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29.ターニャ・ベルロイス
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アルフォンスは日々忙殺されており、しばらくの間は真夜中に寝室に入り、眠っているエレインの横でそのまま泥のように眠る日々が続いた。時々エレインは目覚めて「お疲れ様」と言うものの、逆に彼に気を使わせてしまうことがわかったので、それ以降は熟睡をしている振りをしている。
とはいえ、エレインはエレインで、そろそろマリエン国王のあれこれを学ばなければいけないということで、ついに教育係がやって来た。王太后からの推薦とのことで、わかっていたもののそれを聞いただけでうんざりする。アルフォンスもそれは彼女に謝っており「一度だけで、嫌だったら断っても大丈夫だ。とりあえず、仕方ないので一度は会ってくれ」と、いささか投げやりなことを言っていた。それだけで、彼も教育係についてよく思っていない、けれど防げなかった……ということがわかる。
「本日より王妃様の教育係を担当いたします、ターニャ・ベルロイスと申します」
「ベルロイス先生。よろしくお願いいたします」
ううん、わかりやすく高圧的な声音だ、と思いつつエレインは笑顔でかわす。少しばかり神経質に見える面長に切れ長の瞳。黒い髪は高く一つにまとめられている。が、彼女の姿勢は非常によい。それは、さすがだな、と思う。
彼女から教育カリキュラムを聞けば、どうやらマナーのみならず、マリエン王国の歴史やら領土についてなども彼女は教えてくれるようだった。
(なるほど。そこまでの知識がある女性なのだな)
それは素直に感服するエレイン。
初日である今日は、マリエン王国の歴史についてターニャは話しだした。あまりにも遠い昔の話だな、と若干うんざりとしたけれど、エレインは我慢をして話を聞く。建国に神話が関わっているという話を始めとして、正直なところ「それに何の意味があるんだろう」と思うものではあったが、ひとまず黙って耳を傾ける。
「そういうわけで、我々マリエン王国の建国については、神々のお力添えがあってのことと言われております。それが本当かどうかは定かではありませんが」
「そのようですね」
「とはいえ、隣国は国内での内紛などによって国が分割されただけのもの。その前の建国についてもなんとなく自然発生をしたところを、我々マリエン王国が後押しをして国に育て上げましたので、どちらが上であるかは明白です」
それはガリアナ王国の話だ。エレインは黙って話を聞いている。すると、ターニャは
「ああ、そういえば王妃様はガリアナ王国出身でしたわね? 失礼いたしました。あなた様の故郷を見下すようなことを申し上げましたが、すべて本当のことですので」
「……」
「おや、何も返答もないということは……故郷のことはもうどうでも良いとお思いですか?」
面倒だな、とエレインは肩を竦める。
「わたしが故郷をどう思うかという話はわたしの問題でしょう。この王妃教育と関係がない話であれば、あなたに言葉を返す必要があるかないかもわたしが決めること。そして、答えるとしても、わたしが故郷をどう思うかを口にするかどうかすら、わたしが決めることですから」
エレインはいささか呆れたように言う。
「わたしがあなたに望んでいることは、わたしにこの国の歴史について教えること。そして、この国においてのマナーを教えること。それだけです。それ以外の話は特には必要ないですし、それが叶わないのでしたら、あなたを解雇するつもりもあります」
エレインの言葉は淡々としている。ターニャは居丈高になって叫んだ。
「解雇ですって? わたくしは、王太后様から選ばれてここにおりますのよ!?」
「わたしは、あなたの背後にいるよくわからない権力と話をしているわけではありません。あなた自身とお話をしておりますよ」
それは、王太后のことは関係がない、ということだ。教育係は顔を赤くして「その言葉、しかと聞き届けました」と答える。それは、王太后に伝える、という意味だが、エレインはわざと。それに気づかない振りをする。
「ありがとうございます。聡明な方とお見受けいたしました。そうであれば、わたしもこれ以上のへらず口は叩かずあなたに従いましょう」
それを聞いたターニャは眉間にしわを寄せてじっとエレインを見た。が、それも長く続かず
「そうですね。わたくしがいささか意地の悪いことを申し上げました。続けましょう」
と、あっさり引き下がる。ここでことを荒立てて本当に解雇にされたら、どう王太后に申し開けばよいのかと考えたに違いない。その様子をみてエレインは、どうやら王太后は自分の思い描いた通りにならないと人に当たる――要するに解雇されたらこのターニャ本人にあたるだろうということだ――のだろうと想像した。
(思う通りにならなくても引き下がらないということは、監視役でもあるということかな)
まあ何にせよ、この程度のやりとりは、エレインにとってはどうということもない。マリエン王国に行くとわかった時から、もっと陰湿なやりとりはいくらでも想像はしていた。まあ、毒を盛られたのは少しばかり想定外ではあったが……。
2時間が経過し、ターニャは「それでは本日はここまでです。該当箇所の復習をご自身でなさってください」と言って授業を終えた。それへ、エレインは礼を言い、誠実な対応をして彼女を見送る。
「ああ、怖い思いをさせてしまったな。申し訳ない」
エレインは、ずっと部屋の隅で様子を見守っていただけの侍女2人に声をかける。いいえ、と2人は首を横に振りながら
(本当に恐ろしかったわ……)
などと思っていた。
とはいえ、エレインはエレインで、そろそろマリエン国王のあれこれを学ばなければいけないということで、ついに教育係がやって来た。王太后からの推薦とのことで、わかっていたもののそれを聞いただけでうんざりする。アルフォンスもそれは彼女に謝っており「一度だけで、嫌だったら断っても大丈夫だ。とりあえず、仕方ないので一度は会ってくれ」と、いささか投げやりなことを言っていた。それだけで、彼も教育係についてよく思っていない、けれど防げなかった……ということがわかる。
「本日より王妃様の教育係を担当いたします、ターニャ・ベルロイスと申します」
「ベルロイス先生。よろしくお願いいたします」
ううん、わかりやすく高圧的な声音だ、と思いつつエレインは笑顔でかわす。少しばかり神経質に見える面長に切れ長の瞳。黒い髪は高く一つにまとめられている。が、彼女の姿勢は非常によい。それは、さすがだな、と思う。
彼女から教育カリキュラムを聞けば、どうやらマナーのみならず、マリエン王国の歴史やら領土についてなども彼女は教えてくれるようだった。
(なるほど。そこまでの知識がある女性なのだな)
それは素直に感服するエレイン。
初日である今日は、マリエン王国の歴史についてターニャは話しだした。あまりにも遠い昔の話だな、と若干うんざりとしたけれど、エレインは我慢をして話を聞く。建国に神話が関わっているという話を始めとして、正直なところ「それに何の意味があるんだろう」と思うものではあったが、ひとまず黙って耳を傾ける。
「そういうわけで、我々マリエン王国の建国については、神々のお力添えがあってのことと言われております。それが本当かどうかは定かではありませんが」
「そのようですね」
「とはいえ、隣国は国内での内紛などによって国が分割されただけのもの。その前の建国についてもなんとなく自然発生をしたところを、我々マリエン王国が後押しをして国に育て上げましたので、どちらが上であるかは明白です」
それはガリアナ王国の話だ。エレインは黙って話を聞いている。すると、ターニャは
「ああ、そういえば王妃様はガリアナ王国出身でしたわね? 失礼いたしました。あなた様の故郷を見下すようなことを申し上げましたが、すべて本当のことですので」
「……」
「おや、何も返答もないということは……故郷のことはもうどうでも良いとお思いですか?」
面倒だな、とエレインは肩を竦める。
「わたしが故郷をどう思うかという話はわたしの問題でしょう。この王妃教育と関係がない話であれば、あなたに言葉を返す必要があるかないかもわたしが決めること。そして、答えるとしても、わたしが故郷をどう思うかを口にするかどうかすら、わたしが決めることですから」
エレインはいささか呆れたように言う。
「わたしがあなたに望んでいることは、わたしにこの国の歴史について教えること。そして、この国においてのマナーを教えること。それだけです。それ以外の話は特には必要ないですし、それが叶わないのでしたら、あなたを解雇するつもりもあります」
エレインの言葉は淡々としている。ターニャは居丈高になって叫んだ。
「解雇ですって? わたくしは、王太后様から選ばれてここにおりますのよ!?」
「わたしは、あなたの背後にいるよくわからない権力と話をしているわけではありません。あなた自身とお話をしておりますよ」
それは、王太后のことは関係がない、ということだ。教育係は顔を赤くして「その言葉、しかと聞き届けました」と答える。それは、王太后に伝える、という意味だが、エレインはわざと。それに気づかない振りをする。
「ありがとうございます。聡明な方とお見受けいたしました。そうであれば、わたしもこれ以上のへらず口は叩かずあなたに従いましょう」
それを聞いたターニャは眉間にしわを寄せてじっとエレインを見た。が、それも長く続かず
「そうですね。わたくしがいささか意地の悪いことを申し上げました。続けましょう」
と、あっさり引き下がる。ここでことを荒立てて本当に解雇にされたら、どう王太后に申し開けばよいのかと考えたに違いない。その様子をみてエレインは、どうやら王太后は自分の思い描いた通りにならないと人に当たる――要するに解雇されたらこのターニャ本人にあたるだろうということだ――のだろうと想像した。
(思う通りにならなくても引き下がらないということは、監視役でもあるということかな)
まあ何にせよ、この程度のやりとりは、エレインにとってはどうということもない。マリエン王国に行くとわかった時から、もっと陰湿なやりとりはいくらでも想像はしていた。まあ、毒を盛られたのは少しばかり想定外ではあったが……。
2時間が経過し、ターニャは「それでは本日はここまでです。該当箇所の復習をご自身でなさってください」と言って授業を終えた。それへ、エレインは礼を言い、誠実な対応をして彼女を見送る。
「ああ、怖い思いをさせてしまったな。申し訳ない」
エレインは、ずっと部屋の隅で様子を見守っていただけの侍女2人に声をかける。いいえ、と2人は首を横に振りながら
(本当に恐ろしかったわ……)
などと思っていた。
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