敵国に嫁いだ姫騎士は王弟の愛に溶かされる

今泉 香耶

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9.アルフォンスとランバルト

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 王城の離れの棟に行ったエレインは、冷めた目をした侍女たちと顔合わせをして、広い一室をあてがわれた。隣室はクローゼットになっており、既に彼女のものとして用意されていた数々のドレスがある。翌日採寸が行われて、それらをすべて仕立て直すのだと聞き、無駄なことをするのだな……と思ったが、それは口に出さなかった。

「失礼いたします。この離れの侍女長のノイスと申します」

 やってきた侍女長は、冷たい視線をエレインに送りながら淡々と離れについて説明をした。基本的に離れの中は自由に出来ること。離れ専用の庭園があること。決して王城の本棟にはいかないこと。食事は部屋でとること……などの後に

「明後日、側室迎え入れの儀式がございます。まずは、そちらで着用をするドレスを決めていただきます。それと、本日お召し替えが必要なご様子なので、そちらも」

と、早速クローゼットに案内をされた。

「これが全部わたしのものなのか」

「左様でございます」

 エレインは、頭がおかしいのか、と叫びそうになるのをぐっとこらえる。とんでもない数のドレスが並んでいる。それから、とんでもない数の、夜の衣類も。呆れそうになるが、顔には出さずに数枚覗いてみる。

 どれもこれも、心から馬鹿馬鹿しいと思える。こんな、毎日違うドレスを着てもすべてを着るのに数ヶ月以上かかるほどのドレスに、どうせ脱がされるだろう夜の衣類もひと月分はゆうに超えている。

(まったく、大国と言うやつは……)

 ガリアナ王国も、戦を始めるまではそれなりに裕福な国ではあった。小国ではあっても、民も貴族も王族も、それぞれそれなりの生活水準だったとエレインは自負している。だが、こんな風に「必要以上のものを大量にそろえる贅」は知らない。

 困惑をしながら眺めれば、その半分ほどは彼女が着るのはいくらか可愛らしすぎる。いや、そもそも、それなりに体格が良い彼女には入らないドレスもあるのではないかと思い至り、なんとか「きっとこの中から選んでも数着しか自分用にはないだろう」と思うことで、どうにか心を穏やかにした。

「こういった可愛らしい雰囲気のドレスは別にしてもらえないだろうか。それから、これらの多くはわたしにはサイズがいくらか小さいように思えるので、出来るだけ大きめのドレスだけを選んで欲しいのだが」

「かしこまりました」

「儀式とやらにはドレスコードはあるのか」

「いいえ、特にはございませんが、白のみ避けていただければ何色でも。黒でもよろしゅうございます」

 勿論、その「特にはない」という意味は、なんでも良いという意味ではない。普通の「位にそったドレス」を着用しろという意味だ。

「そうか。今日の着替えは、サイズが合わないだろうからサイズ調整がきくものを何か。それから儀式には……ああ、これでいいな、長さも悪くない」

 ほとんど見ずに、あっさりと指示をする。彼女が儀式に選んだドレスは全身に金糸の刺繍が入った黒いものだった。上質な布地がきっちりとした形で縫製されている反面、胸元は紐で結い上げる形になっている。それならば、サイズ調整が効くだろうとただ思って選んだ。他に深い意味はない。

「かしこまりました。湯あみはいかがいたしますか。今でも出来ますが、夜でもよろしゅうございます」

「ああ、ならば夜に」

「かしこまりました。では、本日のお着替えをいたしますので、あちらにお戻りください」

 淡々と侍女長はそう言って、着替えのドレスを運んだ。それをちらりと見て「別に好感度をあげたいわけでもないが、完全に冷たい目線だな」とエレインは苦々しく思うのだった。



 国から持ってきたドレス一着を駄目にしたエレインだったが、残りのものも「ガリアナ王国風のものはすべて処分いたします」と没収をされた。彼女は衣類に対して特に執着がなかったので「どうぞ」とあっさりと答える。それを、侍女長はぎょっと驚いた表情をしたのが少しだけ面白かったと思う。

(もしかして、意地悪だったのかな?)

 あとからそんな気持ちが湧き上がる。ああ、そうだ。きっと。まあ、それぐらいの意地悪ならば仕方がないだろうと思う。

(それにしても、広い部屋だ)

 侍女長とほかの侍女の二人で彼女を着替えさせる。彼女たちの言う通りにしながら、エレインは室内をぐるりと見渡した。

 この先、ここで暮らすことになるのだろうか。そう思えばいささか苦々しい。2年間弱前線にいた彼女は、もっと狭い砦の部屋や、みすぼらしい宿屋、そして野営をと繰り返しており、ここまで広い部屋は王城にある自分の部屋でもなかった。それでも、彼女の心は憂鬱と言っていいほど不快感を持って沈んでいく。

 広く、様々な調度品が備え付けてあった。大きな天蓋つきのベッドもあるし、ソファにテーブル、椅子やドレッサーと一通り、いや、それ以上に揃っていた。だが、その調度品の中身はほぼ空っぽだし、この先そう増やす気もない。そう思えば、豪華な品々が並んでもなんだか殺風景に思えてくるのだから不思議なものだ。

(書架になるようなものはないか。ああ、そうだ。書物を読めるのかどうかを確認しなければ)

 自分が本当に「側室」ならば、その程度はどうにか得られる権利だと思っていた。だが、あのマリエン国王の態度からは、どうもそうとは思えない。

(儀式とやらを行って、その晩にでも、わたしを抱きに来るのだろう)

 覚悟は決まっていなかったが、抱かれるのは仕方がないと思う。それらは折り込み済みで嫁いでいる。だが、愛がないだけでなく、慰み者のように抱かれるのだろうと思うと、気が滅入る。

(仕方がない。どうせ、数回抱けば飽きるだろう……)

 儀式を終えれば、終戦の条約の前提条件を叶えたことになる。そうすれば、戦は終わる。条約を結べば、それで良いとエレインは自分に思い込ませようとする。その先のことは考えても今は意味がない。

「これでよろしゅうございますか」

「ああ。ありがとう」

「髪を結いますので、こちらに」

「いや、結わなくてよい。面倒だ」

 その「面倒だ」に顔をしかめる侍女。

「ゆっくりしろと陛下がおっしゃったので、ゆっくりさせてもらう。今日のところは、勘弁してもらえないだろうか」

 と、下手に出て言えば、二人は「かしこまりました」と頭を下げる。なるほど、側室とは、国王が来ようが来まいが、美しく着飾っているものか……と、当たり前のことを思いながら、エレインは「疲れたので一休みする」と言って二人を退出させた。

「ま、初日だしな……」

 着せてもらったドレスにしわがよることも気にせず、エレインはベッドの上に倒れた。正直、疲れた。馬車の中ではアルフォンスに見張られていたし、王城に入れば好奇の目。ああ、そうだ疲れた……。



「アルフォンス様、失礼いたします」

 王城の自室に戻ったアルフォンスは、面倒くさそうに服を脱いでトラウザーズとシャツ一枚というラフな格好でカウチに横たわっていた。

「明後日の予定が届きましたので、ここに置いておきますね」

「いや、今、目を通す。くれ」

「はい」

 側室を迎える儀式といっても、明後日はこの戦争で武勲をあげたものたちをねぎらい、表彰をする祝賀会がある。その終わりに、ついでのように儀式を行うだけだ。アルフォンスも戦争初期の武勲を表彰をされる立場だ。

「予定通り、儀式が終わった後に」

「はい」

 それ以上は言葉にしない。ランバルトもうなずくだけだ。

「エレイン嬢は?」

「離れですから、様子を見ることは不可能ですね……」

「そうか」

「彼女を気に入っていらっしゃるのですか?」

「はは」

 軽く笑い飛ばすアルフォンス。

「それはお前の方ではないのか?」

「ちっ、違いますよ!」

 驚きでランバルトは目を見開く。それを、おもしろそうにアルフォンスがにやりと笑って、からかうように続けた。

「わざわざわたしに探るようなことを言うぐらいだしな」

「な、な、何をおっしゃって……」

 どもりながら答えている途中で、ランバルトはそれがアルフォンスなりの冗談だと気づき、むっとした表情に変わる。

「あなたの言葉を信じたわたしが阿呆でした」

「そうだな」

 あっさりとそういうアルフォンス。ランバルトは大仰に「はあ~」と息を吐いた。

「そうだな、って……本当にもう、困った方だ」

「わたしの副官になったことを嘆いても遅いぞ。お前とは、当分は運命共同体だからな」

「当分」

 その言いぐさに肩をすくめるランバルト。アルフォンスはカウチから体を起こして、ようやくきちんと座り直した。

「まあ、結構長い当分だが。この国の、腐敗を取り除くまで、だがな」

「よろしくお願いいたしますよ」

「お前こそ」

「はあ~、これは、駄目な方を引いちゃったかな……」

 そうランバルトが言うと、アルフォンスは「あきらめろ」と言って笑った。



 ランバルトが部屋を出て行った後、アルフォンスは再び物思いにふけった。大事なことを前にして、考えるのはエレインのことばかり。

 美しい剣だった。何の迷いもなく、グスタフの懐に入るあの瞬間、ピリッと空気が張り詰めたのを感じたのはきっと自分だけだったのだろうと思う。息を止めて緊張をしては、吐くときに体が弛緩する。だが、彼女はあの一瞬は息を止めていた。きっと、本来は剣先で貫いてから息を吐くのだろうと思う。

 あの琥珀の瞳に狙われたら、こちらの息が止まる。戦ったのが甲冑越しでよかったと思う。そうだ。彼女の「騎士の剣」ではない方の剣。一体誰に師事したのだろうか。それから……。

 「止まらないな。困ったものだ……」

 首を傾げて、目を閉じる。ああ、そんなことよりも。自分には為さなければいけないことがある。そのことをまずは考えよう、とアルフォンスは精一杯気を逸らした。
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