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そして入学へ
37 慈愛の「聖女」姫(平民商人の娘クリスティーナ)
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「まあ! 貴方達。何をなさっているの?」
その人は今年一年生として入学して来た生徒の中で5本の指に入る高貴な令嬢だった。艶々と輝く長い栗色の髪を勉学の邪魔にならないよう、顔にかかる部分だけまとめている。手の込んだ編み込みがされているので、彼女付きのメイドが毎朝心を込めて編み上げているんだろう。澄んだ深い湖の様な緑に輝く瞳は英知と慈愛を称え、貴賤を問わず優しく声かけをすると名高い方。
そんな我が国の4公爵の一角、クラブ家の「聖女」姫、マリエル・クラブ様が白皙の美貌を少しくゆらせてこっちをみていた。
「あ……っ! マ、マリエル様っ、ご、ごきげんよう」
私を囲んでいた2年生の女生徒が凄い勢いで振り返って、マリエル様に深々と頭を下げた。
「頭をお上げになって、マルグ家アディリン様、フィサリス家ローディシア様。こんな校舎裏でどうかなさったのかしら?」
ああ、この2年生はマルグ家とフィサリス家のお嬢様だったんだ……。私は少しだけ納得した。私は今年入学した平民……成金商人の子供だ。父さんが貴族と縁を結べと高い金を払って無理やりこの学園にねじ込まれた。先日あまりにツケの代金を払わないマルグ家と揉め、一切の取引をやめにしたと言っていたっけ……。
それで、授業が終わって放課後、こんな校舎裏に呼び出されて……頬を平手打ちされたんだ。
俯いていた私が少しだけ視線を上げると、綺麗な緑の瞳とぶつかった。
「まあ! まあまあまあ! あなた……ごめんなさい、同じ一年生よね? 名前を存じ上げなくて申し訳ないのですが……」
マリエル様は二人の令嬢の間をきれいにすり抜け私に近寄って……赤くなった頬に右手を添わせた。ああ、なんて良い匂いのするお嬢様なんだろう……これは、何かの果物かな? 爽やかで、少し痛む頬が癒されていくようだった。
「少しお待ちになってね……うん、これで大丈夫よ。何かにぶつかったのかしら?」
マリエル様は少しだけ眉毛を寄せ……そう静かに尋ねて来られた。
「え……?」
頬の痛みはすっかり消え、多分赤味さえなくなっている。マリエル様は慈愛の令嬢。少しでも怪我をしている人を見るとつい手を差し伸べてしまう、そんな心優しき方だと……噂通りの方で、赤く腫れた私の頬が気になったんだろう。
そして……私の立場まで考えて下さってくれるとは! この状況、私が2年生のお嬢さんに叩かれた事は誰が見ても明らかな事。それをどういう風に持っていくか、私に選ばせてくれる、そういう事なのですね?事を荒げて彼女たちを罪に問いたいか。そんなことはせず穏便に済ませたいか……。そこまで考えてくれるご令嬢がいたなんて。
断罪し、心地よい正義を振り回したいご令嬢も多いのに。その後、平民の私達がどんな不利益を被るかなんて考えていない人達とは違う……マリエル様は違うんだ。
「……はい、私が不注意で立ち木にぶつかってしまいました」
「あなたはそれでいいのね?」
「はい、それでよろしゅうございます」
そう……少しだけ悲し気に微笑んでから
「もう下校時間ですわ。皆様、寮に戻りましょう? 私も失礼させていただきますわ」
と何事もなかったようにゆっくりと歩きだされた。そういえばマリエル様は子供の頃の事故で少し足が不自由だとお聞きしたことがあります……王子様達をお庇いになられたのだとか。
「あ、あの! ご一緒してもよろしいでしょうか!」
かなり不敬かと思ったけれど、私は勇気を出して声をかけてみた。するとマリエル様はまるで神殿に飾られている慈愛の女神様の様な笑顔を浮かべてくださったのです。
「ええ、女子寮は一緒ですものね、一人で戻るより楽しいわ」
マルグ家とフィサリス家のお嬢様達はこれ以上私に文句をつけることは出来ないだろう。そんなことをすればマリエル様の心象は最悪になる。クラブ家に睨まれて、この国で生きていける訳がない。
「ねえ、あなたのお名前を教えてくださる? 私はマリエルよ、マリエル・クラブ」
そんな畏れ多い、とつい口にすると「同じ一年生なのよ? 畏れ多い事なんてないわよ」と言ってくださる、本当にお優しい方だ。
「私は……クリス……クリスティーナと申します。平民ですので姓はありませんが、父がシドクス商会の代表をしており……「まあ! シドクス商会! あの、糸と繊維のシドクス商会ですの?」え、はい……」
会話に割り込むのは少しはしたないと言われていますが、マリエル様が私の父の商会を知っていたとは驚きです。
「あ、あの、あのですね、よ、宜しければなんですけれど! 舞台映えする衣装が……欲しくて。こうキラッキラの糸とか布とか扱ってらっしゃいますよね?」
「え? ああ、最近父が取り寄せた糸の中にあったような……?」
「それ! それよそれ! あの、お父様にご紹介いただけないかしら!? クリスティーナ様!!」
手を握り締められる勢いってこういう事を言うのかな? 勿論、マリエル様と取引できるなら父さんも踊りながら喜んでくれるだろう。
「勿論ですとも!」
ああ、憂鬱な3年間になると思ったけれど、マリエル様の様な素敵な方と親しくなれた。父さん、私頑張るね!
その人は今年一年生として入学して来た生徒の中で5本の指に入る高貴な令嬢だった。艶々と輝く長い栗色の髪を勉学の邪魔にならないよう、顔にかかる部分だけまとめている。手の込んだ編み込みがされているので、彼女付きのメイドが毎朝心を込めて編み上げているんだろう。澄んだ深い湖の様な緑に輝く瞳は英知と慈愛を称え、貴賤を問わず優しく声かけをすると名高い方。
そんな我が国の4公爵の一角、クラブ家の「聖女」姫、マリエル・クラブ様が白皙の美貌を少しくゆらせてこっちをみていた。
「あ……っ! マ、マリエル様っ、ご、ごきげんよう」
私を囲んでいた2年生の女生徒が凄い勢いで振り返って、マリエル様に深々と頭を下げた。
「頭をお上げになって、マルグ家アディリン様、フィサリス家ローディシア様。こんな校舎裏でどうかなさったのかしら?」
ああ、この2年生はマルグ家とフィサリス家のお嬢様だったんだ……。私は少しだけ納得した。私は今年入学した平民……成金商人の子供だ。父さんが貴族と縁を結べと高い金を払って無理やりこの学園にねじ込まれた。先日あまりにツケの代金を払わないマルグ家と揉め、一切の取引をやめにしたと言っていたっけ……。
それで、授業が終わって放課後、こんな校舎裏に呼び出されて……頬を平手打ちされたんだ。
俯いていた私が少しだけ視線を上げると、綺麗な緑の瞳とぶつかった。
「まあ! まあまあまあ! あなた……ごめんなさい、同じ一年生よね? 名前を存じ上げなくて申し訳ないのですが……」
マリエル様は二人の令嬢の間をきれいにすり抜け私に近寄って……赤くなった頬に右手を添わせた。ああ、なんて良い匂いのするお嬢様なんだろう……これは、何かの果物かな? 爽やかで、少し痛む頬が癒されていくようだった。
「少しお待ちになってね……うん、これで大丈夫よ。何かにぶつかったのかしら?」
マリエル様は少しだけ眉毛を寄せ……そう静かに尋ねて来られた。
「え……?」
頬の痛みはすっかり消え、多分赤味さえなくなっている。マリエル様は慈愛の令嬢。少しでも怪我をしている人を見るとつい手を差し伸べてしまう、そんな心優しき方だと……噂通りの方で、赤く腫れた私の頬が気になったんだろう。
そして……私の立場まで考えて下さってくれるとは! この状況、私が2年生のお嬢さんに叩かれた事は誰が見ても明らかな事。それをどういう風に持っていくか、私に選ばせてくれる、そういう事なのですね?事を荒げて彼女たちを罪に問いたいか。そんなことはせず穏便に済ませたいか……。そこまで考えてくれるご令嬢がいたなんて。
断罪し、心地よい正義を振り回したいご令嬢も多いのに。その後、平民の私達がどんな不利益を被るかなんて考えていない人達とは違う……マリエル様は違うんだ。
「……はい、私が不注意で立ち木にぶつかってしまいました」
「あなたはそれでいいのね?」
「はい、それでよろしゅうございます」
そう……少しだけ悲し気に微笑んでから
「もう下校時間ですわ。皆様、寮に戻りましょう? 私も失礼させていただきますわ」
と何事もなかったようにゆっくりと歩きだされた。そういえばマリエル様は子供の頃の事故で少し足が不自由だとお聞きしたことがあります……王子様達をお庇いになられたのだとか。
「あ、あの! ご一緒してもよろしいでしょうか!」
かなり不敬かと思ったけれど、私は勇気を出して声をかけてみた。するとマリエル様はまるで神殿に飾られている慈愛の女神様の様な笑顔を浮かべてくださったのです。
「ええ、女子寮は一緒ですものね、一人で戻るより楽しいわ」
マルグ家とフィサリス家のお嬢様達はこれ以上私に文句をつけることは出来ないだろう。そんなことをすればマリエル様の心象は最悪になる。クラブ家に睨まれて、この国で生きていける訳がない。
「ねえ、あなたのお名前を教えてくださる? 私はマリエルよ、マリエル・クラブ」
そんな畏れ多い、とつい口にすると「同じ一年生なのよ? 畏れ多い事なんてないわよ」と言ってくださる、本当にお優しい方だ。
「私は……クリス……クリスティーナと申します。平民ですので姓はありませんが、父がシドクス商会の代表をしており……「まあ! シドクス商会! あの、糸と繊維のシドクス商会ですの?」え、はい……」
会話に割り込むのは少しはしたないと言われていますが、マリエル様が私の父の商会を知っていたとは驚きです。
「あ、あの、あのですね、よ、宜しければなんですけれど! 舞台映えする衣装が……欲しくて。こうキラッキラの糸とか布とか扱ってらっしゃいますよね?」
「え? ああ、最近父が取り寄せた糸の中にあったような……?」
「それ! それよそれ! あの、お父様にご紹介いただけないかしら!? クリスティーナ様!!」
手を握り締められる勢いってこういう事を言うのかな? 勿論、マリエル様と取引できるなら父さんも踊りながら喜んでくれるだろう。
「勿論ですとも!」
ああ、憂鬱な3年間になると思ったけれど、マリエル様の様な素敵な方と親しくなれた。父さん、私頑張るね!
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