婚約破棄された令嬢は“図書館勤務”を満喫中

かしおり

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2-2:図書館長の教えと、小さなできごと

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 図書館の午前は、静かに流れる。

 エルネスト館長が開館の鐘を小さく鳴らし、私はカウンターの隣に控える。まだ来館者は少ないが、町の人々は決まった時間にふらりと現れることが多いという。

「焦らなくていいんですよ、クラリス嬢。図書館の空気に、まずは体を馴染ませていくことです」

 エルネスト館長は、私が何かを手早くしようとするたびに、優しくそう諭してくれる。

 静かに、けれど確かに――私はこの場所で生き始めていた。

 その日の午前、私は貸出カウンターの整理をしていた。カードに記入された名前、返却期限の確認。王都でも何度か図書館を利用したことはあったが、「貸す側」の作業は思った以上に手間が多い。

「……あの、本の背表紙と登録番号が……あれ……?」

 記録と合わない部分を見つけて小さく首を傾げたとき、館長が声をかけてきた。

「おや、それは少し前に修復に出した本ですね。古書は登録番号が変わることもあります。ほら、見てごらんなさい。ここに、修復印と新しい番号が」

 館長が指し示したのは、見落としていた紙片だった。そこには、細やかな文字で再分類の記録が記されていた。

「……あ、本当だ……ありがとうございます」

「よく気づきましたね。最初のうちは、気づかずにそのまま棚に戻してしまうことが多いのですよ。クラリス嬢の観察眼は、なかなかのものです」

 ふいに褒められて、私は思わず視線を落とした。

「……その、まだ慣れていないので……」

「誰だって、最初はそうですよ。しかし、観察する力と丁寧さは、なによりの武器です。焦らず、大切にしてください」

 その言葉に、心が少しだけ、あたたかくなった。

 昼前、最初の来館者がやってきた。

 幼い兄妹を連れた若い母親だった。

「おはようございます。子ども向けの本、借りたいんですけど……」

 私は小さく会釈して、児童書の棚へと案内する。

 そこで、ふと目を止めたのは――何度も読み込まれて少し傷んだ絵本だった。色褪せた表紙、かすれた文字。

 私は思わず、その本をそっと持ち上げる。

「この本、私が小さい頃に読んだことがあります……」

 思わずこぼれた呟きに、母親が微笑んだ。

「そうなんですね。じゃあ、うちの子にもいいかもしれませんね」

 私はその絵本を磨きながら、言った。

「大切に読んでくれると思います」

 その言葉に、母親はもう一度優しく微笑み、子どもたちは嬉しそうに絵本を抱えていた。

 夕暮れ前、館内は再び静けさを取り戻す。

 私は返却された本をひとつひとつ棚に戻しながら、胸の内で小さく呟いた。

 ――ここには、物語がある。本の中にも、人々の暮らしの中にも。

 そして、ほんの少し――

 私の物語も、この場所に混じり始めているのかもしれない、と。
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