敵国に嫁いだ姫騎士は王弟の愛に溶かされる

今泉 香耶

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69.終戦(1)

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 終戦条約を結ぶために、中立地域であるファラント族の集落に双方の代表者が集うことになっていた。どちらの国も宰相が赴くことになっており、互いに集落に入れる護衛騎士は5人まで。集落の外に待たせる騎士たちも10人までと決まっている。

 ファラント族は、各地で各国の調停をする「見届け人」の役割をしている。各地とはいえ、彼らが住んでいるのは国と国との間、国境付近の中立地域。勿論、全国境にいるわけではないが、マリエン王国とガリアナ王国の国境付近には彼らの大きな集落が存在した。

 彼らは彼らの役割をよくわかっているため、いっさい手出しをしない。ただ、条約を結ぶための見届け人として、代表者数名が同席をするだけだ。

 彼らは大きな集落ではあるが、家を持たずに天幕で暮らす。そして、双方の国から常に援助をされている。戦争の時は、ガリアナ王国もマリエン王国も中立地域に手出しは決してしないように言い渡されていた。休戦の時もこの集落に双方の代表者が集まって話し合ったと言う。

 彼らはそれ以外何の役割もない。戦が起きない限り、彼らはその立場を行使せず、ただ暮らしているだけだ。中には当然、生まれてから死ぬまで何一つ大きなことが起きないままの者もいる。いや、それが普通なのかもしれない。

「サラント公爵、あの、マリエン王国の方々がお越しになりましたが……」

 天幕の外に待機をしていた護衛騎士が入口の布をあげて声をかける。先に到着をしていたガリアナ王国代表のサラント公爵は「お通ししろ」と言った。なんとなく護衛騎士が何かを言いたげだったが、マリエン王国の者――方々、と言っていたな、とその時彼は気づく――を待たせるわけにはいかない。

「えっ……」

 マリエン王国の代表の姿を見て驚きの声をあげる。入って来た人物は、体格が良い若者だ。もしや、この中立地域で自分を殺そうと騎士を遣わしたのか……そう緊張が走った。が、その男性の後ろから入って来た者を見て、たまらず声をあげた。

「エレイン様……!」

 そこには、マリエン王国に人質のように送られてしまったエレインの姿があった。しかも、ドレスではなく動きやすいパンツスタイルで。彼女が戦に向かっていた時期のことを思い出し、サラント公爵は呆然とする。

「ああ、サラント公爵。久しぶりだな」

「えっ……?」

「アルフォンス様。こちらはガリアナ王国の宰相、サラント公爵です」

 そう言ってエレインは彼女の前に天幕に入った男性に、ガリアナ王国宰相を紹介する。その人物は「うん」と頷き、名をあげた。

「マリエン王国国王、アルフォンス・リード・マリエンだ。此度は終戦の受け入れをいただき、誠に感謝をしている」

 ガリアナ王国宰相のサラント公爵は、一瞬ぽかんとしてからその場に平伏した。

「マリエン王国、国王陛下であらせられましたか……! これは、失礼を。失礼をいたしました……!」

「良い、良い。わたしのわがままで、顔を出したのだ。前もって知らせなくて申し訳ない。頭をあげてくれ。立場上、わたしがここに来るということを表立つことが出来なかったので、そこは許していただきたい」

 はい、と言いながらサラント公爵は顔をあげ、そしてエレインをちらりと見た。

「ミレッカー宰相、こちらにどうぞ」

 エレインはそう言って、椅子を引いた。すると、困惑の表情で、もう一人男性が入って来る。その者の顔をサラント公爵は知っていた。休戦の条約を結ぶ時に既に会っている。そうだ。ミレッカー宰相……彼だけが来ると思っていたのに。すっかりサラント公爵は困って、口をへの字に曲げた。

「これは、どういうことなのでしょうか? 皆様でわたしを囲んで……その……」

 エレインを人質にしているぞ、と見せつけながら、マリエン王国に有利な条約を結び、自分たちガリアナ王国に無体を強いるのか。サラント公爵はそう思って、内心ぞっとした。だが、どうもエレインのふるまいを見ればそうではない気もする……。

「サラント公爵、申し訳ない。驚かせてしまったな」

「は、はい……」

「ご家族はお元気か。あなたのご家族には、とても良くしてもらった記憶しかない。こうして、また会えたこと嬉しく思う」

「エレイン様……はい。はい。家族は元気です。今、妻は子供を身ごもっており……数か月後には、三人目の子供が生まれる予定となっております」

「そうか。それはめでたいな。おめでとう」

 だが、話をすれば、まるでここはガリアナ王国の王城ではないかと思うほど、エレインはいつものエレインだった。サラント公爵はすっかり困り果てて「何故ここに?」と尋ねる。

「ガリアナ王国に正しく報告をして欲しくて、アルフォンスと共にここに来たのだ」

「正しく報告……?」

 それへは、アルフォンスが口を開く。

「マリエン王国は、ガリアナ王国に何も強いない。戦は、どちらが勝利をしたわけでもない。とはいえ、事実上はマリエン王国が勝利国になってはいるが……」

「はい」

「マリエン王国から、いくつかの情報を提供するし、いくつかの支援も行うので、鉱山の採掘事業に手を貸していただけるとありがたい。それが、こちらからの願いだ」

 それ以上、何を強いるわけもない。そう告げたアルフォンスを、サラント公爵はいぶかし気な目で見つめるしかなかった。



 さて、あれからファラント族の見届け人が数名、彼らの契約に立ち会い、話し合いは二刻必要とされた。マリエン王国から出された条件だけでなく、ガリアナ王国の現況を聞いて、逆にマリエン王国から支援をする、などと言ってアルフォンスが条約にそれを含めたりもしたからだ。とはいえ、マリエン王国も国庫が現在いささか心もとない。戦争後であることに変わりはないので、それは仕方がない。よって、財源による援助は限界はあるが……などと話をすれば、どんどん時間は経過をしていったというわけだ。

 最終的にサラント公爵は疲れた表情で、契約書にサインをした。国をかけての戦争を行ったと言うのに、むしろ、正しく声をかけられれば正しく協力をしたのに、と言わずにはいられないようなことを提案されたのだ。どの顔でそれを国民たちに伝えればいいのかと思う。

 それへはアルフォンスがまたも釘を刺した。

「これらは、わたしが王に即位したから出来ただけのこと。もっと早い終戦条約が行われていれば、ガリアナ王国は搾取され、ほぼ隷属国になっていただろう。また、もしもエレインの力がなく、どこかでガリアナ王国が破れていたらそれもまた」

「はい」

「なので、何もなかったことを、あなた方はお怒りになるかもしれない。ならば、何故戦争を起こしたのか。あれほどの兵士たちが死んだのに、何もないとは一体どういうことだ、と。侵略を始めた側が言うのはおかしいとは思うが、何もなくて済むように我々は国を変えようとしているのだ。こちらもこちらで、民衆から『勝利国としてもっと利を出せ』と思われている。だが、民衆の言葉は時に感情的。まつりごとを行う側が常に耳を傾けて言うことを聞くわけにはいかない。わたしは、現在の国と国として、正しい形にしようと願っているだけだ」

 静かな言葉だった。サラント公爵は小さくため息をついた。国と国の話し合いの場で、そのようなことをするのはあまりよろしくない。それは、彼もまたわかっていることだ。だが、そうせざるを得ないほど、彼はすっかり困惑をしていたのだ。

「大変申し訳ないのですが……改めてお伺いしたいのですが、ここにエレイン様がいらっしゃるのは……?」

 ちらりとエレインの姿を見るサラント。どうにも、始まる前の説明だけでは腑に落ちない。それへは、エレインが

「うん? わたしが元気な姿を見てもらおうと思って」

 と、あっさり告げた。すっかり毒気を抜かれたサラント公爵は「本当ですか?」と情けない声をあげた。
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