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09 色々な神様
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王宮の片隅に、ユラリ様がお望みになって建てられた小さな家がございます。
離宮と呼ぶにはあまりに質素で、宮廷の人々は不思議がっておりました。けれど、この小さな家こそが、ユラリ様にとって安らぎの場所なのです。
ユラリ様のお好みでその家のなかでは、靴を脱ぎます。
その家から、この国でいちばん高い山がよく見えます。冬には雪をかぶり、春には霞に包まれるその山を、ユラリ様はたいそうお好きで、折に触れて眺めておられました。
ある日の朝、わたくしがお花の水を取り替えておりますと、庭に出られたユラリ様が腕を大きく伸ばされ、気持ちよさそうに深呼吸をなさいました。
「――あぁ、ありがたいこと。今日もお山は綺麗だ」
そのお言葉に、わたくしは思わず口を滑らせてしまいました。
「……山が、ありがたいのですか?」
聞き返した瞬間、しまったと思いました。軽率にお言葉を問いただすなど、侍女としてあるまじきことです。けれどユラリ様は笑い、わたくしを咎めることはありませんでした。
「うん、わたしの国ではね、山とか太陽とか、いろんなものに神様がいるの。……いるとされているのかな。国によっても違うけど、わたしの故郷ではね、なにかにつけて神様がいることになってた」
わたくしは思わず手を止めました。神様――この国では神殿に祀られる唯一の存在。それ以外を神と呼ぶことなど、聞いたこともありません。
けれどユラリ様は、当たり前のように続けられました。
「生まれたときは、その土地の神様に。結婚式はまた別の神様に。葬儀だって、また別のところでやるのよ。太陽も神様。お日様って言ったりするけど、月は……あちらはひとつしかないけどお月様。畑を守る神様もいるし、狐も神様だし、大きな石も神様になったり、わたしの国じゃそうやって、なんでも神様にしてたの。そうそう、貧乏神なんて言うのもいてね」
椅子に腰かけ、山の方を見ながら語られるユラリ様、遠いお国に思いを馳せていらっっしゃるのでしょう
「こっちの世界は神殿だけよね。ひとつでぜんぶ背負うなんて……大変ね」
そうおっしゃって、ユラリ様はころころと笑われました。その笑顔につられて、わたくしも思わず微笑みました。
――けれど。
わたくしがその出来事を宮廷にて何気なく報告したところ、場に居合わせた者たちは一様に顔を見合わせ、ざわめいたのです。
「……神殿以外、だと?」
重臣のひとりが低く呟きました。控えていた神官たちは色を失い、固く口を結びました。まるで耳にしてはならぬ禁句を告げられたかのように。
けれど、別の者は唇の端を上げて言いました。
「山や太陽に祈る、か。面白いではないか。聖女様の故郷では、子供を守る神もあると言ったな」
「もしや……」と別の貴族が囁きます。「近ごろ絶えた産声も、新たな祈り先を求めれば――」
その言葉に、多くの者が深く頷きました。
神殿は長らく、この国唯一の信仰の拠り所でした。神託によって聖女を召喚し、聖樹の浄化をして貰った。王家と並び立つ権威を持つ存在。けれど今や子は生まれず、民の嘆きは募るばかりです。
神殿にいくら祈っても変わらず……
その責を問われるたびに神殿は「聖女様の御心に従う」と繰り返すばかり。まるで聖女様のせいだと言わんばかりです。
救いの兆しを示せぬことに、人々は密かに不満を抱いておりました。
だからこそ――ユラリ様がふと洩らされた「神殿以外の神」の言葉は、まるで乾いた大地に落ちる水のように、宮廷の者たちの心を潤したのです。
「そうだ、山を神と仰ぐのもよい。民に新たな祈りの場を与えれば、絶望を和らげられる」
「神殿にすべてを独占させる必要はない。我らが王家のもとに神を新たに設ければ……」
次第に、神殿を遠回しに貶めるような声が広がっていきました。わたくしは胸がざわめきました。ユラリ様はただ郷里を懐かしんでお話しになっただけ。それがここまで波紋を広げるとは――。
やがて会議の最後に、ひとりの大臣が言いました。
「子を授かる神に祈る場を、宮廷に築こうではないか。民は希望を求めている。聖女様の御言葉は、その希望を導く道しるべだ」
神官たちの顔は苦渋に歪みました。けれど誰も、聖女のお言葉を否定することはできませんでした。
わたくしはユラリ様のもとに戻り、報告すべきか逡巡いたしました。けれど、縁側で山を眺めるお姿を見たとき、言葉が喉に詰まりました。
ただ静かに山を眺める姿は、神殿の祈祷よりもずっと素直で、澄んで見えたのです。
わたくしは聖女様に告げないと決めました。必要とあれば殿下が話されるでしょう。
侍女として、事実を記録するのみ。ユラリ様のお言葉が、この国をどこへ導くのか。それを見届けることこそ、わたしの役目だと思ったのです。
離宮と呼ぶにはあまりに質素で、宮廷の人々は不思議がっておりました。けれど、この小さな家こそが、ユラリ様にとって安らぎの場所なのです。
ユラリ様のお好みでその家のなかでは、靴を脱ぎます。
その家から、この国でいちばん高い山がよく見えます。冬には雪をかぶり、春には霞に包まれるその山を、ユラリ様はたいそうお好きで、折に触れて眺めておられました。
ある日の朝、わたくしがお花の水を取り替えておりますと、庭に出られたユラリ様が腕を大きく伸ばされ、気持ちよさそうに深呼吸をなさいました。
「――あぁ、ありがたいこと。今日もお山は綺麗だ」
そのお言葉に、わたくしは思わず口を滑らせてしまいました。
「……山が、ありがたいのですか?」
聞き返した瞬間、しまったと思いました。軽率にお言葉を問いただすなど、侍女としてあるまじきことです。けれどユラリ様は笑い、わたくしを咎めることはありませんでした。
「うん、わたしの国ではね、山とか太陽とか、いろんなものに神様がいるの。……いるとされているのかな。国によっても違うけど、わたしの故郷ではね、なにかにつけて神様がいることになってた」
わたくしは思わず手を止めました。神様――この国では神殿に祀られる唯一の存在。それ以外を神と呼ぶことなど、聞いたこともありません。
けれどユラリ様は、当たり前のように続けられました。
「生まれたときは、その土地の神様に。結婚式はまた別の神様に。葬儀だって、また別のところでやるのよ。太陽も神様。お日様って言ったりするけど、月は……あちらはひとつしかないけどお月様。畑を守る神様もいるし、狐も神様だし、大きな石も神様になったり、わたしの国じゃそうやって、なんでも神様にしてたの。そうそう、貧乏神なんて言うのもいてね」
椅子に腰かけ、山の方を見ながら語られるユラリ様、遠いお国に思いを馳せていらっっしゃるのでしょう
「こっちの世界は神殿だけよね。ひとつでぜんぶ背負うなんて……大変ね」
そうおっしゃって、ユラリ様はころころと笑われました。その笑顔につられて、わたくしも思わず微笑みました。
――けれど。
わたくしがその出来事を宮廷にて何気なく報告したところ、場に居合わせた者たちは一様に顔を見合わせ、ざわめいたのです。
「……神殿以外、だと?」
重臣のひとりが低く呟きました。控えていた神官たちは色を失い、固く口を結びました。まるで耳にしてはならぬ禁句を告げられたかのように。
けれど、別の者は唇の端を上げて言いました。
「山や太陽に祈る、か。面白いではないか。聖女様の故郷では、子供を守る神もあると言ったな」
「もしや……」と別の貴族が囁きます。「近ごろ絶えた産声も、新たな祈り先を求めれば――」
その言葉に、多くの者が深く頷きました。
神殿は長らく、この国唯一の信仰の拠り所でした。神託によって聖女を召喚し、聖樹の浄化をして貰った。王家と並び立つ権威を持つ存在。けれど今や子は生まれず、民の嘆きは募るばかりです。
神殿にいくら祈っても変わらず……
その責を問われるたびに神殿は「聖女様の御心に従う」と繰り返すばかり。まるで聖女様のせいだと言わんばかりです。
救いの兆しを示せぬことに、人々は密かに不満を抱いておりました。
だからこそ――ユラリ様がふと洩らされた「神殿以外の神」の言葉は、まるで乾いた大地に落ちる水のように、宮廷の者たちの心を潤したのです。
「そうだ、山を神と仰ぐのもよい。民に新たな祈りの場を与えれば、絶望を和らげられる」
「神殿にすべてを独占させる必要はない。我らが王家のもとに神を新たに設ければ……」
次第に、神殿を遠回しに貶めるような声が広がっていきました。わたくしは胸がざわめきました。ユラリ様はただ郷里を懐かしんでお話しになっただけ。それがここまで波紋を広げるとは――。
やがて会議の最後に、ひとりの大臣が言いました。
「子を授かる神に祈る場を、宮廷に築こうではないか。民は希望を求めている。聖女様の御言葉は、その希望を導く道しるべだ」
神官たちの顔は苦渋に歪みました。けれど誰も、聖女のお言葉を否定することはできませんでした。
わたくしはユラリ様のもとに戻り、報告すべきか逡巡いたしました。けれど、縁側で山を眺めるお姿を見たとき、言葉が喉に詰まりました。
ただ静かに山を眺める姿は、神殿の祈祷よりもずっと素直で、澄んで見えたのです。
わたくしは聖女様に告げないと決めました。必要とあれば殿下が話されるでしょう。
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