敵国に嫁いだ姫騎士は王弟の愛に溶かされる

今泉 香耶

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59.二人きりの夜(1)

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 静かな夜。エレインはソファで毛布にくるまって、うっすらと瞳を開けた。薄暗い室内を、一本の蝋燭が照らし出している。淡いあたたかな色にほっとしながら、アルフォンスの規則正しい寝息を聞いて更に安心をする。生きている。当たり前のことだが、それがこんなにも嬉しい。じんわりと胸の奥が温かくなる。

(王太后は、ずっとずっと我慢をしていたんだろう……)

 なんとなく、わかる。彼女は男児を産むため、いや「産まされる」ために生きることを許可されていたのだ。クリスティアンだけでは足りないので、もう一人、と。そして、バーニャが生まれ、エリーストが生まれ。そこで、彼女は役割を終えて殺されるはずだったに違いない。

 馬鹿馬鹿しいと思う。王族に女児が生まれたら、それだけで殺すだなんて。だが、確かに王太后が持っている天恵はあまりにも強力すぎる。ある意味では殺されてもおかしくないほどのものだ。しかし……。

(いつか自分が殺されるとわかっていながら、子供を産まなければいけない。そんな思いを彼女はずっと抱えて生きていたのだろう)

 彼女自身、縋りついていた王族としての血筋。しかし、逆を言えばその血筋のために彼女は殺されるかもしれなかったのだ。その矛盾を考えるもやるせない。彼女の気持ちすべてを推し量ることは出来ないが、方法は間違っていたにせよ、彼女は多分「生きたかった」のだろうと思う。

(クリスティアンを殺したのは……自分の役には立たないと思ったからなのかな……自分の血を引き継いでいるがゆえに、自分の天恵は効かないし、あの性格では近々殺されるとでも思ったか、あるいはそう言われたのか……)

 その辺りのことはわからなかったが、どちらにせよ身内を殺したことに変わりはない。それに、彼女を生かしてくれていたアルフォンスの父親ですら彼女は操ったのだろうから、弁解のしようはない。

(それにしても)

 心を静かにして、考える。もう終わってしまったことだけれど、アルフォンスに剣を向けられた時。自分はとにかく生きることだけを考えていた。それが最良の選択だと思ったし、むしろそれ以外のことを考える余裕がなかった。

 だが、終わってこうして思い出すと、悲しくなってくる。もっとどうにか出来なかっただろうか。彼から魔除けのブレスレットをもらってしまったが、やはり彼がつけているべきものだったのだ。自分のせいで彼が……いや、でもそもそもあの場は、自分があのブレスレットをつけていたからこそ発生した場だったわけで……など、ぐるぐると脳内を同じことが何度もめぐる。

 そんなことを考えても仕方がないとわかっている。もう終わったことだし、何をどうこの先に生かすこともなさそうな案件だ。ただ。ただ一つだけ、彼女には理解出来たことがある。

――あなたを……守れたならば、よかったのだが……――

 大丈夫かと聞いて、守れたならよかったと言って。最初に彼から出た言葉がそれだったことに、エレインの心は大きく揺さぶられた。彼がどこからどこまでを認識出来ていたのかはよくわからないが、気が付いてすぐの言葉がそれだとは。

(あなたは、どこまでわたしを大切にしてくださるのだ……)

 自分が彼に大切にされていることは、とっくにわかっていたことだった。だが、あんな風に、命がかかっていた時にすら彼が自分のことを思いやってくれたことに、エレインは嬉しくもあり、悲しくもあり、ありがたくもあり、だが、いたたまれない気持ちもあり……多くの感情が湧き上がって、ないまぜになった。そして。

(わたしも、あなたを守りたかったのに)

 自分は何も出来なかった。そのことも悔やみ、そして「何故彼を守りたかったのか」という、ふと、当たり前に思っていたことに疑問が浮かんで来る。自分の伴侶だから。信頼しあえる間柄だから。それらは、正解のようで、なんだかうすらぼんやりとしている。そうではない。そうではないのだ……と、あれこれ考えていると、アルフォンスの寝息が止まり、かたん、と音がした。

「アルフォンス……?」

「ああ……エレイン、いるのか……?」

「はい」

 よいしょ、とソファから一度転がり落ちるように降りて、ソファに掴まって立ち上がる。どうやらアルフォンスは水を飲みたい様子で、ベッドの近くにあるサイドテーブルに手を伸ばしていた。

「お飲みになりますか」

「良いだろうか」

「もちろんですよ」

 水をグラスに注ぐエレイン。アルフォンスは「うう」と軽く呻いたが、なんとか自力で上半身を起こしてグラスを受け取った。

「お食事は?」

「朝でいい」

「わかりました」

「あなたも……きちんと眠ってくれ。大丈夫だから」

「いいえ」

 エレインは静かに首を横に振る。

「今晩は、あなたについていたい気分なのです」

「……朝まで、もう目覚めないかもしれないのに?」

「ええ。それでも」

 彼女は床に膝をついて体をベッドに預けると、頭を彼の腰のあたりにそっとつけた。どうしたんだ、とアルフォンスは慌てる。

「わたしだって、あなたを守りたかった。でも、何も出来ませんでした……」

「少ししか覚えていないのだが、わたしはあなたに剣を向けただろう……何度それは謝ろうと許されないことだ。よく、生きていてくれた。ありがとう……」

 彼は、自分の剣の腕前を誰よりもよく知っている。だからこそ出る言葉だ。しかし、エレインは「いいえ」とその言葉を否定する。

「許されないなんて。そんなことはありません。あなたは、わたしを守ってくださった。あなたの怪我はその証拠ではないですか。礼を言うのはこちらの方です」

「だが……」

 アルフォンスはエレインの髪を撫でた。

「あなたでなければ、きっと一瞬で終わってしまっていただろう」

 それは間違いがない。しかし、そんなことをエレインは言っているのではないのだ。
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