婚約破棄された令嬢は“図書館勤務”を満喫中

かしおり

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3-1:本と本のあいだで

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 午前十時。開館の鐘が鳴って間もなく、図書館の扉がゆっくりと開いた。

「おはようございます、クラリスさん」

「……リュカさん。おはようございます」

 落ち着いた青のコートを羽織った彼は、手に一冊の古い書物を抱えていた。昨日借りていった本だ。カウンターに差し出されたその背表紙には、うっすらと埃の跡が残っている。

「とても、面白かったです。細かい記録の連なりでしたが……ところどころに、語りすぎたがらない筆致があって。むしろ、そこが気になるというか」

「……わかります。語らないことで、何かを守ろうとしている気配、ですよね」

 その言葉に、リュカの目がわずかに丸くなった。すぐに、いつものような柔らかな笑みが戻る。

「やはり、話が合いますね」

 その一言に、思わず頬が熱くなった。

 それから彼は、二階の閲覧室へと足を運んだ。

 私はカウンターで書類の整理をしながら、時折彼の姿に視線を向けてしまう。木漏れ日が差し込む窓辺の席、膝に本を置き、背筋を伸ばして読むその姿は、やはりどこか物語の中の登場人物のようだった。

 ――本の中の世界に、こんな人がいたら、きっと私はその章を何度でも読み返す。

 そんなことを思ってしまう自分が、少し恥ずかしい。

 午後になり、リュカが再びカウンターに現れた。

「こちらの本、面白いですよ。もしお時間があれば、クラリスさんもぜひ」

 彼が差し出したのは、地方伝承に関する小さな文集だった。ページの隅々に、書き手の個人的な感想や、注釈がぎっしりと書き込まれている。

「読みづらいかもしれませんが……」

「……いえ。こういう余白のある本、好きなんです。書き手の思考が透けて見えるようで」

「私も同じです。そういう本には……不思議と、話しかけたくなりますね」

 リュカの瞳が、すっと細くなった。優しい光が宿る。

「クラリスさんは、きっと、本にとってもいい読者ですね」

 その言葉に、胸の奥がふわりとあたたかくなった。

 ――本にとって、いい読者。

 それは、初めて言われた誉め言葉だった。

「ありがとうございます」

 小さく呟いた私に、彼は軽く会釈してから再び階段を上っていった。

 本と本のあいだで交わされる、静かなやりとり。

 それが、ほんの少しずつ、私の心に柔らかな色を添えていく。
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