロペアは好機と捉えて声を掛ける。
「――ねぇ、ゼベク。お願い、一ついいかしら?」
「貴女がお願い事とは珍しいですね。はい、何でしょう?」
「私、あの人がいなくなった場所に行きたいわ」
先程まで浮かべていた笑みが瞬時に消え、ゼベクが黙ってエウロペアを見返す。
「次の休暇を使って行きたいの。公務には絶対に支障をきたさないから。ね、いいでしょう?」
「エウロペア様、あそこはとても危険です。魔物も出るし、足場も悪い所があります」
「大丈夫、魔物除けのお香持って行くから。ちゃんと日が明るい内に行くし、危ない事はしないわ」
ゼベクの瞳が微かに泳ぎ、考えあぐねているようだったが、やがて小さく息をついた。
「……俺も行きます。貴女は少しでも目を離すと危険だ。すぐに何処かに飛び出して行ってしまう」
「何よそれ? 子供じゃないから大丈夫よ」
「前科がある貴女に大丈夫と言われても信用ならないんですよ。それに、護衛は必ず必要です。特に貴女は王妃なんですから。貴女に少しでも何かあったら、陛下にとんでもなく怒られますからね」
エウロペアはゼベクの漆黒の瞳を見つめ、目を細めてクス、と微笑んだ。
「貴方は……今もリオーシュに、大きな信頼と忠誠を誓っているのね」
「はい。陛下は俺の忠義に値する人ですから。――貴女もですよ、エウロペア様」
「え?」
「貴女は俺の、とても……大切な人です。だから貴女を、俺の全てを懸けて護りたい」
「……ゼベク」
ゼベクの、いつもより低い声音と真剣な表情に、エウロペアの胸が衝かれる。
彼は今までずっと、リオーシュを第一に考え行動してきた。
そんな彼が、リオーシュと同等に、本気で自分を想ってくれている事にエウロペアは嬉しくなり、自然にふわり、と笑みが浮かんだ。
「貴方にそう言って貰えて、とても嬉しいわ。私を認めてくれてありがとう、ゼベク」
「………っ」
ゼベクはエウロペアの笑顔に瞳を瞠ると、彼女に向かって手を伸ばした。
だが、ハッとしたようにすぐ動きを止め、その手を握りしめながら下ろす。
「……エウロペア様」
「ん、何?」
「伝え忘れていた事がありました。……彼から貴女へ」
「え?」
「……『愛している』、と」
「――――」
エウロペアは両目を瞬かせ、表情と唇を引き締めているゼベクを見つめる。
やがて彼女は、「ふふっ」と困ったように微笑って言った。
「――えぇ。分かっているわ」
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