敵国に嫁いだ姫騎士は王弟の愛に溶かされる

今泉 香耶

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25.王太后(2)

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 王太后は案外と若く見えた。後から聞いた話では、クリスティアンを身ごもったのが18歳の頃だと言う。ならば、今は40代後半なのだろうが、40歳前後に見える。

「お体の具合が悪いとお伺いしております。戴冠の儀も婚礼式も欠席ということで、心配しておりました」

 そう続けるアルフォンス。勿論、本当はまったく心配をしていない。それがエレインに伝わるほど、彼の言葉は心なく、冷たい声音だ。

 王太后は「バーニャの輿入れで心が塞ぎこんでしまって。けれど、今はエリーストがいますから。ああ、そういえば。即位、おめでとうございます」と告げ、それからエレインを見る。

(ああ、彼女の『それ』も……)

 まるで、クリスティアンの視線と同じようだ、とエレインは思う。上から下まで舐めるように、どこか突き刺さるような視線。

「王太后様。お会い出来て光栄でございます。この度、アルフォンス様とご縁をいただき結婚いたしました、エレインと申します」

「王太后ユーリアです。マリエン王国にようこそお越しくださいました」

 王太后はそう言って微笑んだ。だが、その微笑みには少しばかり含みがある。それを、わざと彼女は見せているのだとエレインは感じた。

(隠そうとしない。いや、隠したところで意味がないと思っているのだろう)

「さ、2人ともお座りになって。折角ですし、お茶の一杯ぐらいは付き合ってくれるのでしょう?」

「いえ、今日はお顔だけを拝見出来ればと思って参りましたので、ご挨拶が出来たならば退出いたします」

 アルフォンスはすかさずそう言って首を振る。背後で息を潜めていたランバルトが「アルフォンス様。お時間が」と声をかける。

「婚礼の祝宴もこれからですし、準備に忙しいので。エレイン、行こう」

 彼のその言葉にすぐに同意をして良いかわからず、エレインは一瞬口を半開きにする。それへ、王太后は

「では、祝宴が終わったら、エレインを茶会に招待いたしましょう。この国のこと、慣れぬことも多いでしょう。わたしが力になれたらと思います」

と言って微笑んだ。それへ、アルフォンスは何かを言いたそうだったが眉根を寄せるだけ。エレインはにこやかに礼を述べた。

「ありがとうございます。楽しみにしておりますね」

 自分を見つめている王太后の視線がどうにも痛い。見定めているのか、それともそこにあるのは憎悪なのだろうか。何にせよ、敵視されていることだけしかわからない。

 最後に、王太后のドレスの裾に隠れてじっとこっちを見ているエリーストにも笑みを見せたが、彼は苦い表情を変えなかった。



「エレイン。申し訳ない」

「え?」

「その……エリーストが」

「ああ。大丈夫です」

 少しばかり胸の奥がきゅっと締め付けられたのは事実だ。だが、それをわざわざ言葉にするほどでもないとエレインは無理矢理微笑んだ。それへ、アルフォンスは「大丈夫なわけはないだろう」と、彼女の逃げを許さなかった。

「よろしくないな。ああ、よろしくない。王太后とエリーストを一緒にしておくのは、あまり……」

「とはいえ、兄君を失ったばかりのエリースト様には、心から頼れる誰かが必要ですよ」

 とはランバルトの言だ。

「5年間ずっと共にいなかったのに、もうあんなにべったりになってしまったのか? 早すぎないか」

 ふう、とため息をつくアルフォンス。「しかし」とランバルトは声を潜める。

「エリースト様になついてもらえば、殺されないと思っていらっしゃるのかもしれませんね。そもそも、バーニャ様と共に離れからこちらに移った後は、毎日のようにエリースト様のところに通われていた様子でしたし」

「ああ、確かにな……言い方は悪いが、こちらは休戦やら何やらでやることが山盛りだったが、王太后もエリーストも、それには何も関与していないしな。その間に仲良くなってもおかしくはないか……」

 ふーっ、と更にアルフォンスは深い溜息をつく。回廊から渡り廊下を戻って居館へ入る。エレインがいる光彩の棟は、回廊を回るよりも居館から別の渡り廊下を使う方が近いからだ。

「ランバルト。エレインを送ってやってくれないか。わたしはこれから午後の謁見の準備をしなければいけない」

「かしこまりました」

「申し訳ない。あとで、会いに行く」

「? わかりました」

 そこまで謝ることもないし、後で会いに行くとは何故だろうか。エレインは不思議に思ったが、アルフォンスは彼らと別れてさっさと歩いていってしまう。

「エレイン様。光彩の棟へお送りいたします」

「ああ、ありがとう」

「……アルフォンス様は、少しでもあなたがガリアナ王国から来たことであれこれ言われることが我慢ならないようですね」

「そうかもしれない。でも、それは無理なこと」

「はい」

 ランバルトはエレインの斜め前に立って歩き出す。

「それでも、多分、戦に何の関係もなかったエリースト様に言われたことを、とても悲しく思っていらしたと思うのです」

「そう、なのですか」

「はい。自分の身内をあの戦で失った者ならば、あなたを敵視するのも仕方がないとアルフォンス様も勿論わかっています。あなたもそうでしょう」

「ええ」

 それは、きっぱりと断言が出来る。

「ですが、エリースト様はお身内を戦で亡くしておりません。ただ、この王城の中で愛されて育っただけの王弟。なのに、大人の思惑、大人の口車に乗って、あなたを傷つけるようなことを口走る。未来の国王ともあろう者が。色々な意味で、アルフォンス様は苛立ったことでしょうね」

「大人の思惑、大人の口車……ね」

 彼が言う「大人」は王太后のことだ。ランバルトの説明では、バーニャがマリエン王国からガリアナに向かった直後、すぐさまエリーストは王太后と一緒に暮らすことになったらしい。それは、クリスティアンが「邪魔者は邪魔者同士で一緒にいるがいい」と言ったからとかなんとか。アルフォンスも宰相もそれを非難したが、クリスティアンは「実母と共にいることの何が悪い?」と言い放ったらしい。

 月華の棟は、マーシアが説明した通り城門側にある棟で、あまり重要視されていない。そこを、自分の母親と弟の居住区にしたあたり、何かクリスティアンにも思うところがあったのかもしれない。

「そうは言うものの、この先にもわたしを見て憎く思う方々は多く出てくるでしょう。わたしからすれば、エリースト様の言葉はかわいいものでしたし。もっと……もっと、ひどい言葉を投げられることもあるでしょうし」

「はい……」

 ランバルトはそれを否定しない。渡り廊下から護衛騎士が守る光彩の棟に到着し、エレインは「ありがとう」と告げた。それへランバルトは

「感謝の言葉はいりませんよ。あなたは、これを当たり前のことだと思うぐらいでいらしていただかねば」

と困惑の表情で告げる。だが、エレインは

「当たり前のことでも、礼を言いたいことだってありますよ」

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