婚約破棄された令嬢は“図書館勤務”を満喫中

かしおり

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2-3:静かな常連、謎めいた青年

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 午後も遅くなったころ、図書館の扉がそっと開いた。

 乾いた靴音が床を踏みしめる。

 私はカウンターで返却帳の記入をしていたが、その音に自然と顔を上げた。

 ――彼だった。

 落ち着いた青のシャツに、しなやかな身のこなし。淡く波打つ焦茶の髪に、遠くを見ているような灰青の瞳。どこか書物の登場人物のような佇まいの、あの青年。

 リュカ・アーデン。

 昨日、偶然に出会った“読書室の来訪者”が、今日も姿を見せた。

「……こんにちは」

 小さく声をかけると、彼はふと目を細めて、口元に笑みを浮かべた。

「こんにちは、クラリスさん。静かな空間にまた会えて、嬉しいです」

 名前を呼ばれたことに、私はわずかに驚いた。

 そういえば、昨日、名乗っただろうか? ――もしかすると、貸出カードを見たのかもしれない。

 彼は昨日と同じく、二階の閲覧室の一角に腰を下ろした。手にしているのは、王国の歴史書と……もう一冊は、古い伝承に関するものだった。

 私は、貸出カウンターに座りながら、つい視線を向けてしまう。

 彼の姿は、まるでその場の空気に溶け込むようで、けれど本に触れる指先には確かな熱が宿っていた。

 ――こんなふうに、本を読む人がいるのだと、私は初めて知った。

 閉館間際、リュカがふらりとカウンターに現れた。

「こちら、借りたいのですが……よろしいですか?」

 差し出された本は、古い年代記。貸出記録を見る限り、数年ぶりに動いたような一冊だった。

「この本……少し読みにくいかもしれません。記述がまちまちで、編者も不明で……」

 私がそう言うと、彼はゆっくり頷いた。

「ええ、でも……断片の中に、真実が潜んでいる気がするんです」

 その言葉に、思わず私は目を見開いた。

 ――それは、かつて私が感じていたことと、どこか重なっていた。

「私も……昔、同じように思ったことがあります。物語でも、記録でも。綻びや、余白の中に、真実が隠れているような気がして……」

 思わず口にした言葉に、リュカは柔らかく笑った。

「やはり……あなたとは話が合いそうですね」

 静かな笑み。けれどそこには、確かな熱と、敬意のようなものが宿っていた。

 私は頬の奥がほんのり熱くなるのを感じながら、小さく会釈をした。

「また、お待ちしております」

「ええ。図書館も、そして司書さんも、とても心地よいので」

 リュカはそう言って、夕陽の中に姿を消した。

 その後ろ姿を見送りながら、私は胸の奥に、小さな灯がともるのを感じていた。

 ――この町で、誰かとこんなふうに言葉を交わせるなんて。

 新しい生活のなかに、ひとつ、確かな輪郭が生まれはじめていた。
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