敵国に嫁いだ姫騎士は王弟の愛に溶かされる

今泉 香耶

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11.儀式の日

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 儀式当日。エレインは着飾られて離れで待機をしていた。彼女は、儀式が始まる前の、戦争の祝賀会――勝ったわけではないのに祝賀会とはどういうことだと思うが――には出ずに静かに待っていた。

(うう、具合が……)

 今日も、朝から毒入りの食事だった。だが、それをいいことにして、今日の夜伽を断ろうと画策をしている。実際、体調がいささか悪いのだから仕方がない。

(しまったな……今日は、昨日よりも量を多く入れられたのだろうか……)

 とはいえ、儀式は終えなければいけない。仕方なく静かに離れで待っていると、護衛騎士が「そろそろお時間です」と、彼女を迎えに来た。

 側室受け入れの儀式では、白い衣類だけはご法度となっているらしい。それは、正妻との立場の違いを示すためだ。エレインは黒いドレスを身に纏い、赤毛を高く結い上げて、赤い大きな生花で黒のレースを髪にとめ、それをヴェールのように顔を覆うように下ろした。侍女たちは淡々としていたが、さすがに儀式に送り出す立場として、隅々まで気遣って良い仕事をしてくれた。

 離れから王城の本棟に入り、それから広間に続く控室に彼女は案内された。まだ祝賀会は終わっていないらしく、わいわいがやがやと賑わいが内扉越しに耳に届いた。

「もうすぐ、祝賀会の閉会のご挨拶を陛下がなさいます。その後に、引き続き儀式が始まりますので、お呼びいたします」

「わかりました」

 二人の護衛騎士が彼女の傍に立つ。控室で、彼女は静かに一人用のソファに座って待っていた。正直な話、ここに来て少しだけ怖気づいている。戦場に出るよりも、彼女は緊張をしていた。

(くそ……なんだ……震えて。儀式なぞ、どうでもいい。問題はその先だ。今、震えたって何の意味もない……)

 だが。儀式が終われば、正式にあの男の側室になるのだ。そう思うと、ぞわりと鳥肌が立って指先が震える。それを抑えようとぎゅっと両手を強く握り合わせたが、どうにも止めることが出来なかった。

 と、その時。

 バン、と広間に続く控室の内扉が開いた。と思えば、一人の男性が慌てて入って来て、控室を抜けて出口に出ようとする。それを追うように続いて入って来た男性が声をあげる。

「そいつを捕まえろ!」

「はっ!」

 一体何があったのかはわからないが、開いたドアの先、広間で怒声や金切り声が響いている。彼女の両脇にいた護衛騎士は、誰の命令かはさておき「捕まえろ」という言葉に反応して、控室を横断した男を追い、また、その後から数人がバタバタとついていった。

「え……」

 一体何があったのか、とエレインは立ち上がり、広間を覗く。すると、そこにアルフォンスの副官ランバルトがやって来た。彼の背後で人々は奇声をあげているが、一体何が起きたのかまではエレインにはわからない。

「エレイン様。一旦離れにお戻りください。護衛騎士をお付けいたします」

「何が、あったのですか?」

「陛下が殺されました」

「えっ……?」

「クリスティアン国王が、殺されました。いや、まいったな……」

 そう言って、彼は「ふう」と息を吐き出した。

「エレイン様を離れに。頼んだぞ」

「はい」

 ランバルトの後ろから二人の騎士が控室に入って来た。ランバルトは一礼をして、その場から離れようとした。それをエレインは「待って」と引き留める。

「何か」

「陛下が殺されたって……先ほど逃げて来た男性が、殺したのですか?」

「いえ、実際に手を下したのは別の男で、既に身柄は拘束しています。先ほどここを通って逃げようとしたのは、その男に命じた……エレイン様?」

「……うっ……」

 自分からランバルトを引き留めたというのに、エレインは眩暈を感じてうずくまった。気持ちが悪くて立っていられない。一気に血の気が引いていく。

「エレイン様!?」

「……っ……」

 大丈夫だ、と言おうとして、言葉にならなかった。そして、そのままエレインは気を失い、控室の床に倒れた。



 次にエレインが目を覚ますと、そこは離れの自室だった。のそりと布団をどけてベッドから下りれば、自分が寝間着姿であることに気づく。

「うう……」

 まだ少し眩暈がして、その場で座り込んでしまう。膝をついたが、体がゆらりと揺れ、ベッドの近くにあったサイドテーブルにぶつかる。テーブルの上に置いてあったグラスが床の上に落ちたので、そちらをぼんやりと見た。ああ、割れなくてよかった……と思いながら、それを拾おうとしたが、体が言うことをきかない。

「失礼します」

 誰かが入って来た。エレインは顔をあげることが出来ないが、それは知っている男性の声だ。

「……ランバルト様?」

「はい。ちょうど良かった。あなたの様子を見に来たら、音がしましたので……大丈夫ですか? 具合は?」

「まだ、少し眩暈が……あれからどれぐらい?」

「丸一日です」

「そんなに寝ていたのに、毒が消えないのか……」

「毒?」

 苦笑いを見せるエレイン。ランバルトが手を差し伸べたので、その手にありがたくしがみついて起き上がり、ベッドに座ってぐったりとする。

「食事に、毒が入っていました……初日と二日目は、そこまで量が多くなかったのですが、昨日は少し増やされたのかな……ちょっと、誰の思惑なのかを探りたくて……気づかない振りをして食べていたのですが……」

「なんてことを! ああ、まだどうぞ横になってください。顔色がよろしくない。それに、毒ならば、解毒が必要ではないですか。ただの疲労だとか、あのヤブ医者……」

 そのランバルトの言いぐさがおかしかったので、エレインは「ふふ」と小さく笑った。が、やはり調子が悪いため、彼に勧められるがままベッドに横たわる。

「ランバルト様」

「様、はわたしにはいりませんよ」

 確かにそうか、と思いながら息を整えるエレイン。

「ランバルト。陛下は」

「お亡くなりになりました」

「一体何があったのですか……?」

「本当に突然でした。祝賀会の途中で陛下が飲まれた酒に毒が盛られていて……倒れる陛下に、傍にいた公爵が近づいたかと思ったら、懐に入れていたナイフで陛下を刺して」

「毒を盛っただけではなかったのですか」

「はい。とはいえ、毒自体はそう強くなくて。刺殺をするための前段だったのでしょう。公爵は陛下を刺殺した後に、毒を盛った子爵の名を叫び、共に自害を促しましたが、子爵はそこから逃げました。追いかけて捕らえたので、今は牢に入っていますが……王が飲まれる酒は毒見役が必ずついていたのですが、まさか、毒に強い者を配属していたとは、恐れ入りますね……いやあ、予想外でした……」

 予想外。その言葉が少し引っ掛かり、エレインは

「何を、予想なさっていたの? それとも、何かをなさる予定だったのですか」

「……いえ、何でも」

 軽く首を横に振るランバルト。その大仰な様子に、ああ、これは聞いてはいけなかったことだったのだな、と思う。

「何にせよ、医者を呼びますね。毒を盛られたことを看過してしまうヤブ医者が離れについているということであれば、更迭も必須でしょう。ああ……毒を盛ったことを、知っていたのかな?」

「そうかもしれません」

 冷静に、素直に頷くエレイン。まだここに来て数日の彼女が、離れ付きの医師を貶める必要はない。ということは、やはり毒を盛られたことは本当なのだとランバルトは思ったようだ。

「ひとまず、お眠りください。陛下殺害についてエレイン様はまったく関係がありませんし、そうすぐに落ち着く話でもありません。今は、アルフォンス様が表立って動いていらっしゃいます。毒を盛られたという話であれば、離れの人員も総入れ替えをいたしましょう。ああ、もちろん、犯人を洗うまで身柄は確保しますが」

「そこまでしていただけるのですか。ありがとう……」

 眩暈がする。会話をするのが難しくなり、妙な汗が額を伝う。そのエレインの様子を見て「お眠りください」ともう一度ランバルトは言った。

 そこで、ようやくエレインは瞼をおろして、意識を閉ざした。



 次にエレインが目覚めた時、ベッドを囲んで人々が何やら会話をしているようだった。うっすらと瞳を開けると

「ああ、気が付かれましたか」

と声がする。誰だ、と思えば、どうやら医者のようだった。老年とまではいかないが、結構な年齢の男性だ。彼は、穏やかでしっかりとした声音で話しかけてくる。

「ちょうどよかった。起きて、薬を飲んでいただけますか」

「……はい……」

「脈が乱れている。カーナの毒を盛られたのだと思います」

「ああ、確かに、あれはカーナかもしれません……」

 そうだった。あの味は、カーナという植物の毒だ。名前までは特定が出来なかったが、言われればわかる。エレインはベッドの上で体を起こして、渡された液体を飲んだ。解毒剤だ。正直、まずい。吐き出したくもなるほどの味だったが、それを飲み干して器を返す。と、医者の後ろに立っている人物を、そこでようやく認識した。

「あっ……アルフォンス様……?」

「ああ」

 まさか。自分のところに、わざわざアルフォンスが来るなんて。驚いて背筋を伸ばすエレインに、アルフォンスは「いい」とだけ言った。

「この医師は、わたし付きの医師でな。信用がおけるものが他にいなかったので、同席をした。それだけのことだ」

「あ……ありがとうございます。申し訳ございません」

「いや。ランバルトから話は聞いた。離れの使用人は総入れ替えをした。それから、あなたに毒物を盛った者もすでに判明をしている。終戦を望んでいない一部の人間があなたを殺そうとしたらしい。カーナの毒だと匂いでわかってしまうので、少しずつ量を増やしたようだったのだが」

 ああ、だから3日目は量が多かったのか。納得がいった。何にせよ、匂いが出てしまう毒物程度しか用意を出来なかったということは、本気の暗殺者でもなんでもなかったということだ。

「離れには、今のところわたし付きの者たちを仮に配置した。人数は多くないが、安心して過ごすがいい。亡き陛下の葬儀が終わるまで、ここで療養をしていたまえ」

 そうか。自分の立場は儀式を終えていないので側室でもないし、かといって賓客として招かれたわけでもない。正式に国を越えて来たものの、ガリアナ王国代表として葬儀に出られるわけでもないのだ、とエレインは理解をした。

「わかりました。お言葉に甘えて、養生いたします」

「ああ。そうしていてくれ。では、あとは任せたぞ」

 アルフォンスは医師の肩をぽんと叩いて、部屋を出て行った。エレインはそれをどう思う間もなく、医師からの説明を受けなければいけなかった。
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