敵国に嫁いだ姫騎士は王弟の愛に溶かされる

今泉 香耶

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31.王太后の茶会

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 三日後、王太后からの誘いを受け、エレインは王太后がいる離れに向かった。

 月華の棟の一室には、王城前の大きな庭園が見える部屋があった。なるほど、それを思えばこの棟も悪くないと思える。そこを茶室に見立て、白いテーブル、白い椅子が並んでいる。数々のケーキや果実、そして木の実などが並べられ、エレインが見たことがない食べ物も多い。そこに、王太后は先にくつろいでいた。

「本日はお招きいただきありがとうございます」

「口上は良いわ。そこにお座りなさい」

 アルフォンスがいないと、いささか上からの口調も厳しくなるのだな、とエレインは思いつつ、素直に座った。周囲には給仕のものが数人並んでいる。茶をエレインに出してからは、壁側にただ彼らは立って控えるだけだった。

「もう王城での生活は慣れましたか」

「少しずつといったところです。まだ、足を伸ばしていない場所も多いですし。ですが、日常を送ることに関して言えば、少しは慣れたと思います」

「王城のことも、この国のことも、これからどんどん覚えてもらわなければいけません。ターニャがあなたの教育係になったことですし、彼女の言うことを良く聞くように」

「はい。良い教育係をご推薦いただき、ありがとうございます」

 それは特に嫌味ではない。ターニャは確かに上から目線で居丈高ではあったが、彼女の授業内容はそう悪くはなかったからだ。そのあたりは王太后もそれなりに考えているだろうし、ターニャも自信があるからこそ王太后の名を口にしてしまったのだと思う。だが、ターニャを褒めても王太后の表情は何も変わらなかった。

「お茶をお飲みなさい。これはマリエン王国でこの時期にしか取れない貴重なものです」

「ありがとうございます。ああ、とても香りが豊かですね」

「それぐらいはわかるようね」

 まったく、ターニャといい王太后といい、わたしをなんだと思っているのか……と心の中で肩を竦めたが、エレインは何食わぬ顔で茶を飲んだ。

(毒は入っていないようだ)

 それを疑わなければいけないのもなんだと思うが、警戒するに越したことはない。

「王太后様は、光彩の棟前にある庭園の権限を、庭師にお預けになっていたとか」

「ええ、そうね。今度はあなたに権限が与えられるのでしょうから、好きにすると良いですよ」

「はい。とはいえ、わたしも庭師に権限をそのまま預け、少しだけ口を出す程度にしようかと思っています。マリエン王国の植物についてはまだ不勉強ですし、わからないことだらけなので」

「あの庭師はよくやってくれるので、それで良いでしょう。どうせ、植物についてなぞ、あなたが知らなければいけないことの中では、遠いものですし」

 その後も、うわべだけの会話が続き、エレインは焼き菓子を一つだけ食べた。それにも特に毒は入っていないようだったので、今日は王太后から何か警告をする日なのだろうか、と考える。

 すると、2杯目の茶を給仕の者に所望してから、王太后は本題に入った。

「先日、アルフォンスに側室を勧めました。アルフォンスの従妹でね。年齢は17歳。ちょうど良いでしょう?」

 何がちょうど良いのか、と思いながらも「なるほど」と答えるエレイン。

「ですが、アルフォンスに断られてしまいました」

「そうなのですね。まだ早い、とでも?」

「側室を娶る気はないと言っていました」

 それは既にアルフォンスからも聞いていた。5年後に王位をエリーストに譲るため、その後側室を連れて行くわけにはいかないと。だが、それをここで言うことは出来ない、と思うエレイン。給仕が2杯目の茶をティーカップに注ぎ、再び壁側に戻る。

「あなたから、アルフォンスに側室を勧めなさい」

「わたしから……?」

「そうです。そもそもアルフォンスがあなたを娶ったのは、休戦のために交わした書面のせいでしょう? 本来、あなたは死んだクリスティアンの側室になるはずだったのですから、アルフォンスがあなたを娶ったのは、休戦のため。本来、そんな形で一国の王妃が選ばれて良いわけがないのです」

 なるほど、その当たり前の愚痴を今日は言いたいのか……とエレインは思い、静かに王太后の言い分を聞いていた。話の中心にいない者からは、そのように見えることはわかっていた。

「ですから、あなたから側室を勧めて、正しい後継者を作るようにアルフォンスに進言をしなさい。本妻であるあなたが許可をしているのだから、と」

 そう言って茶を飲む王太后。しかし、エレインはそれをはっきりと断った。

「残念ながら、それは出来ません」

「何故ですか」

「今、王太后様は『正しい後継者』とおっしゃいました。それでは、わたしとアルフォンス様の間に子供が出来た場合は、その子供は正しい後継者ではないとお思いなのでしょうか」

「勿論ですよ」

 すっと王太后の表情が消える。

「あなたは仕方なく娶られた立場なのですし、ガリアナ王国の姫だったのですから。このマリエン王国の王族として、出来るだけ純血の者こそが正しい後継者と言えるでしょう? 本来はアルフォンスすら、王につくような血統ではありません。エリーストこそが相応しいと言えますが、まだ幼子ゆえ」

「なるほど。ですが、わたしが知る限り、マリエン王国の歴代国王は、何度か王族以外の者を娶っていたと思うのですが。それでも、民は国王陛下と認めてこの国は繁栄してきたのですから、問題はないのではないでしょうか」

 エレインの言葉に、王太后は「ふん」とあからさまに馬鹿にしたような声をあげた。

「それはその当時に、王妃になるべき血統の者がいなかったからでしょう」

「アルフォンス様の母君、つまりはもともとの故先々代マリエン国王の側室は平民だったと伺っています。そして、国王も王族の直系ではなかったとも。それでも即位をしたのですから、それは受け入れていただかないといけないのではないでしょうか。それに、6世代前に、隣国ガルティン王国から王妃を娶っておりますよね。その時は王家と王家同士として、むしろ歓迎をされていたようですが」

「……よく調べたこと。ターニャの話では、マリエン王国の歴史すらまったく知らなかったと言うのに、王族のことばかりは勉強をしたようね?」

 このことは、エレインにとっても「何かを言われたらこれで黙らせる」と思っていた内容だ。王太后に会った後、慌てて図書室で王族についての記述があるものをかたっぱしから探していた。なんとか間に合ってよかった、と心の中でほっと安堵しているが、それを表面に見せるわけにはいかない。彼女はきっぱりと言い放った。

「わたしはこの先、わたしが産むだろう子供に対して不当な扱いを受けさせるつもりはありません」

 あえて「王子」「王女」とは言わないが、そこは突っ込まれないだろうと思う。それへ、王太后は冷たい声音で「そう」と呟く。

「あなたが、わたしの言うことを聞くつもりがないことはわかっていましたが、これは相当面倒な人間が王妃になってしまったのですね。ガリアナ王国を戦で滅ぼせなかったクリスティアンのせいね……」

 祖国を「滅ぼせなかった」などと言われて、エレインは少しばかり苛立った。だが、それすら王太后の「様子見」ではないかと思い、彼女は平静を装って茶を飲む。どこまでの話をアルフォンスにすればよいのやら……そう思いながら。
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