敵国に嫁いだ姫騎士は王弟の愛に溶かされる

今泉 香耶

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30.穏やかな夜

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「教育係を変えるか?」

「いいえ、とりたてて問題はありませんので」

「あなたがそう言うならば、まあ、いいけれども」

 その晩、アルフォンスは久しぶりに早い時刻に寝室にやって来た。どうやら、彼は彼でエレインについた教育係のことが心配だったようだ。そうだとは言わないけれど、それは間違いない、とエレインは思う。

 だが、見ればアルフォンスの表情は最初から芳しくない。疲労が滲んで見てとれる。

「お気遣いありがとうございます。ですが、ここで教育係を変えては、王太后様からの干渉がより強くなるような気がしますので」

「まあそうだな……」

 そう言ってベッドに腰をかけるアルフォンス。エレインはワインを手にして「お飲みになりますか?」と尋ねた。

「いや、いい。それから……王太后から、茶会の誘いが来たと聞いたが」

「はい」

 ターニャから解放された一時間後。王太后からの茶会の誘いが封書でやって来た。きっと、ターニャからあれこれと報告を受け、さっさと自分と2人で話をしようとでも思ったのだろう……エレインは呆れつつも、仕方なくその話を受けた。

 アルフォンスは良い顔はしなかったが「あなたが今回限りだけと受けてくれて、少しだけ助かる。祝宴にも出やしなかったのに、どの面下げて招待をしているんだ、とは思うが……」と苦々しく言った。アルフォンスからすれば、何もかも拒みたい気持ちもあるだろうが、エレインに対して王太后がどういう意図をもって接近しているのかも多少は知りたい、というわけだ。そして、内容によってはそれを盾にして、王太后を王室が持つ別荘に追いやりたいのだと説明をする。

「とはいえ、そういう尻尾はあまり掴ませない気がするんだがな。何にせよ、あなたに危害を直接加えないだろうが……そこで話した内容は、すべてわたしに聞かせてくれないか」

「そうですね。覚えていられる範囲にはなりますが、包み隠さずお伝えします」

「そうか。ありがとう」

 素直に礼を言うアルフォンス。エレインはベッドに近づいて

「そろそろ寝ましょうか。あなたも、睡眠をきちんととれる時はとった方が良いですよ」

と告げる。

「そうだな……だが、久しぶりに早い時刻に仕事を終えたので、あなたを抱こうと思ったのだが……」

「えっ」

 素で、驚きの声が出てしまう。エレインは「あっ」と頬を染めて口を押えた。アルフォンスは「はは」と笑う。

「なんだ。意外だったのか?」

「は、はい……その。あなたはお忙しいので、当分なさらないものと勝手に思っておりました」

「はは、まあ……ああ、確かにそれはそうかもしれない。が、あなたが嫌でなければ……そうだな……」

 アルフォンスはにやっと口の端を釣り上げた。

「あなたとわたしの仲が良いことをみなに知らせた方が良いだろうから……ってことなら、納得するのか?」

「……いえ、我々は夫婦ですものね。その……あなたがそうしたければ、いつでも」

「いつでも? そんな簡単に言うものじゃない。そんなことを言われては、毎日早くここに帰って来てしまう」

 そう言ってアルフォンスは、まだ立っているエレインの手をそっと取った。優しく彼女の手の甲を撫でてから、口づけを落とす。彼が何を言っているのかエレインにはよくわからなかった。

 彼が、色欲に溺れるような男だとは思っていなかった。だが、子供を作ることに関しては「今日行おう」と前もって言ってくれるような気がしていた。こんな風に突然求められるとは、エレインはまったく考えていなかったのだ。その上、何だ? 毎日? 彼はそんなにも性欲が強いのだろうか。これはまいったな……エレインは困惑の色を声ににじませた。

「毎日は……困ります……」

「そうだろう? だから、あなたを抱かないように日々遅くまで仕事をしているんだ」

 その言葉に、エレインは声もなく目を見開いた。彼女のその表情を見てアルフォンスは微かに笑う。それがいささか疲れているように見えたので、ますますエレインは心配になる。

「これは本当だ。仕方がないだろう。あなたは魅力的だし、それに……」

「それに?」

「あの夜は、良かった。何度繰り返してもいいと思うほど」

 そう言ってアルフォンスはエレインの手の甲に口づけた。

「そして、困ったことにあなたはわたしの妻なのでな。抱いても誰にも怒られない。あなたに怒られる可能性はあるが」

「……アルフォンス様は、性交がお好きなのですか」

 ずばりとエレインが尋ねれば、アルフォンスは「ふ……」と軽く声をあげた。それから、耐えられなくなったようで

「あっはは、は、ははっ……そうだな。そう思われても仕方がないことをわたしは言っているな?」

 と笑って、そのままベッドに倒れこんだ。

「そうだな……多分、嫌いではない。好き嫌いで考えたことがないが……まあまあ好きなのかもしれないな。だが、それは、相手があなただからだな……」

「わたしだから?」

 言っていることの意味がいよいよわからない、とエレインは戸惑う。

「あの夜のあなたがあまりに可愛らしかったので、もう一度見たいと心が急いた。だが、あれだ。互いにまだそういう仲ではないと言ったのはわたしの方だな……」

 彼の言葉でエレインは絶句をする。可愛い? 一体何を言っているのか、という気持ちと、あの夜を思い出させられて妙な汗が額に浮かび、珍しく彼女は難しい表情を浮かべた。それを見たアルフォンスは何を察したのか苦笑いを浮かべた。

「本心だが、忘れてもらっても構わない。まあ、今日は素直に寝よう」

「そうなさってください。あまり、顔色がよろしくない」

「うん。白状をすると、少し疲れは溜まっていてな……残念だ」

 そう言って、アルフォンスはごろんとベッドの上に横たわりながら、ごそごそと靴を脱ごうと手を伸ばした。その彼の手をエレインはそっと抑え「わたしが」と言い、代わりに靴を脱がせる。

「……なんてことだ」

「はい?」

「なんて、幸せなことを」

 大げさなことを言う、とエレインは声を出して笑った。

「子守歌も歌いますか?」

「はは、それもいいが……一緒に眠ってくれないか」

「はい」

 脱がせた靴をベッドの脇に置いて、エレインは壁の燭台1本を残して、灯りを消してからベッドの上にあがった。見れば、もうアルフォンスはうとうととしている。

「少し……今日は疲れた、な……」

 彼が寝息を立て始めるまで、あっという間だった。エレインはうっすらと見える彼の寝顔を覗き込んで「おやすみなさい」と告げて毛布をかけた。

(一国の、王だ。それも、大国の。即位をして間もなくの。忙しくないわけがない。なのに、わたしのことをあれこれと気にかけてくれる)

 強く、優しい人なのだ。あまり一緒にいる時間はないが、それだけはわかる。エレインは横たわり、彼の寝息を静かに聞きながら瞳を閉じた。
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