敵国に嫁いだ姫騎士は王弟の愛に溶かされる

今泉 香耶

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10.毒と下衆

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 部屋に直接夕食が運ばれ、エレインはありがたく口をつけた。どれもマリエン王国風の味付けだったが、一年半前線で戦っていた彼女にとっては「何を食べてもおいしい」状態だった。

 テーブルマナーはマリエン王国もガリアナ王国もほぼ共通なので、気にせず食事を楽しむ。

「……うん?」

 煮込み料理に口をつけて、エレインはぴくりと眉をひそめた。何も言わず、引き続き口にそれを運ぶ。だが、それにあからさまに毒が含まれていることに気付いて、慎重に「何の毒だろうか」と思い巡らせる。

(これは強くない毒だな。毎食入れられるのかな……)

 普通の王女ならば、そんなものはわからないだろう。だが、彼女は幼い頃に毒殺をされそうになった過去があり、それ以降毒については詳しくなった。口に入れて「即死しない」ものならば、一通り口にしたし、麻薬と呼べるようなものにも手を出した。それは、いくら小国とはいえ避けられない、王位継承権を持つ者同士の争いで生き残るために必要な知恵だった。まさか、隣国で役に立つとは思っていなかったが。

(わたし以外の側室がわたしを狙っているのか、侍女たちの意地悪の一環なのか、それとも)

 天恵があろうが、体の内側からのものはどうしようもない。何にせよ、今日は何も気づかないふりをして食べてしまおうと思う。後から気持ち悪くなるだろうが、それは仕方がない。知らない振りをすることできっと回数を重ねるだろうから、犯人検挙をしやすくなるだろう……そう腹を括った。

「十分だ」

 彼女は食後酒を飲み、食器を侍女たちに下げさせた。その際に侍女長に「そういえば、こちらには側室は何人かいらっしゃる?」と尋ねた。

「いえ、今はどなたもいらっしゃいません」

 話を聞けば、どうやらマリエン国王は抱き飽きたら側室を追い出しているらしい。ならば、側室の嫉妬という線はないな……と思うと同時に、自分もそうなるのかな、とぼんやりと考える。

(国には帰れないか……何にせよ、自分の財を蓄えなければいけないな)

 そんなことを考えていると、やはりじわりじわりと体の調子が悪くなってきた。彼女は「ひと眠りする」と言ってみなを追い出し、ベッドに倒れこんだ。決して、具合が悪いとは口にはせず、一晩重たい体と戦い続けるのだった。



 翌朝のスープにもまた毒が入っていた。エレインは「蓄積するタイプではないようだけれど、毎日具合悪くさせようとしているのか?」と思いつつ、それを飲んだ。

 まだ、昨日の煮込み料理に入っていた分を解毒出来ていないのか、全身がずっしりと重たい。だが、侍女長が「食後に採寸をいたします」と言って、彼女に休みを与えない。

 食べた後に採寸か……とそれも疑問だったが、エレインはおとなしく従った。何もかも地味な嫌がらせだな、と思う。

「ああ……胃がむかむかして、胸やけもする……くそっ」

 一人になってからそう言って、胸をさすった。吐けるほどではない。だが、明らかに具合は悪い。悪態をついてしまうのも仕方がない。

 そんな彼女に不幸な知らせがやってきた。国王クリスティアンが、わざわざ離れまで来たのだと言う。そして、当然ながら彼女はその訪問を拒むことを出来ない。

 部屋に入った彼は、即座に人払いをした。共に来た護衛騎士も外に待たせ、完全に一対一だ。一国の王がそんな無防備な状態になるなんて、とエレインは思ったが、確かに立場上彼女には手の出しようはなかった。

「どうだ。ゆっくり休んだか」

「はい、おかげさまで。ありがとうございます」

 おかげさまで、毒入りスープを飲んでゆっくり休まされています……と悪態をつきそうになるのを我慢して、エレインは無理やり笑顔を浮かべた。

「昨日は、良い余興を見せてもらった」

「は」

 エレインはクリスティアンにソファを勧めようとしたが、彼はさっさと自分でどっかりと座る。横柄だ。股を開いて背を完全にソファに預けている。その向かいに座ろうとしたエレインに「そちらではない」と告げ、にやりといやらしい笑みを浮かべた。やはり、アルフォンスに似ているものの、人間の品格というものは顔ににじみ出るものだ、とエレインは思う。クリスティアンには、どうも品というものが足りない。

 仕方なくエレインはクリスティアンの隣に腰を下ろす。すると、彼は彼女の肩に手を回して、顔を近づけて来た。薄布越しに彼の手から伝わる体温が気持ち悪く、悪寒を感じる。

「あれほどの剣を振るうお前を、わたしの物に出来ると思うと今から楽しみで仕方がない」

「そうですか」

 仕方なくそう答える。それへ、クリスティアンは「嫌そうだな」と笑った。その笑いすら、ねっとりとしているようにエレインには思えてしまう。

「まあ、そう嫌がるな。お前に、贈り物を持って来た」

「え……」

「腕を出せ」

 恐る恐る左腕を差し出すと、クリスティアンはその意味を理解した。

「はは、わたしに利き腕は預けられないと。お前はそう言うのだな」

 答えはない。が、それが答えだ。しかし、クリスティアンはさも面白そうに笑い

「いい、いい。それぐらい警戒心がなくてはな。これをそなたにやろう」

 そう言って、彼は彼女の手首に何やら太いブレスレットのようなものをつけた。カシャン、と金具がはまるとそれはほぼ手首ぴったりだった。

(この金具……鍵が、ついている……?)

「これは、天恵の発動を抑えるものだ。ガリアナ王国にはないものだろう? 我がマリエン王国では、天恵の研究が進んでいるのでな。どんな天恵であろうと、その発動を抑えることが出来る。特注の枷のようなものだ」

 話によると、それは「錬金術」の天恵を持つ者だけが作れる上、そのための材料もとんでもなく高価なものなのだと言う。一国の王が「金を積んだ」と言っているのだから相当な額なのだろう。

「明日には、わたしがお前を側室にする儀式が行われる。もちろん、夜はわかっているな?」

「はい」

「まさか、お前がガリアナ王国のことを考えず、夜通し天恵を使ってわたしを拒む……などということをするとは思えないが、念のために、だ」

 そう言ってクリスティアンは口の端をにやりと釣り上げた。醜悪な笑みだ、とエレインは心の中で独り言ちる。

「よろしい。明日の夜は、何も着ずに待っていろ」

「なるほど。脱がす楽しみとやらはあまりお好みではないのですね?」

 そのエレインの答えに彼は目を丸くして、それから「はっはっは!」と大きな声をあげた。そして、笑い終わったクリスティアンは表情を歪ませ、高圧的な声音で彼女を脅すように言った。

「好まぬ。お前は、ベッドで全裸で足を開いて、わたしを待っていれば良い。そして、わたしが来たら、腰を浮かせて卑猥な言葉を口にしてねだるがよい」

「……さて、わたしにできますかどうか」

 胃が痛い。胸やけがする。そのうえ、えげつない言葉を浴びせられ、エレインはじわじわと汗をかいた。

「出来るかどうかではない。やるのだ。入口まで迎えに出る必要はない。胸を揉みながら淫猥に腰を浮かせて恥ずかしい場所を見せながら、早く抱いてくれと懇願をしろ。自分の名を呼んで、わたしのものが欲しいと可愛らしくねだれ」

「……善処いたします」

 全裸で足を開いて、腰を浮かせて強請れと? 馬鹿馬鹿しい。そして、濡れてもいないのに、そこに男根を突き立てる気か、と内心エレインはうんざりした。が、彼はそれを見透かしたように、ぐいと彼女の胸倉を掴む。

「!」

「安心しろ。朝にはもっと欲しいと心から請うようになる。もっと奥まで、もっと出してくれ、孕ませてくれ、と哀願することだろう。わたしの前で足を開いて、お前の大切な場所までも大きく手で開いて甘く強請るようになるぞ? 安心しろ。気に入れば、何日も何日も、お前を犯す」

「気に入らなかったらどうなさるのですか?」

「愚問だな。気に入るように、躾をするだけだ。それもまた一興」

 そういうと、彼はぱっと手を離して立ち上がり、作り笑顔で「では、明日を楽しみにしている」と告げて部屋を出て行った。ドアが閉まると同時に、エレイン「はっ……」と息を吐き出し、ソファに体を埋めて荒く呼吸をした。

「はあっ……」

 予想以上の圧。クリスティアンの、どこか尋常ではない目を見ていたら、ぞっとする。手に付けたブレスレットをどうにか外そうとするが、それは叶わなかった。

(あの男に抱かれるのか)

 そう思うと、背筋が凍る。朝にはもっと欲しいと請うようになる? ということは、朝までそういうことをするつもりなのだろうか。初めての自分には、それが務まるのかどうかすらわからない。

「まいったな……」

 剣を持たされたが、負ければ良かっただろうか? いや、そういうことではない。それに、負けることは自分のプライドも許さないし……

(アルフォンス様が、見ていたし……)

 戦場で剣を交わした同士。敵であったが、互いの力はよくわかっている。その彼の前で、自分の力を過少に見せることは出来ない、と何故だか思ってしまったのだ。ああ、そういえば。

――兄上、エレイン嬢はドレスですので――

 そう言って、彼は庇ってくれた。そのことを思い出す。

「あれは、ちょっと嬉しかったな……」

 敵国に来て、王弟が自ら庇ってくれるなんて。なんとありがたいことだったのか。だって、彼はそこで声をあげる必要はなかったのだ。

 自分を取り巻く人々は、仕方なく「そう」しているだけの人々だ。だが、アルフォンスのあの時のあの言葉だけは違った。彼女を庇う必要はなかったし、相手は兄とは言え国王だ。そこで、声をあげるなんて。

(儀式とやらが終われば、もう、会えなくなるのだろう)

 やはり、クリスティアンからの言葉を聞く限り、自分は側室であるが、愛妾なのだ。

(だが、国王が早く飽きてくれれば……ああ、終戦条約さえ結べば、その先はいつ見捨てられても構わない……)

 それまでの我慢だ、とエレインは唇を嚙み締めた。それから、やはり自分でよかったのだ、と。これを、自分が断って、では妹が……となったら。妹に同じようにあの男が迫ったとしたら……と考えただけで、鳥肌が立つ。

 そうだ。自分で良かったのだ……何度もそう思い込もうとエレインは瞳を閉じた。胸やけがして、気持ちが悪い、と苦しい息を吐いた。
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