敵国に嫁いだ姫騎士は王弟の愛に溶かされる

今泉 香耶

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5.再会

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 翌朝、エレインは付き人たちと別れを告げ、馬車に乗り込んで出発をした。彼女の身だしなみを整えてくれた侍女たちも、静かに、だが、手は抜かずに身支度をしてくれた。

 正直なところ、この2年間ドレスを着ていなかったため、髪をどう結えばいいのかも彼女はわからなかった。が、侍女たちが言うには、王城までの道のりは長いので、髪は結わずにおろしていた方がよいとのことだった。確かにそうだ。そして、それがまかり通るならば、それで良いと思う。エレインは髪を下ろし、ただいくつか髪飾りを差し込んだ。

 カルポカの町に入る手前。そこで大きな問題が起きた。街道に多くの人々が集まり、馬車を通さない、と口々に叫びあっていた。

 どうやら、敵国からやってきたエレインを一目見ようと、一言でもいいからなじろうと、多くの民衆が待ち伏せをしていたらしい。

 少し離れた街道の先で、護衛騎士が人々を説得している。エレインは「仕方がない」とボックスの中、静かに息を整えていた。

(わかっていたことではないか。歓迎なぞされないということを)

 心の中で「マリエン王国側が勝手にわたしを求めたのだ。こちらだって来たくて来たわけではない」と苛立ってはいたが、確かに自分は多くの兵士を屠って来た。その事実は変わらない。きっと、集まっている民衆の中には、自分の身内を戦で失った者も多いのだろう。

(どこまで民衆は知っているのだろうか。わたしが戦に出ていた騎士団長だと言うことは知られているだろうか。それとも、ただの第一王女という立場だけなのだろうか)

 それで、人々が自分を見る目も変わるのだろうと思う。ぶるり、と突然体が震えた。わかっていたはずなのに。どうしようもないことなのに。それでも、彼女は微かに「怖い」と思う。いや、本当は微かではない。はっきりと。だが、自分の中に生まれた感情に気付かないように、片目を閉じて己の心と向き合わぬようにと、思考を無理やり鈍らせる。

 しかし、一向に話がつかないのか馬車は動く気配がなかった。エレインは、自分を守らなければいけない辺境伯の部下に同情をした。なんだったら、馬車から降りて自分が民衆の怒りを受ければいいのではないかとも思う。

(もし、彼らのうち誰かが石なんかを投げて、わたしが傷ついたら。そうしたら、石を投げた者は罰されるだろうけれど、わたしはガーディアンの天恵があるし……)

 そうだ。そうしよう。自分の身は自分で守れる。少しだけ怖いけれど。かすかに指先は震えているけれど、ガーディアンの天恵を発動していれば、なんぴと足りと自分に傷をつけることは出来ないのだし……。

 そう思って、馬車のボックスの扉を開けようとしたその時。

 コンコン、とノックの音。外を見れば、見知らぬ騎士が数名ボックスの前に立っている。

「は、はい」

「エレイン様、失礼いたします」

 ボックスの入口が開いた。すると、モノクルをかけた細身の青年が姿を見せる。ちらりと先を見れば、民衆は街道脇にと蹴散らされており、辺境伯の部下たちも戻って来るところだった。

「マリエン王国第一騎士団副団長のランバルトと申します」

「ガリアナ王国第一王女エレイン・ミレイ・ガリアナです」

「どうぞ、馬車をお降りください。こちらでご用意している馬車に乗り換えていただきます」

 ランバルトに促され、エレインは馬車のボックスから降りた。

「あの、先にいた方々は……」

「われら王城騎士団の旗を見て、渋々道を空けていただきました」

 軽くほっと息を漏らすエレイン。

「……お美しいですね」

 ランバルトは無意識にぽろりとそう零した。それは彼の本音だったが、エレインは「口がうまいことを」と思う。

 彼女が纏っている服は光沢があるシャンパンベージュのドレス。燃えるような赤毛に生える金色の髪飾り。足元は少し暗めの赤い靴。彼女自身はなんとも思っていなかったが、馬車から降りてまっすぐ立てば、彼女を迎える者たちは声のないため息を軽く漏らした。そこに立つ彼女は凛々しくも美しい。

 と、道の先から一人の男性が戻って来たのを見て、ランバルトが「アルフォンス様」と声をかける。

 見れば一目で高貴な身分だとわかる。質の良い衣類。肩章やらマントやらは特別なものにエレインには見えた。ああ、この人が第一騎士団長なのだろう、と理解をする。

「第一騎士団長アルフォンス・リード・マリエンだ。あなたを王城まで送り届ける任を請け負った」

「王弟殿下でいらっしゃいましたか」

 目の前にいる精悍な顔立ちの、背の高いがっしりとした男。彼のことを彼女は知っていた。この国の王弟であり、戦火で剣を交えた相手でもある。戦場では互いに兜をかぶって鎧を着用していたため、その姿をしみじみ見ることは初めてだった。

「お出迎え、誠にありがとうございます。王城までよろしくお願いいたします」

「ああ。荷物が少ないようだが、残りはいつ頃届くんだ?」

「いえ、荷物はそれだけです」

「何だと? この、馬車の後ろに積まれたこれだけだと? それに、国から誰も連れて来なかったのか?」

「はい」

 はっきりと返事をするエレイン。アルフォンスは「ふむ」と少しだけ何かを考えて、それから小さくため息をついて言葉を続けた。

「何にせよ、こちらの馬車に移っていただきたい。王城まではわたしと馬車は同乗することとなる。およそ、三日の旅だがよろしく頼む」

「そうなのですか。こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 2人の会話が終わる頃、ちょうど馬車から馬車に荷を移し終わったようだった。アルフォンスは苦笑いを見せ「早いな」と言った。



 アルフォンス・リード・マリエン。彼のことで思い出すのは、互いに甲冑姿で剣を交わしたこと。多分、そうだ。「あれ」がアルフォンスだ。馬上で槍ではなく剣で戦う姿をすぐに思い出せる。

 アルフォンスは本来大剣使いで、エレインは長剣使い。ゆえに、互いに打ち込んで剣同士を競り合ったりはしない。だが。

(この人が、あのアルフォンス……)

 年齢は知っていた。それから、遠い昔。幼い頃に、ガリアナ王城の庭園で出会った。当時の自分は男装をしていたが、そもそも彼は覚えていないだろうと思う。

「なんだ? わたしの顔に何かついているのか?」

「いいえ。その、王城までは三日とお伺いしましたが、夜は……」

「ああ。今日は次の町の宿屋を手配してある。カルポカは通過して次の町で宿泊予定だ」

「わかりました」

「それにしても……一人で来たのか。騎士はともかく、身の回りの世話をする者ぐらいは数名連れてくるんじゃないかと思っていたが」

 国を越えての婚姻となると、貴族の場合は侍女や護衛騎士を数名つけることが多い。特に女性は。もちろんつけなくても構わないものだが、ある意味ここはエレインにとっては敵陣のようなもの。そこに、たった一人で来るなんて……そうアルフォンスは言っているのだろう。

「まさか。憎まれるのはわたし一人で十分でしょう」

 静かにそう伝えれば、彼はじっとエレインを見て、それから「そうか」と呟き、会話を終えた。彼らはそれ以上互いに言葉を交わさないまま、馬車は次の町へと向かって行った。

 

「アルフォンス王弟殿下におかれましては……」

 到着した町の高級宿屋の主が頭を下げ、アルフォンス以下数名を迎え入れる。

「口上はいい。休めれば問題ない。食事は済ませている。部屋は二階だな?」

「はい。二階にあがっていただいて、右奥から四部屋、左奥から三部屋をご用意しております」

「わかった。部屋を少し見せてくれ。エレイン嬢、行くぞ」

「えっ? あ、はい」

 何故かエレインだけに声をかけるアルフォンス。それが、彼なりに「まずは彼女に良い部屋を選ぼう」と思った結果だったのだが、それは伝わらない。

「ふむ。この部屋が良いか」

 部屋そのものはあまり広くない。だが、野営などに慣れていたエレインからすれば、屋根がある場所で休めればそれだけで「上出来」だと思えた。

「わたしの部屋はこの向いにする。何かあれば声をかけてくれ」

「はい。ありがとうございました」

 そうこうしているうちに、馬車に積み込んだ荷物をアルフォンスの部下が運んできた。ありがたいことにアルフォンスがそれを受け取って室内に入れる。王弟にそんなことをさせるのは申し訳ないと思いつつ、礼を言うエレイン。

「では、よく寝てくれ」

 そう言ってアルフォンスはマントを持って部屋から出て行った。ようやく一人になれたことに、エレインは「はあ~」と息をついて、ハイヒールをぽいぽいと投げ捨ててベッドに倒れる。こればかりは丁寧にはもう出来ない。疲れた。

(ようやく、一人になれた……)

 馬車の中は息苦しい。このままで王城まで行くのかと思うとうんざりする。が、仕方がない。相手はこの国の王の弟だ。緊張するなという方が難しい。

 とはいえ、彼は自分を気遣ってくれていた。それは十分に感じ取っている。彼は、馬車での座る位置も彼は自分に進行方向を向く側を譲った。少なくとも彼はエレインの立場を重んじてくれている。もちろん、それは彼がそうであるということだけだ。王城に行ったらまた違う可能性もある……そこまで考えて、エレインは「はあ……」とため息をついた。

「疲れたな……」

 室内着に着替えなければ。だが、その気になれない。もう今日はこのまま眠って、明日の朝着替えようか……いや、そういうわけには……と思いながら、エレインはうとうとと眠りについた。やはり、なんだかんだ言って体も心も疲労でへとへとだったのだ。
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