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27.天恵除け(2)
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(天恵封じのバングルは、そんな気持ちにはならなかったけれど……)
そういえば、あれはどうしたんだろう、と思いつつも、エレインは別のことをアルフォンスに尋ねようと口を開いた。
「そうだ。あなたにお聞きしたいことがあって」
「うん? なんだろう」
「その……えっと……」
エレインは手をあげた。彼ら2人を見守っていた使用人が頭を下げて退出していった。人払いをしたい意思はきちんと伝わったらしい。
「しっかり、話をお伺いしておりませんでした。どこまでのことを人々に公言するのか、ということを」
「どこまで?」
「その、わたしたちの結婚についてと……それから、エリースト様に王位をお譲りになるという話と」
「ああ、そこは……特に、誰にも話していない。むしろ、話していたら、初夜でことを行う必要はないだろう?」
それはエレインもわかっていた。だから、きっと公開していないのだろうと思っていたが、先ほどエリーストと会ったことで「公開していないということは、エリーストに王位を譲る件も誰にも言っていないのではないか」と思ったのだ。
なぜならば、エリーストに王位を譲る前提であれば、自分は子供を産む必要がない、要するに話は戻り、初夜を行う必要もないのではないか、と考えたからだ。もし、今エレインが子供を産んだとしたら。その子供はマリエン国王の子供であり、王子として扱われるだろう。だが、その後にアルフォンスがエリーストに王位を譲ったら?
王子として扱われていた子供が、まだ幼いうちに「そうではないもの」になってしまう。それは、あまりにも無責任ではないか。エレインはそう言っているのだ。
「その、わたしも……流された、というか……そこまで思い至らずに、昨晩は過ごしてしまったのですが」
だから。ことをなさず、子供も産まずに5年を過ごせば。そうすれば、良いのではないかと思ったのだ。そうエレインが伝えると、アルフォンスは苦々しい表情を浮かべる。
「仮にあなたに子供が出来なければ、わたしは側室を迎えなければいけない。マリエン王国の国王となったからには、5年も後継者なしでいることは難しい」
「……はい」
「だが、わたしが王位をエリーストに譲るとなると、その後あなたとは夫婦のままでいられるだろうが側室はそうではない。そうなる未来を描いているのに、無責任に側室をとるつもりはない」
それを聞いたエレインは「わたしとは別れて側室を正妻にすれば」とかすかに思う。が、なんとなくそれを言葉には出来ず「そうですか」とだけ相槌を打った。
「それに、次にはあなたの正妃としての立場を脅かそうとする者が出てくる。この王城は、そういう場所だ。なんといっても、女児が生まれたら殺し続けて来た場所なのだし。わたしは、あなたを離れなどに幽閉させたくはない。だが、王の意見だけではどうにも出来ないことがある」
「それでは、わたしの保身のために子供を産めと言うことですか」
「子供は道具ではない、とあなたは言いたいのだろう。わたしもそれはわかっている。だが、王族というものは、残念ながらそういうものだ。とはいえ、5年後となったら、子供が生まれて最速でも4歳未満だろう。ならば、立場が変化しても特に問題なさそうだし、そもそも、王子ではなくなった方が当人も喜ばしいだろう」
「えっ?」
一体彼が何を言っているのかわからず、エレインは声をあげた。彼は、静かに、けれども憐憫の色を纏った少し悲し気な表情を見せる。
「あなたは、王の子供として生まれた者は、幸せだと思っているのか」
「……それは、あなたは幸せではなかった、という話ですか?」
それについて、アルフォンスは言葉を返さなかった。
「それでもあなたが言っていることはわかる。王子として育てられていたのに、そうではないものになってしまう。身分の剥奪という意味では、多少は可哀想なことになるかもしれない。だが、4歳ならばそう記憶にも残らないだろうし、なんといってもこの王城から離れることが出来るのは、喜ばしいことだ。本当かどうかはよくわからないが、呪われているらしいのでな……」
そう言って、アルフォンスは茶を飲んだ。
「そして、わたしが5年も子供を作らなければ、当然エリーストに王位を譲ろうとしていることを勘繰られる。そうするとどうなるかという話でな……その辺を含めて、エリーストが王太后と一緒に暮らしていることは、どうもよろしくない」
彼は、テーブルに肘をついて両手を組み合わせ、それに額を乗せた。本人が気づいているかはわからないが、彼がそうやって相手から視線を外し、顔を隠す様子は珍しい。ふう、とため息をつく様子を見れば、心底困っていることがわかる。
「だが、ランバルトが言うように、エリーストは父親を亡くし、兄を亡くし、立て続けに身寄りを失った挙句、会ってはいなかったが姉のバーニャは嫁いでしまったし、この王城で孤立をしている。王太后と一緒に暮らす前は、もっと精神的に不安に見える子供だったので、やはり保護者がいるといないとでは違うのだな……」
しばらく、室内は静まり返った。エレインは困ったようにその空気を動かした。
「要するに、わたしが子供を産む必要がある、ということなのですね。わかりました」
それ以上多くは尋ねない。とりあえず、5年で王位をエリーストに譲ることは口外していないと。それを知りたかった。アルフォンスもまた「あなたに教えてなくてすまなかった」と素直に謝ったので、その件はもう良いと思ったのだ。
「では、この先子供を産むことをせかされる可能性がありますね」
「そうだな。が、そこまで急ぐこともない。言っただろう。まだわたしはあなたを知らないし、あなたはわたしを知らない、と」
アルフォンスはようやく顔をあげ、まっすぐエレインを見た。その視線をうけ、エレインも彼をまっすぐ見つめ返す。「はい」と答えた声が、少し上ずったような気がしていささか恥ずかしかったが、それへ、アルフォンスも「うん」と曖昧に返した。
そういえば、あれはどうしたんだろう、と思いつつも、エレインは別のことをアルフォンスに尋ねようと口を開いた。
「そうだ。あなたにお聞きしたいことがあって」
「うん? なんだろう」
「その……えっと……」
エレインは手をあげた。彼ら2人を見守っていた使用人が頭を下げて退出していった。人払いをしたい意思はきちんと伝わったらしい。
「しっかり、話をお伺いしておりませんでした。どこまでのことを人々に公言するのか、ということを」
「どこまで?」
「その、わたしたちの結婚についてと……それから、エリースト様に王位をお譲りになるという話と」
「ああ、そこは……特に、誰にも話していない。むしろ、話していたら、初夜でことを行う必要はないだろう?」
それはエレインもわかっていた。だから、きっと公開していないのだろうと思っていたが、先ほどエリーストと会ったことで「公開していないということは、エリーストに王位を譲る件も誰にも言っていないのではないか」と思ったのだ。
なぜならば、エリーストに王位を譲る前提であれば、自分は子供を産む必要がない、要するに話は戻り、初夜を行う必要もないのではないか、と考えたからだ。もし、今エレインが子供を産んだとしたら。その子供はマリエン国王の子供であり、王子として扱われるだろう。だが、その後にアルフォンスがエリーストに王位を譲ったら?
王子として扱われていた子供が、まだ幼いうちに「そうではないもの」になってしまう。それは、あまりにも無責任ではないか。エレインはそう言っているのだ。
「その、わたしも……流された、というか……そこまで思い至らずに、昨晩は過ごしてしまったのですが」
だから。ことをなさず、子供も産まずに5年を過ごせば。そうすれば、良いのではないかと思ったのだ。そうエレインが伝えると、アルフォンスは苦々しい表情を浮かべる。
「仮にあなたに子供が出来なければ、わたしは側室を迎えなければいけない。マリエン王国の国王となったからには、5年も後継者なしでいることは難しい」
「……はい」
「だが、わたしが王位をエリーストに譲るとなると、その後あなたとは夫婦のままでいられるだろうが側室はそうではない。そうなる未来を描いているのに、無責任に側室をとるつもりはない」
それを聞いたエレインは「わたしとは別れて側室を正妻にすれば」とかすかに思う。が、なんとなくそれを言葉には出来ず「そうですか」とだけ相槌を打った。
「それに、次にはあなたの正妃としての立場を脅かそうとする者が出てくる。この王城は、そういう場所だ。なんといっても、女児が生まれたら殺し続けて来た場所なのだし。わたしは、あなたを離れなどに幽閉させたくはない。だが、王の意見だけではどうにも出来ないことがある」
「それでは、わたしの保身のために子供を産めと言うことですか」
「子供は道具ではない、とあなたは言いたいのだろう。わたしもそれはわかっている。だが、王族というものは、残念ながらそういうものだ。とはいえ、5年後となったら、子供が生まれて最速でも4歳未満だろう。ならば、立場が変化しても特に問題なさそうだし、そもそも、王子ではなくなった方が当人も喜ばしいだろう」
「えっ?」
一体彼が何を言っているのかわからず、エレインは声をあげた。彼は、静かに、けれども憐憫の色を纏った少し悲し気な表情を見せる。
「あなたは、王の子供として生まれた者は、幸せだと思っているのか」
「……それは、あなたは幸せではなかった、という話ですか?」
それについて、アルフォンスは言葉を返さなかった。
「それでもあなたが言っていることはわかる。王子として育てられていたのに、そうではないものになってしまう。身分の剥奪という意味では、多少は可哀想なことになるかもしれない。だが、4歳ならばそう記憶にも残らないだろうし、なんといってもこの王城から離れることが出来るのは、喜ばしいことだ。本当かどうかはよくわからないが、呪われているらしいのでな……」
そう言って、アルフォンスは茶を飲んだ。
「そして、わたしが5年も子供を作らなければ、当然エリーストに王位を譲ろうとしていることを勘繰られる。そうするとどうなるかという話でな……その辺を含めて、エリーストが王太后と一緒に暮らしていることは、どうもよろしくない」
彼は、テーブルに肘をついて両手を組み合わせ、それに額を乗せた。本人が気づいているかはわからないが、彼がそうやって相手から視線を外し、顔を隠す様子は珍しい。ふう、とため息をつく様子を見れば、心底困っていることがわかる。
「だが、ランバルトが言うように、エリーストは父親を亡くし、兄を亡くし、立て続けに身寄りを失った挙句、会ってはいなかったが姉のバーニャは嫁いでしまったし、この王城で孤立をしている。王太后と一緒に暮らす前は、もっと精神的に不安に見える子供だったので、やはり保護者がいるといないとでは違うのだな……」
しばらく、室内は静まり返った。エレインは困ったようにその空気を動かした。
「要するに、わたしが子供を産む必要がある、ということなのですね。わかりました」
それ以上多くは尋ねない。とりあえず、5年で王位をエリーストに譲ることは口外していないと。それを知りたかった。アルフォンスもまた「あなたに教えてなくてすまなかった」と素直に謝ったので、その件はもう良いと思ったのだ。
「では、この先子供を産むことをせかされる可能性がありますね」
「そうだな。が、そこまで急ぐこともない。言っただろう。まだわたしはあなたを知らないし、あなたはわたしを知らない、と」
アルフォンスはようやく顔をあげ、まっすぐエレインを見た。その視線をうけ、エレインも彼をまっすぐ見つめ返す。「はい」と答えた声が、少し上ずったような気がしていささか恥ずかしかったが、それへ、アルフォンスも「うん」と曖昧に返した。
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